中井久夫先生のささやかな思い出 6
河出書房新社から出た中井久夫特集本、精神科医と詩人・作家との対談が興味深い。
とくに翻訳をめぐって。
中井先生の翻訳の代表作は、サリヴァンもさることながらコンラートの『分裂病のはじまり』である。というのも原著のドイツ語と吉永訳は研修医の輪読会でよく読まれていたので中井先生とお弟子さんの翻訳は本当に読みやすかった。
バリントの訳については、『スリルと退行』のなかのオクノフィリアー何をするにも慎重、とフィロバットー冒険心が強い、の退行2型を創案して、グループセラピストにより実用される場面にも遭遇した。
ヴァレリーの中井訳は、とくに文学を教え語学を教える立場からすると、読み込み過ぎかもしれない。パリ一からパリ八まであったパリの大学留学者には特にである。
さてフランス語に詳しくない私は、かつて、論文『奇妙な静けさとざわめきとひしめき』で詩人マラルメの「半獣神の午後」を翻訳されていて、鈴木訳にもその他の訳にも、また、マラルメ全集にもない訳文だったので、論文を書評をした時に当惑した記憶がある。
ヴァレリーの翻訳について。
『セミラミスのアリア』は、統合失調症発症期の思い上がり、あるいは妄想形成を詩にしたもので、アルトーが何冊も尽くして述べたことを詩にして傑作と思う。エッセイ『脳髄の中の空中庭園』に訳詞が載っている。ただ中井先生はヴァレリーを病いを持つ人ではなく、危機をくぐり抜けた人と終始みておられた。
私もヴァレリー好きで中井先生から、おすすめの解説書を教えていただいた。『科学者たちのヴァレリー』もその一冊。