原書のすゝめ:#25 A Bear Called Paddington
クマのぬいぐるみは、子供たちの人気者である。たぶん。
子供の頃、私が大切に持っていたのはパンダのぬいぐるみだったと思うが、パンダは中国語で「熊猫」と書くから、まあ同じようなものである。
1957年のクリスマスのこと。当時、BBCでカメラマンとして働いていたマイケル・ボンドは、妻へのクリスマスプレゼントに小さなクマのぬいぐるみを買う。そして、このぬいぐるみにパディントンという名前をつけた。その翌年、ボンドは、児童文学『A Bear Called Paddington(くまのパディントン)』を発表する。
イギリスのクマといえば、A.A.ミルンの『くまのプーさん』が真っ先に頭に思い浮かぶかもしれない。
どちらもP という文字で名前が始まるが、Pooh とPaddington の違いは、クマのプーがぬいぐるみであるのに対して、パディントンはれっきとしたクマだということ。それから、プーがハチミツ好きなのに対して、パディントンの好物はマーマレードであること。さらに、ミルンが息子のテディ・ベアから着想を得たのに対して、ボンドは妻に与えたクマのぬいぐるみをもとに物語を編んだこと。
二つの作品の間には、およそ30年の時差がある。
今回は、『クマのパディントン』のかわいらしくも愉快なお話。
Chapter one
Please Look After This Bear
The Browns were there to meet their daughter Judy, who was coming home from school for the holidays. It was a warm summer day and the station was crowded with people on their way to the seaside. Trains were humming, loudspeakers blaring, porters rushing about shouting at one another, and altogether there was so much noise that Mr Brown, who saw him first, had to tell his wife several times before she understood. “A bear? On Paddington station?” Mrs Brown looked at her husband in amazement. “Don’t be silly, Henry. There can’t be!”
ところが、クマはたしかにいたのである。
古びたスーツケースのようなものに腰掛けて、首から何か札を下げている。そこには「WANTED ON VOYAGE(船内持ち込み用)」と書いてあった。
ブラウン夫妻が近づいて話しかけると、クマはスーツケースから下りて、お行儀よく挨拶をする。
驚いたブラウン夫人が、
と返す場面がユーモラスでほほえましい。
この小さなクマの話によると、ルーシーおばさんの勧めで英語を勉強し、はるばるDarkest Peru 暗黒の地ペルーから密航してきたということである。
これに驚いたのはブラウン夫妻。
行く当てのない小さなクマにすっかり同情したブラウン夫人は、「うちでしばらく引き取りましょうよ」と夫に提案をする。そして、パディントン駅で出会ったからという理由で、このクマのことをパディントンと名付ける。一方、ブラウン氏は、密航と聞いて心穏やかではない。しかし、このまま放っておけないし、そんなことをしたらジュディもジョナサンもがっかりするわと説得されてしまう。夫人がジュディを迎えにいくあいだ、ブラウン氏はパディントンとお茶をすることになるのだが…。
ここから、パディントンのドタバタ劇が始まる。
パディントンの顔や手は、ban*につけるジャムやクリームでベトベト。おまけにテーブルの上に飛び散ったジャムで足を滑らせ、紅茶のお皿の中にひっくり返る始末。その紅茶の熱いことといったら! たまらず飛び上がったパディントンだが、今度はブラウン氏のティーカップに足を突っ込んでしまう。
そこへブラウン夫人とジュディがやって来た。ジャムとクリームまみれになったパディントンを見て、ジュディは大喜びで歓迎し、
Judy took one of his paws. “Come along, Paddington. We’ll take you home and you can have a nice hot bath. Then you can tell me all about South America. I’m sure you must have had lots of wonderful adventures.”
と言うと、パディントンは真面目な顔をしてこう答える。
“I have,” said Paddington earnestly. “Lots. Things are always happening to me. I’m that sort of bear.”
人間にもいるよな、こういう人。
いつもトラブルに巻き込まれる人。私か?
さて、こうしてブラウン家へやってきたパディントンだが、ブラウン家にはもう一人、家政婦のミセス・バードさんがいる。厳しい口調で出迎えたバードさんに、「きっと僕のこと嫌いだよね?」と恐れをなしたパディントンだったが、パディントンの大好物がマーマレードであると一目で見抜き、パディントンはびっくりする。
そして、バスルームでの一騒動のあと、ブラウン家の人々はパディントンの生い立ちに耳を傾けているのだが、パディントンはいつの間にかソファーの中で眠っていた。
翌朝、やわらかいベッドで目を覚ましたパディントンのところへ、ミセス・バードさんが朝食を運んでくる。
イギリスには美味しいものがないと言われるが、英国式朝食は別ではないかと思う。パディントンのトレイの上には、半分に切ったグレープフルーツ、ベーコンと卵が乗ったお皿、トースト、マーマレードが入った瓶、そして言うまでもなく大きなカップに入った紅茶が準備されている。
個人的には、これにローストマッシュルームがあったら完璧なのだが。
子供のころ、給食で出されるマーマレードが苦手だった。ところが、ロンドンで食べたマーマレードが美味しくて、その時以来、味覚が変わったかのように食べられるようになった。
パディントンの行くところトラブルだらけなのだが、そんな様子をユーモアあふれるタッチで描くマイケル・ボンド。
オリジナルの作品ではペギー・フォートナムが挿絵を手がけ、愉快なパディントンの作品を愛らしく仕上げている。
とはいえ、パディントンには密航者という厄介な背景がある。ペルーのことを「暗黒の地」と呼び、そのうえ将来移民するために英語の勉強を勧めたルーシーおばさんはクマの老人ホームにいるという。コミカルでかわいいパディントンの物語に、こうした現実的な問題がサラリと織り込まれているのは、著者がメディア出身だからだろうか。
スティーヴン・フライによる朗読はおすすめ。この人の朗読はいつ聴いても本当に上手い。
こちらは、故エリザベス女王とパディントンのお茶会。(The Royal Family公式YouTubeより)
それにしても、つくづくイギリスという国は物語の宝庫であると感心する。
国民的人気を誇るクマのパディントンのお話。
ぜひイギリス英語でお楽しみください。
*ban:前回の記事を参照のこと。
<原書のすゝめ>シリーズ(25)
※このシリーズの過去記事はこちら↓
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