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リンカネーション少年


  暗闇の世界に、学生服の少年が倒れ込んでいる。ただただ一人、ぽつんと仰向けに寝ていた。
 やがてその少年に向かって光がさす。何もない真っ暗闇に現れたその一直線の光は、太陽のようなやさしい光ではなく、人工的で冷たい。
 その眩しさからか、少年は開いていない瞼をぎゅうっと閉め、それから恐る恐る開けた。眼球は状況を把握しようと力強くぎょろぎょろ右へ左へ動く。ぼうっとしていた頭がその異常な世界をとらえたとき、少年は息を吸い込みながら、勢いよくばっと起き上がった。

「え、俺車に引かれて……どこだ、ここ……」

 少年はあの時何が起こったのかを思い出す。雨降る横断歩道を渡っていると、大きなトラックがブレーキをかけずに直進してくる。迫るヘッドライトに気づいたときには、目をくらませ――彼の記憶はそこで途切れていた。

 ぐるぐると体全体を使って、周りを見渡す。自分の体ははっきりと見えるのに、何もないように思える闇だ。その中で突然はっきりと声がした。

「やぁ! 少年!!」

 何やら中性的な声である。
 暗闇から響いた急な声に、少年は驚きと恐怖が混じった感情で「誰だ!?」と返した。
 するとどこからかまたあの人工的な光が、少年の後ろ側にさしこんだ。反射的に少年は光の射す方へ振り返る。
 光の先には、白い箱のような台のようなものに座る誰かがいた。だぼっとした白いロングTシャツと黒のパンツ、黒の靴。そんな誰かが少年を見てにやにやしている。
 周りは少し明るくなった。よく見渡すと白い何もない空間だった。
 対面して見つめ合っていた二人だったが、長くも短くも感じる沈黙はふと破られた。

「ぶんぶん、ハローユーチューブ! どうもヒカキンです!」

「いや、違うでしょ!」

 突然の言葉に目を丸くしながら少年は否定する。
 それを聞いた誰かは少しだけ驚いて、またにやにやしながら、少年を見つめながら、立ち上がって詰め寄った。

「ほぉう、ほぉう。僕がヒカキンではないということがわかる……! 初めてだよ、ヒカキンを知っている世界線のやつは!」

 誰かは手を上げて小走りしながら跳んで喜んでいる。そんなにも嬉しいのだろうか。

「いや、知っているけど……。で、お前何なの?」

 誰ではなく何、そう問われた彼は少年を真っ直ぐ見て答える。目は輝くほど潤い、純粋さを見てとれる。

「僕は創造の神、世界を創る者」

「世界を創る者?」

 少し上ずった声で尋ねる少年の眉間には、疑念と共にシワが寄る。神と自分を呼ぶ彼は、続けて語る。

「そして、君をここに連れてきた者でもある」

「いや、全部の意味が分かんないんだけど……」

 車に引かれそうだったという記憶だけが、しっかりと脳裏に焼き付いている。ショックで頭がおかしくなったのでは、と少年は疑心暗鬼になっていた。
 怪しんでいる雰囲気を察しているのかいないのか、自分を神という彼は続ける。

「少年、転生モノって興味ある?」

「なんだよヤブから棒に……」

 転生モノ、少年はいつも本屋に行くと、異世界タイトルが陳列された棚へすぐ向かった。アニメになるタイトルは先に文庫本で読むほど、親しみのあるジャンルだった。

「あの違う世界線で別の人生送るみたいな物語だろう。電車とかで読んでたよ」

「それだよ、それっ!」

 すごく嬉しそうに指を指しながら、少年に近寄ってくる。

「君がいるここは、転生モノの転生する前と、転生した後の、間の世界なの!」

 ――何だ、それは。聞いたことも読んだこともない。間の世界と呼んだここは何をする場所なのだろう。いや、そもそも自分がどうなってしまったのかもまだわからない。
 少年は目まぐるしく襲いかかる疑問に思考が動かなくなりそうだった。

「は?何それ。いやいやいや、間とかなくない? あぁ、俺ここで死んでしまうのか。目ぇパチッ!  あれ? 俺、どこだここ……っていうのが、転生モノの始まりのお決まりだろ?」

 神のけらけらした笑い声が、白い何もない空間に響き渡った。

「うはっ、さっきそこで見たやつ! そうかそうか転生モノを読んで、こんなことあるかもしれんなぁ、っていうシュミレーションをしてたから、適応できたんだねぇ」

 神は真っ直ぐな目をして見てくる。その眼差しは丸いはずなのに凶器のようだった。

「あの……いや……お恥ずかしい……」

 少年は真っ赤になりながら顔を手で覆う。そんな少年に神は近寄り、肩をたたいた。

「何事も経験だよ、かわいいねぇ少年! まぁあれこそ創造されたモノ、作り話よ」

 頭をよしよしと、撫でてきそうな手つきをしたので、少年はその手をはらいのけた。そして気になっていることをぶつけた。

「ねぇ、君の言うこの、間の世界って何なの?」

 説明していなかったっけ、そんな表情を浮かべながら、こほんと咳払いをして創造の神は話し始める。

「ここはですね、次の転生したい世界の、希望を聞くところでございましてね。さぁさぁ、君はこの間の世界から、どの世界へ行く?」

「え、希望聞くの? 醍醐味のどこだここ、は?」

 少年はしこたま読んだ転生モノの流れを思い出す。それが彼の中では当たり前であり、定石なのだ。

「え、この世界あんまり面白くなーい、みたいなクレームはなるべく減らしたいんだよね。だからこの間の世界で希望を聞くの。あ、安心して。この間の世界のやりとりは、忘れるようになってるから。どう? 神ってすごい?」

 無邪気に聞いてくる神はまるで子供のようだった。ぴくっと眉毛を動かし、上目遣いでじっと見てくる。

ものすごい勢いで説明を聞いた少年は、納得できない、理解したくない、そんな思いが頭に巡った。

「やっぱり、お前が神っていうのはさ、信じられないよ」

 神を否定した少年は、背中を向ける。

「そうかいそうかい。難しい話だよね」

 神は唇を噛んで、少年の背中を覗き込んで少し諭すような言い方をする。ゆっくりと遠ざかり、少年の方へ向き直すと、大きな声で語り始めた。

「創造とは次の時間を動かすこと。君の時間も、動かしてみよう」

 そういうと神は、人差し指を彼に向けた。すぅっと息を吸って呪文のように言葉を唱える。

「右手を上げて!」

 少年の右手が、ふわりと上がる。

「左手上げて!」

 左手が上がる。

「やっさしーい言葉を言ってごらん」

「にゅうめん。…………え?」

 少年は思わず神の方に振り返る。
 ――あぁ、意思まで動かしてしまうのか。

「おなかにやっさしーい」

 神はまたにやにやしていた。自分の力をわかってもらえただろう、そんな雰囲気だ。頭に手をやり驚く彼に神は続けて言う。

「さぁ、希望をどうぞ!」

「…………本物?」

 間髪入れずに聞いてきた神に対して、少年はほんの少し悩んで顔を下に向けたが、すぐにまた目線を戻した。神なのだとわかった今、自らの希望をきちんと伝えなくてはと思ったのだった。

「いや、元の世界に戻してくれよ」

 少年は神の方へと詰め寄る。そして胸ぐらを両手で掴んで、狂気ともとれる声で叫んだ。

「俺、まだ女の子と付き合ってもないし、女の子と手も繋いでないし、女の子とキスもしてないし、女の子と調理実習もしてない!」

「……調……理実習? 家庭科の?」

 神は手を広げて無抵抗をアピールしながら、怯えたような声で聞いた。

「何故か、毎回、風邪で、できてない……。女の子、と、ポテトサラダとか作りたい……」

 口をとがらせながら、恥ずかしいのかたどたどしく、一言一言区切っている。

「ねぇ、女の子のことしか考えてないよね?」

 神は心配そうな顔をした。もう少年はその言葉も聞こえていないようだった。上をむいてにやけている。

「虹色の高校生活……キラキラの大学生活……」

 どうやら妄想を始めたらしい、神は現実に戻さねばと大きな声を出す。

「ムリだって! そんなに青春うまくいくか!!」

「元の世界に戻ることじゃなくて? そんな否定する?」

 少年の声は怒りとも悲しみともとれる。それを聞いてなのか、神の声も強まる。

「虹色もキラキラも陽キャしか無理なの! あと元の世界へ戻るのも無理」

 神は掴まれた手を優しく払い、絶句した少年の背中に、ぽんっと手をやると、哀れんだ声で諭す。

「次の世界で頑張ればいいじゃない……」

 少年は胸がずきりと傷んだのがわかった。あの毎日の想いを忘れられるわけがない。詰まった呼吸を鼻から吐き出すと、意を決して小さく言葉を出した。

「好きな女の子がいたんだ。告白もできず、何も伝えられなくて」

 神は髪をかきながら、後ろへ向く。何かを思い出すかのように、小さな沈黙からため息をついた。

「1つの世界に、1つの命。切ないねぇ。人生はスーパーマリオより難しい」

「1UPは? 」

 神なら何とかできるのではと、すがる思いで少年は聞く。

「ないない」

 その否定には、何とかしてあげたいのだけれど、という気持ちが受け取れる。
 どうにもならないのだと、暗い面持ちで少年はつばを飲む。その直後、ふと1つの疑問が生まれた。

「じゃあ、俺は元の世界で車に引かれて死んだの?」

 少年の問いかけに神は振り返る。

「うーん。死んだ、というより、神隠しかな〜? ま、僕に隠されたんだけどね」

 あの時死んでしまうよりもマシだったのだろうか。俺は助けられたのだろうか。辛い思いをさせずに済んだのだろうか。忘れることのできない彼女のことを、心の奥へしまって。

「……俺は受け入れるしかないの?」

 か細い嘆きが宙に舞う。少し寂しそうに少年を見ていた神は、本当は秘密なんだけれど、という感じで、こそりと話す。

「まぁ、君の元いた世界と次の世界が繋がっていることはあるよ」

 もしかして、という微かな希望が見えた少年は、より明確にするために、無駄なく問う。

「…というと?」

「世界線が歪みやすい場所があるんだ。僕のお楽しみで作ったんだけどね」

 神はふふふ、といたずらに笑う。

 少年はまだ、ほんの少しの希望をしっかりと掴めておらず、再び答えを求めた。

「……というと?」

「次の世界から〜、君の世界へ〜、ぬ〜ん」

 神は言葉で伝えるのは無理と判断して、なんとなくの身振り手振りで伝えようとした。そして少年を見てこくりと頷いた。

 その、ぬ〜ん、が完全なる希望だと確信した少年は、願いを噛みしめるように言葉に出す。

「……ぬ~ん、したいっす」

「ふ〜ん」

 目を細めながら少年を見て、神は右側の口角と眉毛をあげる。そして人差し指を顎に当てて、思い出しながら話す。

「ちなみに君の世界で僕が創った抜け穴は、公園の土管の中とか、109のビルのあの上の09……のまるの部分とか、あとルミネとかマルイとかパルコとか」

「ファッションビルだらけじゃん! 」

「ファッションって、いいよねぇ」

 じーっ、と少年は神を見つめる。だぼっとした白いロンTと黒のパンツ、黒の靴。どシンプルな服装でドヤ顔をしてくる。これは本気なのか、ツッコんでほしいのか、なんとも言えない2択を彼はスルーすることに決めた。

「でも望みがあるのなら、次の世界へ行ったほうがいいよね」

 神は少しつまらなさそうに口をとがらして、横目で軽く睨んだ。しかしすぐに、望みという言葉に反応して、少年に釘を刺した。

「あー……忠告しといてあげるね。今回は君を転生させたけど、次はそのまま死んじゃうかもしれないよ」

「え?! 何度も転生できないの?」

 少年はきょとんとした顔をしている。思ってもみなかったのだろう。

「うん、そうだよ。そんなことできる珍しい面白い人はなかなかいないよ」

「じゃあ、俺は特別じゃないってこと?」

 神も同じようにきょとんとして、またけらけらと笑った。

「特別? そんなふうに思ってたの? 中2病まっさかりかい少年。ダークマターの進軍を、その右手のスナイパーで止めるのかい?」

 神は指で銃の形を作りながら、少年の右手をバンバンと撃つふりをした。

「そこまで中2病じゃないよ! でも、俺そんなにダメかなぁ」

 何故こんなにも落ち込んでいるのだろうか、少年自身もわからないまま、後ろの箱のようなものに座った。そんな彼を目で追いながら、神はつぶやく。

「全の中の一であるからして、みなが特別。ゆえに平凡」

「平凡」

 自らの言葉を繰り返した少年に、神は慌てて訂正しようとする。

「あーあーあー、アンダーラインを引くところが違うよ! みなが特別なんだ」

「特別」

 おそらく今少年にその言葉は響いていないのだろう。前をぼーっと真っ直ぐ向いた少年からは、棒読みの復唱だけが返ってくる。

「ただ、君が思っているよりも、世界は君の周りを回らない。ただそれだけ」

 少年と出会ってから今までの時間の中で1番優しい声で伝える。その声に少年は神の方を見上げた。

「でも、それってコモンはレア。星3つだろ」

 うーん、と悩んだ神は目をギュッとつむり口をへの字にする。そして少年へと現実を伝えた。

「……まぁ、君がこの世界に来たとき、特別演出はなかった」

 少年は強めの瞬きを3回しながら何もない闇を見上げ、ゆっくりと神の方へ向き直ると、顔を崩し始めた。

「……うぅー!! なんでだよぉおっ! レインボー演出入れよぉーっ!」

 座る箱のようなものから転げ落ち、地面を叩き、足をバタつかせ、音を立てて少年は泣き喚く。

「そんなに泣くことかい少年!」

 慌てて神は少年に近寄り、しゃがみこむ。

「悔しいんだ! 何か! 泣きたい!」

 少年は別に自分が特別だと思ったことはなかった。いや、むしろ平凡であり続けていた。
 そんなある日、急にこの世界に転生して、息も浅くなるほどの不可思議を、頭の中で処理できたことに優越感が少なからず生まれていた。でもやっぱり特別じゃないことに気づいたとき、心細さから泣きたくなってしまったのだった。

「いや、でも君には次があるさ」

「いやだ!」

 崩れ落ちている少年に、神は明るく優しく提案する。

「ね、どこ行きたい?」

「知らん!」

「僕の創ったたくさんの世界から選ぼうよ」

「は?」

 少年の力強い拒否に負けず、ふわりと笑いながら、神は続ける。

「クジラのサイボーグ戦艦が空を飛ぶ世界とか、バッカでっかいアイアンアーマーのてるてる坊主が統べる世界とか。どう? 楽しそうでしょ」

 すると泣き叫んでいた少年は顔を上げ、すっと真顔になって神を見た。

「めちゃくちゃ中2病じゃん」

「あ、急激に冷めた。うん、中2病だよ。悪い?」

 神は驚いたままの顔で、何事もなかったかのように立ち上がる少年を見ていた。

「悪くないけど……あとさ神、あんまり創造力ないね」

 ぴくっと神の眉毛が動いた気がした。声にならない何かを眼差しで訴えかけているようだった。
 次の瞬間、神は少年に詰め寄り、こぶしのきいた怒りをあらわにした。指でバシバシとリズムを取るようにまくしたてる。少年は、ちょっとちょっと、と神を抑制しようとしたがうまくはいかなかった。

「んだぁあっ! ふざけんなよ中坊! 立てこら! 神を怒らせたらお終いだかんな。何するかわかんないかんな! 君の脳みそをパンに挟んでサンドウィッチとしておいしく頂いたりとかしちゃうんだか」

 この世界から「ポチッ」と音がした。

「ポチ?」

 少年の疑問符とともに、急にあたりが真っ暗になった。


 次に明るくなったとき、少年の姿はそこにはなかった。神が頬に手を当てて立ってるだけだった。

「あ、やべ……。送っちゃった……。あー、さすがに、これはもう1回転生させなきゃだなぁ。うん、クレームきちゃう。面倒臭いなぁ、最初からやるの。でも忘れちゃうもんねー。間の世界の説明、信じてもらうのだるいなぁ……」

 そういうと神は何もない場所を、人差し指で叩いた。するとまた、「ポチッ」という音がして暗くなった。


 すっと明るくなると、少年が仰向けに寝転んでいた。意識はないようだった。
 神は少年に小走りで近寄りしゃがみ込むと、叩いたりゆさゆさと揺らしたりして起こそうとした。

「ねぇねぇ、起きるの待つのめんどいから。ねぇ」

 大きく揺さぶられた少年はゆっくりと目を開ける。そして眩しさに目をくらませて状況を確認しようとしていた。

「ん……あれ……?」

「はいはーい、どもーヒカキンでーす。どもー」

 面倒くさそうに少年の意識を確認するため手を振っている。本題に入ろうかな、と思った瞬間、少年がばっと起き上がった。

「…………おいふざけんなよ神!」

「え?」

 神は咄嗟に感じた、何かがおかしい。記憶がないはずの彼に、ふざけるな、と言われている。自分は神なのに、頭の中で今起きている状況を理解できていない。そんな神を置いて、少年は続ける。

「お前さっき急に世界飛ばしただろ! でっけえ鉄製のてるてる坊主に、伝説の傘で風神雷神切ってこいって言われたぞ!」

「え? 神のこと、覚えてる……? ここも?」

 少年は、何当たり前のことを聞いてきているのだろうと、「あん」とヤンキーのような返事をする。

「そんなはず……」

 顎に手を当てて考え込む神を隣に、少年はヘラヘラと笑いながら先程の世界での出来事を思い出して喋る。

「伝説の傘、シャイニング・アンブレランサーで倒してこいってさ、まじですっげぇ中2病。あれ、神の創った世界だろ?」

 神は少年を呼ぶ。そして自分の辿り着いた答えを確かめるために質問をした。

「少年! 優しい言葉を言ってごらん? せーの」

「にゅうめん。何なのさっきから」

 その言葉を聞いた神は驚いて、口を開いて空気を吸った。

「引き続きお腹にやさしい……そうか君は、特異点だったのか」

「は? 何、特異点って?」

 少年は聞いたことのない特異点という言葉を聞き返さずにはいられなかった。そしてまた中2病っぽい言葉だな、と思った。

「どの世界へ送っても、この間の世界の記憶がなくならない人のことを、特異点って呼ぶんだ」

「え? じゃあ俺特別?」

 少年は嬉しそうににこやかになる。声も高くなった。

「僕と一緒」

「あぁ、神もなんだ」

 先程の『みなが特別、ゆえに平凡』が思い出され、少年はすぐに落胆する。ころころと気分を弄ばれているようだった。
 しかし神は今までとは違い、真剣な面持ちで立っている。それから、自分に言い聞かせるように話し始めた。

「……そうだよ。ここに新しい特異点が来たということは、創造の交代だ。じゃっ、あとはよろしく!」

 神は笑顔で少年に手を振り、くるりと回り、どこかへ行こうとする。
 ――あとはよろしく?

「ええええ、説明なさすぎる! 待ってすぎる! ちょっと!」

 少年は急いで追いかけると、神の腕をギュッと掴んだ。絶対にここで逃してはいけない気がした。
 強く腕を引っ張られた神は、ほんの少しにやりとすると、少年の方へ振り返る。そしてあまり重要な内容ではないかのように、さらりと伝えた。

「僕と交代。君が世界の続きを創造するんだ」

 交代。少年は今の言葉で何となく理解したのだったが、特別を得る確信のために、また問う。

「……というと?」

「君が好きなように世界を創ればいいんだよ」

 大きくなった少年の目が、輝くほど潤んだ気がした。

「え? 俺が、世界を……」

 少年は両手を交互に見ながら、喋る言葉を大切に一言ずつ区切り、次に正面の遠くの方を見た。

「おっ、主人公っぽい」

「やめろよ」

 神は横目でにやりと笑い、天真爛漫に本心をつく。そして何もない白い空間のある一点を指差して、少年にこう言った。

「さぁ、1つ目の世界を動かしてごらんよ。僕はそこに転生しようかな」

 待ち望んでいたウキウキとした気持ちが声にとれる。

 少年はゆっくりと神を見つめ、そしてまた正面へと向き直った。

「……俺が、世界を」

「ねぇ、何回やんの、その主人公ムーブ。スタートボタンそこだから」

 少年は神が指差した場所に近づいて、指で押した。すると、何もない白い空間にポチッという音が響き渡った。
 何もないのに少年には、たくさんのボタンが見えていた。何もわからないはずなのに少年は、そのボタンが何なのかわかるのだった。

「なんだか、ゲームみたいだな」

「まぁ難しいけど、人生なんてそんなものさ。ねぇ、どんな世界を創るのかい? 」

 ――昔は神も同じだったのだろうか?特別じゃない誰かだったのだろうか?交代と言われ、何を見て何を創り出したのだろうか?少年はふと神のことを考えた。

「お前みたいに変な中2病みたいなのは創らねぇよ」

「ふぅん、いいと思うんだけどなぁ中2病」

 神のその言葉はおそらく本当なのだ。
 少年はそれでは自分も願うまま、『本当』を創ろうと思った。少しくらい自分にわがままになってもいい。あのとき望んだことを口にして、創り出してやろうと決心した。

「俺がさ、俺が創りたいのはさ、俺が、神として崇められて女の子から超モテモテな世界だ!」

「……うん、転生はやめておくよ」

 言い切った少年に、神は目を細めて拒否をした。

「いでよ、ウキウキハーレムワールド!!」

 少年は必殺技のように大きく言い放ち、何もない場所を押し込んだ。この世界から「ポチッ」と音がして、あたりはまた真っ暗になった。




やおよろずの毎日/リンカネーション少年

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