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書皮と鴨葱。新しい本屋さんへ。

先日購入した「暮らしの手帖」の最新号(第5世紀32号)の中に、"書皮の心意気"と題された特集があり、各地の本屋さんオリジナルのブックカバーが紹介されていました。

ブックカバーのことを、"書皮"と呼ぶのですね。
寡聞にしてわたしは知らなかったのですが、美しい呼び名だと感じました。
特集では、新しく開店した本屋さんのカバーも数点紹介されていて、その中に『鴨葱書店』という名前を見つけたのです。

"鴨葱って、ユーモラスで良い名前だなぁ。お店の場所が京都市になっているけれど、全然知らなかった…。どのあたりだろう?"
調べたところ、住所は南区東九条。京都駅から、徒歩で数分の場所です。
今年の五月に、開店されていました。


人混みが苦手なこともあり、京都駅の方に足を運ぶ頻度は実は少ないのです。
けれども、お店のホームページを見て、"きっとここは、わたしが好きな雰囲気に違いない"という確信めいたものを抱いたので、さっそく行ってみることにしました。


訪れたのは、十月に入ったというのに、真夏日になったある日のこと。
地下鉄をおりて京都駅のホームに立つと、"京都に来たな"と、いまだに思ってしまうのが我ながら不思議です。六年間もこの町に住んでいるのに…。
周辺の散策もしてみたかったのですが、夏のような陽射しが降り注いでいたので、諦めることにしました。地下通路を抜けてアバンティ京都の中へ。竹田街道に出て、そこから河原町通りを目指して歩きます。

画面上の地図と自分の現在位置、目の前の道を何度も見比べて、"道を間違えてはいないけれど…、本当にこんなところにお店があるのかな…"と、期待と心細さが入り混じるような心地を、京都ではよく味わいます。
"偶然通りかかれない場所に、ひっそりと構えている"
ことが多いのですよね。(気がついたら通りすぎてしまっていて、引き返すことも時折りあります)
鴨葱書店も、細い道の先に、静かに佇んでいました。

扉を開けて店内に足を踏み入れてすぐに、とても居心地が良い感じがする、と思いました。
初めて来た場所なのに、どこか懐かしいような印象を受けるのは、土壁のせいでしょうか。

入口近くのチェストと平台から順番に、ゆっくりと見て回りました。
平台に並べられた本と本との間には、ほどよい間隔があり、一冊一冊に落ち着いて目を向けることができます。
同じ台に、くどうれいんさんと、永井玲衣さんのエッセイが並べられているのを見て、その時点で、"やっぱり、この本屋さん、わたしは好きだな"と思いました。

壁に沿った本棚には、ゆるやかにジャンル分けされた本が並びます。
上段のほうには、詩集・歌集・句集が並んでいて、はじめて目にする小さな出版社さんの本もあり、いろとりどりの背表紙を飽きずに眺めていられます。

高山なおみさんの「毎日のことこと」、須賀敦子さんの
「塩一トンの読書」、小津夜景さんの「いつかたこぶねになる日」などなどが並ぶ一角は、"この棚ごと下さい"
と言ってしまいたくなるほど、好みの選書。

視線を横にずらせば、登山・哲学・映画…と、なめらかに他のジャンルへと移行していきます。
本棚の向かいの壁面には、谷川俊太郎さんの詩と、川島小鳥さんの写真が展示されていて、こちらもじっくりと眺めました。

このお店に並んでいるのは、どれも静かな声でそっと語りかけてくるような本ばかり。
他の本屋さんで見かける本であっても、この空間の中に在ると、より美しく穏やかな表情をしているように感じられるのです。

連れて帰りたい本がたくさんあり、迷った末に、四冊を選びました。
こんなに買うつもりではなかったのですが、"今のわたしが読みたいと思う本を、今のわたしが買わないでどうするのだろう?"と、この頃思うのですよね。
それに、京都は、さまざまな本屋さんが各所に散りばめられている"本の町"。お気に入りのお店がたくさんあります。
ずっと"本の町"であってほしいと願うから、できるだけ本は本屋さんで買いたいという気持ちもあるのです。


というわけで、購入した作品。
「適切な世界の保存」「日記の練習」は、
今月買おうと決めていた本。
「詩と散策」「私の好きな孤独」は
店頭で手にして心惹かれて。
机の上でこの四冊が積読になっているのを見るたびに、
良い光景だなぁ、と思う今日この頃。


お店を出てしばらく歩いた後で、そもそものきっかけになったブックカバーを買うのを失念していたことを思い出しました。(本を選ぶのに夢中になりすぎたのです)
すこしばかり残念に思いましたが、次に訪れるときの楽しみにしよう、と考えます。


今日買った本のページを開けば、真夏のような陽射しや、お店が見えてほっとしたときの気持ち、平台と棚に並べられた本の様子、店内の静謐な空気を、きっと思い出す。
今、かばんの中に入っている本は、"思い出"という透明な書皮を、すでに纏っているのだ。

地下鉄の改札口に向かって歩きながら、そんなふうにも思ったのでした。





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