現代版・徒然草【34】(第182段・鮭とば)
今日は、おつまみで食べている人なら、知っているだろうと思われる「鮭とば」の話である。
昔は、「鮭の白乾(しらぼ)し」と言っていた。いわゆる、天日干しのことである。
鮭の内臓を取り除いて、きれいに水洗いして干したもの(=実際は干すまでいろいろと下準備がある)が「鮭とば」になるのだが、それを「けしからん食べ物」だと言った人がいた。
では、原文を読んでみよう。
四条大納言隆親卿(たかちかのきょう)、乾鮭(からざけ)と言ふものを供御(くご)に参らせられたりけるを、「かくあやしき物、参る様あらじ」と人の申しけるを聞きて、大納言、「鮭といふ魚、参らぬ事にてあらんにこそあれ、鮭の白乾(しらぼ)し、何条(などう)事かあらん。鮎の白乾しは参らぬかは」と申されけり。
以上である。
たった1文だけの中に、読点や会話文が挟まれているので、読みづらいかもしれない。
四条大納言という肩書きを持つ藤原隆親は、料理人の家系に生まれた人物であり、源頼朝が亡くなった4年後に生まれ、後鳥羽上皇が起こした承久の乱の頃に18才の青年だった。
その隆親が、大納言の地位にまで出世したとき、天皇に料理を提供する(=供御という)機会があった。
そのときに、鮭とばを作って出したわけであるが、これを天皇に出すとは何事かという人がいたわけである。
しかし、隆親は、こう反論する。「鮭は出してはいけないことはないはずだ。鮭とばが、なぜダメなのか。鮎の白干しは出してはいけないのか。」
鮭は、当時の貴族にとって、高級な魚であった。おそらく、今でも私たちの朝食の定番メニューとなっている「鮭の塩焼き」が、上品な料理のイメージだったのだろう。
だから、川魚の鮎と同列に扱った料理を出すことにケチをつける人がいたわけである。
料理人からすれば、魚は魚であり、それをどう調理しようが、ケチをつけられるいわれはない。
さて、鮭とばは、現代では、楽天などの通販でも手軽に買える。
食べたことがない人は、お試しで買ってみるのもよいだろう。
そして、実際に食べてみておいしかったら、「アッパレ、隆親殿!!」と言ってみてはいかがだろうか。
きっと本人も喜ぶことだろう。