「青消年の胸の内」先行ちら見せ その1
どもども、明原星和です。
文学フリマ福岡10開催まで、段々と日数が差し迫ってまいりました。
そこで、今回は私が文学フリマで出品します「青消年の胸の内」の冒頭部分を先行でちら見せしようと思います。
ちら見せ部分は、今日・明日・明後日の3日間に分けて投稿しますので、是非ともお手隙の際に拝見いただけますと幸いです。
こちらはちら見せ分その1になります。
それでは、どうぞ。
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誰もが自分の人生の主役である。されど僕は、自分の人生の主役はおろか、モブにすらなれていない。
思い出なんて大層なものはもちろんなく、生まれてから今日までの十六年間を表すのに、原稿用紙半分すら要さない。
それほどまでに空虚で、生きているという実感を得られないほどに、僕は透明な「人生」という名の道を歩んでいる。
友人と集まって、放課後にファストフード店で雑談することも。汗水を垂らして、仲間と共に部活で切磋琢磨することも。隣の席の女の子に話しかけられて、少しドキッとすることも。テストの返却時に「どうだった」と互いの結果を確認し合うことも。授業中に挙手をして、教師に指名されて問題を解くことも。
世間でノンフィクションに展開されるそんな青春の一コマが、僕にとってはフィクションでしかない。
現実に確かに生きているけど、一人だけ現実とは違う外側の世界に立っているようなこの感覚。
他のみんなが当たり前に生きている場所を現実と呼ぶのなら、僕が今立っているこの場所は、いったい何と呼ぶのだろうか。
そんなくだらないことを考えながら、僕は今日も孤独につらつらと生きている。
一章 影井蓮太のプロローグ
僕は、存在感を失っている。
「アハハ、それでさ――」
背後からかっぽかっぽとローファーでコンクリートの地面を蹴る音が聞こえる。その足取りは軽快で、これから始まる今日という一日を楽しみにしているのだろう。
女子高生二人。僕と同じ高校の制服を着た彼女らは、少し湿り気を帯びた朝日の差す駅のホームを歩いていた。
昨晩雨が降っていたからか、ホームの所々には水溜まりができており、雨漏りで滴り落ちた水滴がピチョン、ピチョン、と不規則なリズムを刻んでいる。
水溜まりに反射した陽光が不意に僕の視界を襲い、眩しくてほんの少し立ち止まっていると、背後から歩いてきていた女子高生が僕の肩にトンとぶつかってきた。
「マジでさー……っと、すみませ――あれ?」
女子高生はキョロキョロと不思議そうに辺りを見回す。そして「どうしたの?」と問いかける友人の声に「ごめん、何でもない」と返すと、何事もなかったかのように歩みを続けた。
間違いなく僕は女子高生と肩がぶつかり、間違いなく辺りを見回す女子高生の視界にも入っていた。
それなのに、彼女は僕の存在に気付くことはない。
「……はぁ」
相変わらず僕は、現実で生きているようで生きていない、幽霊みたいな奴なんだなと深いため息を吐きながら思う。
身体的な接触を得てなお存在を気付かれないなんて、ひょっとして僕は本当に幽霊なのではないか。
なんて思いながら頬をつねってみるけど、幸か不幸か確かな痛覚が僕の頬を刺激する。
一日の始まりというものは、実に憂鬱なものだ。特に、こうやって自分の存在感のなさを痛感させられるような出来事が朝一番に発生すると、すでに曇った心が一日中、より曇ってしまう。
今日も今日とて、僕は空っぽな一日を浪費する。
一日ごとに刻んでいく日々は過ごしている内は長く憂鬱なものだけど、過ぎ去って見ればあっという間で。
だけど、過ぎ去った日々はあまりにも透明で何もなく。振り返ってみても、過ごしてきた時間など初めからなかったかのように、その存在が記憶から欠如していて。
たった一度でもいいから、僕もみんなのように「思い出」というものに浸ってみたい。
そんなことを思っていると、ホームのスピーカーから年季の入った錆びれ声のアナウンスが聞こえてきた。
『二番線、間もなく列車が到着します。お乗りのお客様は――』
木々の生い茂る林の奥から電車が鈍色の車体を輝かせて、さわやかな朝の空気を切り裂きながら向かってくる。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
聞きなれた電車の音に耳を澄ませながら黄色く引かれたラインの内側に立ち、電車の到着を無心で待つ。
目の前を車体が通過すると、吹き付ける風が僅かに残った眠気や気怠さをまとめて吹き飛ばしてくれた。
徐々に速度を落とし、完全に停車した電車の窓。鏡のように自分の姿が映し出されたそれには、ため息が出るほどにパッとしない自分――影井蓮太の姿があった。
まともに整えていないボサボサの髪に色素の薄い黒の瞳。曲がったネクタイや皴の目立つワイシャツとブレザーは、実にみすぼらしい。
どうせ周りから存在を認知されないのだから、身だしなみなんて気にしたって仕方がない。と、いつしか見てくれを気にしなくなってしまった結果がこのざまだ。
さすがにみすぼらしいかと思いネクタイをきちんと整えてみるが、その程度で印象が変わるはずもなく、再び深いため息が零れる。
まぁ、今更見た目のことを気にしてもしょうがない。
そう思考を切り替えて、開いた扉から車内へと入っていく。
二列の座席が向かい合うように平行に置かれている車内。僕の定位置は、最後尾の一番後ろの端の席。
誰もいない車内を歩き、いつもの定位置に腰掛ける。
登校時に大勢の乗客にもまれずに済むというのはとてつもなくありがたい。以前、一度だけ満員電車に乗ったことがあるが、周りの人に押し潰されるわ、肘打ちを食らうわで散々だった。
存在感のない僕が満員電車に乗れば、寿命が三年は縮む。そう学んだ僕は、以降絶対に満員電車には乗らないようにしようと固く誓ったのだ。
「ふぃ~、間に合ったぁ」
今は朝の六時。
田舎ということもあってか、この時間帯は基本的に駅に人はおらず、電車に乗ってくる人も両手で数えられる程度しかいない。
いつもは最後尾のこの車両に乗ってくる人なんていないはずなのに、今日は珍しく僕以外の乗客が現れた。
首筋をタラリと流れた汗をぬぐいながら、慌てた様子の女子高生は腰に手を当てて「ふぅ」と小さく息を吹いた。
この人も、僕と同じ高校の制服を着ているな。
いつもこの電車を利用している人かな。それにしては、この一年見たことのない人だけど。
サラサラと風に揺れるミディアムヘアに、ぱっちりと開いた群青色の瞳は朝日にも負けないほどにキラキラと輝いている。
彼女からは何となく清涼な川のような。そんなさわやかな印象を感じた。
「今日は寝坊せずに済んだぞ! もしかしたら、これは良いことが起き――わぶっ!!」
やけに高いテンションで乗車してきた彼女は、乗車して早々に足を滑らせてしまい、盛大に転んでしまった。
転んだ彼女のスカートがひらりと捲れてしまい、真っ白な内ももが露わになる。僕は反射的に顔をそっぽに向けるが、僅かに目視してしまった光景に動悸が早まっていく。
「いてて……あぁ~もう! やっぱり不幸だー……」
なんて愚痴をこぼしながら立ち上がった彼女は、臀部をさすりながらこちらに歩いてくる。
彼女は座席の前に立ち、何の迷いもなく着席する。
しかし、彼女が座った場所。そこにはすでに、僕が座っていたのだ。
僕の膝の上に座った彼女。ふわりと香ってくる匂いは、マリーゴールドの香りだろうか。
「ん? なんだか、感触が違うような」とさすがに違和感に気付いたのか、振り返る彼女。
僕と至近距離で視線が交差した彼女は、口をぽかんと丸く開き、驚いているのか衝撃を受けているのか。よくわからない表情をしていた。
「その……どうも……?」
僕自身、このような経験をするのは初めてのことじゃない。
座っている僕の存在に気付かず僕の膝の上に座って来た人は、もう数えられないほどに存在している。
最初こそ動揺して言葉に詰まってしまっていた僕だが、今となってはいつも通りのこと過ぎて動揺なんて微塵もしなくなってしまった。
だが、当然のことながら相手方はこんな状況に慣れているはずもなく、僕の膝の上に座った彼女は「へ?」と間抜けな声を出すと、一気に顔を赤く染め上げた。
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今回のちら見せはここまでとなります。
また明日、続きを投稿いたしますのでお待ちいただけますと幸いです。
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