今は第2の幕末・維新期。だからこそ『学問のすすめ』を読むべし。
ロッシーです。
なぜだか福沢諭吉の『学問のすすめ』を読みたくなり読了。
実際に『学問のすすめ』を読んだことがある人ってどのくらいいるのでしょうか?
一万円札(旧紙幣)を普段使っているのに、その人物の最も有名な著作を読んだことがないというのはちょっと残念ですよね。
個人的には、日本国民全員が一度は読むべき本だと思っています。それくらい、いつの時代でも通用する内容です。個人の生き方の指針にもなりますし、ビジネスにも役に立つ内容です。
本書からは、とにかく「学べ!」という福沢諭吉からの時代を超えたメッセージが強く伝わってきます。
それはなぜでしょうか。
福沢諭吉が生きた時代は、西洋列強各国に支配される可能性が、私たちが想像とは比べ物にならないほど現実的だったわけです。
そんな状態で、福沢諭吉は考えました。
「日本という国が独立を保つには何が一番重要なのだろうか?」
軍隊?
経済力?
外交?
そのいずれでもありませんでした。
福沢諭吉が最も重要だと考えたのは「学ぶ力」でした(と、私は勝手に思っています)。
それはなぜだったのでしょうか?
本書で福沢諭吉はこのような趣旨を述べています。
卑屈になった人間、そして卑屈になった人間から構成された国家が独立を維持することができるでしょうか?できませんよね。
これは国だけではなく、会社も同じです。昨今コンプライアンス問題や不正を起こして傾いた会社の多くは、組織の上の人が言うことに何も言わず、それに慣れてしまった集団です。結局は、個人が独立していなければ組織も独立を維持することはできないわけです。
福沢諭吉が凄かったのは、そのことを発見し、一般人にもわかりやすい言葉で『学問のすすめ』という書物に言語化したことです。
『学問のすすめ』の発行部数は340万部と推定され、当時の国民の10人に1人が読んだと言われています。
そして凄いのは、福沢諭吉だけではありません。『学問のすすめ』を読もうとした当時の人達の意識の高さと学ぶ力です。
こういう国だったからこそ、日本は西洋に支配されることがなかったのだと思います。
さて、今の私たち日本人はどうでしょうか?
卑屈になっていませんか?
学ぶ力はありますか?
1994年に日本が世界に占めるGDPの比率は17.8%でした。そのときをピークとして、今は約4%程度です。
30年間の長期低迷から抜け出れるのかどうかも分かりません。
周辺は、あまり仲が良いとはいえない国々に囲まれています。そして、いままで日本がその庇護?を受けていたアメリカは、自国ファーストに傾き、有事の際に日本を守ることは難しそうです。
そんな状況ですが、私たちは平和が当たり前だと思っています。
政治の酷さは目も当てられませんが、それは私たちにも責任があります。
SNSで国に文句を言うだけでは何も変わらないでしょう。
通勤電車に乗って周囲を見れば、みんなスマホを覗き込んでいます。本を読んでいる人なんてもう稀です(電子書籍なのかもしれませんが)。もちろん本を読むことだけが学ぶことではありません。しかし、本すら読まないで一体何を学べるのでしょうか。
今、第2の幕末・維新期が到来していると感じています。
そのような状況では、学ぶ力がなければ、独立を維持することはできません。
福沢諭吉は「一身独立して一国独立」と言いました。
個々の国民が独立することで、はじめて、その国の独立を保つことができるという意味です。
「独立?私は忙しくてそれどころじゃないよ。関係ないね。」
そういう人も多いでしょう。
福沢諭吉は本書でこう言っています。
そういう人は、日本には住んでいても、自分が日本国民という意識はないのだと思います。つまり、日本にお客さんとして住んでいるわけです。お客さんであれば、その国が独立していようがいまいが関係ありませんよね。
そういう人間が増えているのだとすると、それは平和の良い面なのかもしれません。
しかし、そのような人間が増えていけば、いつか平和は維持できなくなるでしょう。
こういうことを述べると、すぐに「右翼っぽい」みたいなことを言われてしまう時代ですが、それも不思議ですよね。
他国であれば当たり前のことが、日本ではすぐに右とか左とかレッテルを貼られてしまい、思考停止に陥ってしまうのです。
いまこそ、学ぶ力を取り戻すときだと思います。
まずは『学問のすすめ』から読んでみてはいかがでしょうか。時代を超えた福沢諭吉のメッセージが届くと思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。
Thank you for reading!
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