「楽問」としてのサイエンス〜『35の名著でたどる科学史』
◆小山慶太著『35の名著でたどる科学史 科学者はいかに世界を綴ったか』
出版社:丸善出版
発売時期:2019年2月
自然科学の本は文系人間には時に取っ付きにくい感じがするものですが、本書は何よりもコンセプトがいい。科学の歴史に刻まれた名著をピックアップして、簡明に科学史的な位置づけを解説していくというシンプルな作りが好ましい。
科学の転換点と言われる16~17世紀の「宇宙と光と革命の始まり」から説き起こされます。バターフィールドの『近代科学の誕生』、コペルニクスの『天球の回転について』、ケプラーの『宇宙の神秘』、ガリレオの『星界の報告』『新科学対話』などなどおなじみのビッグネームがこの時代の名著を残しています。
18世紀に入ると近代科学の輪郭がいっそう鮮明になります。
ニュートンの『プリンキピア』はケプラーの法則に従う惑星運動の神秘を力学によって解き明かし、物理学は近代科学の要件を整えた最初の学問となりました。
つづいて近代科学の仲間入りを果たしたのが化学。ラヴォアジェの『化学原論』により、神秘的な営みの象徴であった錬金術が斬り捨てられ、新しい物質観が生まれます。
そしてダーウィンが「神秘中の神秘である種の起源に光明を投げかける」と告げた『種の起源』が出版され、これを機に生物学も近代科学としての歩みをたどり始めることになりました。
いずれも「神秘との決別」がキーワードであったといいます。
ところでダーウィンの進化論に対しては宗教界から激しい抵抗があった(現在にもそれは続いている)ことは誰もが知っているでしょうが、当時の大物理学者ケルヴィンからの批判の方がダーウィンには頭の痛いことであったといいます。ケルヴィンは物理学的な方法を用いて地球の年齢を計算するにあたって、意図的に年齢を若く見せようとした疑念が読み取れるというのです。その意図とは進化論の粉砕でした。原始生命が人類まで進化してきたという考えは、地球の年齢が若ければ若いほど無理が生じてくるわけで、そのことをもってダーウィンの考え方を否定しようとしたのです。
その後、ベクレルによる放射能の発見によって地球は内部に放射能を抱えていることで、冷却の一途をたどったわけではないことが証明されます。これは地球を冷却の過程にあると見なしたケルヴィンの前提を葬るものでした。ダーウィンの進化論はこうして補強されたわけです。
19世紀前半のカルノーの『火の動力についての考察』は、効率至上主義や経済至上主義に対する戒めの言葉で締めくくられています。現代社会の病理を先取りしたような警鐘を打ち鳴らしているのです。科学者たちは単に科学の進歩のみを追求して研究に没頭してきたわけではないことがわかります。
20世紀以降では、前半はアインシュタインやハッブル、後半にはワトソンやパウエルらが登場します。人類や他の生物の進化の道程をたどる古生物学や古人類学の進歩は最近になって著しく進んだらしい。最後は生物進化の断続平衡説を唱えたグールドの『ワンダフル・ライフ』と『フルハウス 生命の全容』で締めくくられます。断続平衡説とは「生物は地質学的スケールで捉えれば、きわめて短期間に種の分化を進め、その後は、かなり長期にわたり、比較的変化の少ない安定期が続く」とする説です。
というわけで、本書の内容は専門的な知識のない読者でも、人類が長きにわたって営んできた自然科学の面白さの一端を感じ取ることができる平易なものです。同時に科学者たちの人間らしい一面も垣間見ることができる書きぶりで「学問は楽問である」という著者の持論が遺憾なく発揮された本であると思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?