ユング心理学への良き道標〜『無意識の構造』
◆河合隼雄著『無意識の構造 改版』
出版社:中央公論新社
発売時期:2017年5月
無意識という用語は今でこそ私たち一般人も普通に使っていますが、その概念が初めて提起されたときには人々を驚かせたことでしょう。意識のなかに、いや意識と対立するものとして、そのような概念がありうるとは誰も考えていなかったのですから。三省堂刊『20世紀思想事典』でも、〈無意識〉は複数の項目で言及されていて、現代思想や近代アート全般に大きな影響を与えたことがうかがわれます。
無意識という概念を最初に打ち出したのはいうまでもなくフロイトです。ユングもその考えに魅せられて意気投合したものの、やがて二人はたもとを分かってしまいました。「フロイトが個人的な親子関係を基にして、エディプス・コンプレックスを強調するのに対して、ユングが普遍的な母なるものの存在を主張し、フロイトから離別していった」ということらしい。
本書は日本におけるユング心理学者の第一人者として活躍した河合隼雄が1977年に出した新書の改版。文字どおりユング心理学における無意識の構造を入門書的に解説したものです。
河合がユングの考え方に独自性をみることの一つとして「無意識内に存在する創造性に注目し」たことが挙げられます。心的エネルギーが意識から無意識へと向かう退行現象をフロイトは病的なものと考えたのに対して「常に病的なものとは限らず、創造的な側面をもつことを指摘したのはユングの功績である」といいます。
すべて創造的なものには、相反するものの統合がなんらかの形で認められる。両立しがたいと思われていたものが、ひとつに統合されることによって創造がなされる。(p57)
またユング心理学のキーワードとなっている「元型」なる概念を打ち出したことも一般によく知られていることでしょう。
ユングは統合失調症患者の幻覚や妄想を研究するうちに、それらが世界中の神話などと共通のパターンや主題を有することに気づきました。それらのイメージはきわめて印象的で、人をひきつける力をもっています。
ユングはそれらの典型的なイメージを、当初はヤーコプ・ブルクハルトの用語を借りて「原始心像」と呼びました。その後、それらのイメージのもととなる型が無意識内に存在すると考え、それを「元型」と呼ぶようになったのです。
元型は人類に共通なものと仮定されますが、文化の差異によってそれのあらわれ方に微妙な差があることにも注目していきたい、と河合はいいます。
今ひとつ私的に興味深く感じられたのは、自己実現の過程を述べた最終章です。ユングは〈自己〉と〈自我〉を区別して、自己実現のプロセスを考察しました。
人間の意識は〈自我〉を中心として、ある程度の統合性と安定性をもっているのですが、その安定性を崩してさえも、常にそれよりも高次の統合性へと志向する傾向が人間の心の中に存在すると考えられます。
そのような心全体の統合の中心として〈自己〉の存在がある、とユングは考えたのでした。「自己は心の全体性であり、また同時にその中心である。これは自我と一致するものでなく、大きい円が小さい円を含むように、自我を包含する」と。
ユング心理学では、このほかにも〈グレートマザー〉〈ペルソナ〉〈アニマ/アニムス〉などなど重要な概念があり、それぞれに丁寧な解説がほどこされています。
本書で述べられていることは、とくに性差に関わる問題では今となっては古臭く感じられる部分もなくはありません。しかし「無意識」のあり方を知るうえでは今なお有益な入門書であることは間違いないでしょう。
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