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【秋のお便り】果実酒づくりと、あの答え。


今年もまた、季節が巡り、秋がやってきました。

じいちゃんとばあちゃんが、丹精込めて育てたお米や果物が、たわわに実る季節です。幼い頃から、それらをただで貰えることのありがたさについて、なんとなく分かっているつもりではいましたが、故人を思い手をあわせていると、改めて、本当に有り難いことだっただなぁと実感します。


7月(リキュールを仕込む)


私が果実酒を作ったのは、七夕の日のことでした。 

2人が老いに逆らう事なくこの世から去った後も、2人が愛情を込めて育てた杏の木は、今年もまた花を咲かせ、立派な実がなりました。

杏でつくる果実酒のことを、杏露酒とよびます。

果実酒を作ったことなどありませんでしたが、実家から東京の私の家に、一人では食べきれないほど沢山の杏の実が送られてきたので、ひとつ残らず腐らせることのないよう、杏露酒をつくって楽しみました。


〈用意したもの〉

杏、レモン、ホワイトリカー、氷砂糖

分量は、作りたい果実酒の量しだいです。
このくらいの杏の量なら、氷砂糖一袋と、ホワイトリカー1.8Lを1パックあればこと足ります。

保存瓶は、煮沸消毒をお忘れなく。


〈手順〉

杏は半分に切って種をとる。
レモンは輪切りにザクザクと。
果実酒をつくる容器に、
杏→氷砂糖→レモン→氷砂糖→杏
と繰り返し入れていく
最後にホワイトリカーを注ぐだけ。


こんなに簡単でいいんですか いいんですか
こんなに人を信じてもいいんですか?

いいんですよ いいんですよ あなたが選んだ人ならば
いいんですよ いいんですよ あんたが選んだ道ならば!!!


いいんです。

あとは最低3ヶ月、最後の行程「待つ」をします。

秋の豊作を願い、美味しいお酒と共に、秋の味覚を楽しめることを、心待ちに。


♢♢♢


10月(試飲)


あれから、3ヶ月が経ちました。

果実酒を毎日眺めながら過ごす3ヶ月間、私は様々なことに思いを巡らせながら過ごしました。

まぁ、その話は、お酒を飲みながら。

用意するものは、氷と炭酸水だけ。


グラスに氷を準備します。

カンロで果実酒をすくいます。

グラスに好きなだけ注ぎます。私はカンロ、2杯分。

ここで、果実も投入します。贅沢です。

あとは炭酸水を注ぐだけ。


待ちに待った、果実酒の完成です。


おじいちゃん、おばあちゃん、今年もありがとう。天国に乾杯。


♢♢♢


編集後記(飲みながら)

還暦にして、ずっと従事してきた職場から離れることになった父は、新たな生きがいを見つけていました。


豊作の秋は、その生きがいに、拍車がかかるのだそうです。

今日も、宅急便で、父が丹精込めて作ったアップルケーキが送られてきました。

アップルケーキ
長野のシャインマスカットとともに


長野は本当に素敵なまちで、豊かな自然環境のおかげなのか、つくる人が真面目で丁寧なのか、本当に沢山の“おくりもの“が実ります。


友人から「なんでちゃんと生きようと思うの?」と聞かれたことがありました。

そんな風に聞かれたことがなかったので、私はうまく答えることが出来ませんでしたが、その聞かれた事だけをずっと、覚えていました。

ちゃんと生きている自覚なんてこれっぽっちもなかったけれど、その人の目を通した私は、“ちゃんと生きている“んだなぁと、なんだか不思議な気持ちになったのです。もう、聞いた本人の方が、忘れてしまっていそうだけれど。

なんでちゃんと生きようと思うのか。

果実酒の完成を待ち侘びながら、そしてお父さんから送られてきたアップルケーキを食べながら、その質問への答えが、分かった気がしました。

思ってそうしているわけじゃなくて、血筋なのかなぁって。

「お天道さん出ないいとにやるべさ。」

そう言って、朝日が昇る前から働き、自然の摂理に逆らわず、恵みに感謝して生きてきたじいちゃんとばあちゃん。秋が命日なのもあり、どうしてもじんわりとそのぬくもりを、思い出さずにはいられません。

丁寧に丁寧に育ててきたことを知っているからこそ、未だにこうして実るいのちを、大切にいただこうと思います。お茶碗のごはん粒を、一粒残さずいただこうと思います。それは、決して特別な丁寧さではなくて、心がそうしたいと動くからだと思うのです。

果実酒の熟成を待ちながら、いろんな人の顔を思い浮かべていました。あの人に飲んでほしいなぁ、あの人にも飲んでほしいなぁ。そうやって、自分一人でいただく楽しみと同時に、その楽しみを分かち合いたいと思える大切な人たちのために、心を込めたくなるのです。

それはきっと、田畑を耕していた頃のじいちゃんとばあちゃんも、おんなじ気持ちだったんじゃないかなぁと思うし、アップルケーキを焼くお父さんも、おんなじ気持ちでいてくれたんじゃないかなぁと感じるのです。

ほとんどのことが、一朝一夕には完成しない。

だから、日々を重ねる。

私の身体の中にも、そうした“ちゃんと生きた“じいちゃんとばあちゃんの血が通っているからこそ、ただ1人の私だけの命じゃない気がするし、私が日々を重ねることは、脈々と受け継がれ続けてきたものを守るっていうことのようにも思えるのです。

回答になったかは分からないけれど、酔いも深まったところで、お後がよろしいようで。


秋風に たなびく雲の たえ間より 
もれいづる月の 影のさやけさ

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