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『哲学思考トレーニング』① ー心構えと、議論の明確化ー
0.はじめに
哲学はどこか高尚なイメージで、日常生活で「役に立つ」とは思えない人が多いのではないでしょうか。しかし、この伊勢田哲治氏の『哲学思考トレーニング』は、思考のスキルを身につけられる実用的な内容です。
伊勢田氏によると、人間が知識を増やす方法には少なくとも二通りあり、一つは新しい情報をどんどん吸収していくこと、もう一つは情報をふるい分けることだそうですが、本書は後者の情報をふるい分けるために役立つクリティカルシンキングを扱っています。
奇しくも情報が氾濫する現代では、事実か虚偽かは重要ではなく、自分に好都合の情報であればそれでよしとするポスト・トゥルースの時代。フィルターバブル(※1)やエコーチェンバー(※2)によって、個人の視野が狭くなり、思考が偏ってしまいがちな時代です。
だからこそ、幅広く情報を吸収し、かつ正しい情報を見分ける能力が求められている。
本書は、クリティカルシンキングを「情報の送り手と受け手両方の共同作業の中で、社会において共有される情報の質を少しでも高めていくものの考え方」とし、この問題解決の糸口を見出せる一冊です。
紹介されている分析哲学、科学哲学、懐疑主義、論理学、倫理学などの思考形式は、ものを見たり、考えたりするときに大変役立ちそうですし、日常生活での他者とのコミュニケーション不全の解決にももってこいでしょう。
事あるごとに読み返したいと思い、個人的な振り返り用のまとめを書き始めました。これから数回に亘って書いていきますが、当然ネタバレを回避して要約していますし、あくまで個人の振り返り用として簡略化していますので、ご理解ください。
私の投稿を読んで関心をもたれた方は、ぜひ原典を読まれることをオススメします。伊勢田氏の理路整然とした文章の展開、ところどころに現れるシニカルなユーモアが読者を惹きつけてやまない書籍で、面白いですよ。
***
クリティカルシンキングの一連の流れは、「1.心構え」「2.議論の明確化」「3.さまざまな文脈」「4.前提の検討」「5.推論の検討」である。
1.心構え
⑴ 「疑い」にかかわる心構えのグループ
・疑う習慣を身につけること
・自分が間違えたと思ったら立場を変えるのをためらわないこと
⑵ 共同作業としてのクリティカルシンキングにかかわる心構えのグループ
・クリティカルシンキングは協力的な共同作業だという認識を持つこと
・正解ではなくよりましな回答を探すという考え方をすること
2.議論の明確化
⑴ 前提と推論の構造をはっきりさせ、議論を特定するためのツール
①思いやりの原理と協調原理
◎思いやりの原理
相手の議論を組み立てなおす場合には、できるだけ筋の通ったかたちに組み立てなおすべきだ、という原理
◎協調原理(H.P.グライスによる)
話し手はその場におけるコミュニケーションの目的の達成のために協力的な態度ととるべし、という原理
・必要な限りの情報を提供する
・十分な証拠のないことは言わない
・関係のないことは言わない
・あいまいさを避ける
②暗黙の前提の洗い出し
・暗黙のうちに含まれる意味である「含み」がないか疑うこと
・推論が明白なギャップがあるように見える場合、あまりにも当然な前提を省略していないか疑うこと
③定義による明確化
◎直示的定義
該当するものを直接指し示して紹介すること
◎辞書的定義
ある言葉の意味を分析して得られる定義
◎哲学的定義
定義される言葉がさすものと、定義に使った表現がさすものが完全に一致すること
◎操作的定義
調査して確かめられる内容で定義すること
④思考実験
・日常生活では起きないような極端な状況や、日常生活では分離されないものが分離されたような極端な状況を想定して議論を行うこと
・言葉の意味や、行為・選択の本当の理由、われわれが暗黙のうちに受け入れているルールを明らかにする
⑤薄い記述と分厚い記述の区分の利用
◎薄い記述
ある言葉のさす対象についての骨組みだけの描写
◎分厚い記述
豊かな内容を伴った描写
・両者の関係は相対的。玉ねぎを外から1枚ずつはがしていった中心のほうの細っこいのが薄い記述であり、はがす前のまるまるしたたまねぎが分厚い記述
・相手と意見がくい違うなら、どのレベルで意見がくい違っているのかをはっきりさせる必要があり、お互いが用いている言葉の薄い記述をつきあわせるという作業が有効
⑥通訳不可能性の処理
◎通訳不可能性
二つのグループがまったく違う世界観で世界を見るために基本的な出来事でさえも違って見え、そのために話が通じなくなるという状態
人間の認知というもの自体が外からの刺激を一定の型にはめこむかたちでおこなわれる。また、「あらゆる情報を考慮に入れる」ということは不可能で、かならず情報の取捨選択をしなくてはならない。その際に、違う型にはめこんで対象を見たり、違う枠組みのもとに情報を取捨選択すれば、当然ながら話が通じなくなるのである。このプロセスにはほとんど無意識に行われる部分がかなりあるのが、話をさらにややこしくしている。
◎通訳不可能性の解消方法
・相手の認知の枠組みや、何が重要な問題で何が重要でないと思っているかを推定し、その枠組みを身につけた者からは世界がどう見えるか考える
・議論の再構成においても無理に合理的な枠に押し込めるのではなく、まずは相手の言い方に忠実に再構成するほうがよい
・こうした作業を自分からすると相手に譲歩することになるのではないか、と心配する人もいるが、「あなたからこう見えているであろうものは、こういう差があるために、わたしからはこう見えます」というかたちで相手に通訳不可能性が働いていることを説明するためにも、まず何がくい違っているのかを把握しなくてはいけない
・相手の見方を理解することで自分の立場が変わることもあるだろうが、それもまた理解が深まったということであって、譲歩したわけではない
↓
地平の融合
お互いがお互いについて理解を深め、両者のものの見方を統合した一段レベルの高い視野を獲得した状態
⑵ 注意すべき論法
①わら人形論法
相手の議論を意図的に意地悪に解釈してやっつける行為
②意味の混同
ある言葉が二つ以上の意味を持つ(多義性を持つ)ために、解釈が混乱すること
③二次的評価語による議論
価値主張でないように見えて実は価値主張を背後に含んだ言葉(※3)
(例)有意味、非民主的、差別的 など
***
以上、今回はクリティカルシンキングの「1.心構え」「2.議論の明確化」までまとめました。
「3.さまざまな文脈」「4.前提の検討」「5.推論の検討」については、次回以降に書いていきます。
次回も長くなりそうですが、ぜひともおつきあいください!
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※1:検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断すること
※2:閉鎖的空間内でのコミュニケーションを繰り返すことよって、特定の信念が増幅または強化される状況
※3:
A 価値主張:善し悪しについての主張
①倫理的主張:どれだけ倫理的に善いか悪いかという倫理的基準(倫理観)にもとづいた主帳
②政策的主張:どれだけ政策として正しいか正しくないかという価値基準にもとづいた主帳
③美的主張:どれだけ美しいか醜いかという美的基準(美意識)にもとづいた主帳
B 事実主張:事実についての主張
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![市野美怜(りすみん@大人の教養大学)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/25927568/profile_ca5e564c3b69c184dc8ef4bc99b7bdc1.jpg?width=600&crop=1:1,smart)