【SS】私、約束って苦手
職場で、何人か他愛のない話題で談笑をしていた時、その中の一人の女性が不意にこんなことを言いました。
「私、約束って苦手。だって未来の私を縛りたくないじゃない?」
穏やかに、そして遠い目をしながら、手にしていたコーヒーカップを置いた彼女の横顔がなんとも儚げで、その場にいた全員が誰ともなく話を止め、そちらを伺います。
普段は気配りができ、みんなの橋渡しをするようなコミュ力を発揮する彼女が、こんな解き放たれた詩人のようなセリフをつぶやいたことで、聞いていた人たちの脳裏には一瞬で様々な憶測が駆け巡ります。
ただ、何気ない休憩中の雑談であるはずのこの場で、それをつまびらかにしようと思うほどの無粋な人はここにはおらず、一瞬、沈黙はしたものの、またすぐにささやかな日常談議に戻っていきました。
あとで聞いたら、その時のメンバーのうちの一人にこっそり食事に誘われていて、それを遠回しに断るためのセリフだったようで。
なんともオシャレな断り文句でした。