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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第38話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。幸子とバシャリの元に星野が訪れる。


→前回の話(第37話)

→第1話

「ごめんなさい。変なこと訊いてしまったわ」

「いいさ。誰でも知っていることだから」

星野さんは平然と言ったあと、ふうと息を吐くと同時に空を見上げる。

「さあ、次は何をしようかな。会社をつぶした三十男を雇ってくれるところもないだろうしなあ

生活は心配いらないし、空飛ぶ円盤の研究みたいな道楽もできる。大企業の御曹司は吞気なものだとうらやましかった。

けれどその裏にはわたしにはうかがい知れない苦労があるんだ。気楽にうらやんでいた自分が恥ずかしい。

ふと、星野さんがバシャリに訊いた。

「そういやバシャリはどうして宇宙を旅してるんだい?」

「もちろん旅が好きだからですよ」

バシャリは間を置かずに答える。

「遠い宇宙を旅することには孤独と危険がつきまといます。今回の不時着のような問題も多発します。

ですが、旅はいいものですよ。数々の星の文明を体験することで自分の凡庸さと小ささを知り、宇宙の広大さを再認識します。それは、とても貴重な経験ですよ」

「そうだろうな_」

星野さんはうらやましそうにつぶやいた。

わたしは、その横顔をこっそりうかがった。

星野さん、本当にバシャリを宇宙人だと信じているのかしら……その声音には、バシャリを怪しむ心が微塵も感じられなかった。

何だかこの人を宇宙人だと信じない自分がおかしいのかも、という気にすらなる。

星野さんが、ぽつりと言った。

「僕も、宇宙飛行士にでもなろうかな」

「星野……」バシャリは呆れ顔で、「地球の文明の進歩速度では、あと数百年はかかりますよ。

星野が生きている間に生物が生息する星へ旅することなんて不可能です。せいぜい月に到達する程度ではないですか

と、上空を指さした。見事な満月が、わたしたちを見下ろしている。そのあざやかな月光を浴びながら、星野さんはぼんやりと言った。

「そうだよな。宇宙は遠いもんな。光でも何万年もかかる場所に行けるわけないよな

バシャリがすかさず訂正した。

「光よりも速いものはいくらでもありますよ」

わたしは口をはさんだ。

「光より速いものはないって学校で教えてもらったわ」

「それは違いますよ」バシャリはあっさりと否定した。

「じゃあ、他に何があるというの?」

バシャリは少し間を空けてから答えた。

たとえば、考える速度はどうでしょうか? 

地球のことを考え、次に地球から何百億光年かかる遠い宇宙の果てに存在する惑星のことを考える。

その速度は、一瞬ではないでしょうか? 何百億光年の距離を一瞬で到達しましたよ。光より速いでしょう?」

また、お得意の屁理屈だった。

ふと顔を横に向けると、星野さんが放心したように口を開けている。

「星野さん?」

「あっ、すまない」

星野さんが我に返った。

「バシャリと同じことを親父が言っていたのを思い出してね」

「お父様が?」

「ああ。僕も子供のころに光より速いものはないと言い張ってね。そのとき親父がバシャリと同じことを言ったんだ」

「それはすごいことですよ」

バシャリが感心した。

「地球人にも第八次時空間超越理論を理解する人間がいるとは意外でした。もしかすると星野の父親は宇宙人ではないでしょうか?」

星野さんは、再びぽかんとした。

また馬鹿なことを言って、とわたしは顔をしかめた。ところが、星野さんはくつくつとわらいだした。

「たしかにそうかもな。親父は宇宙人みたいな人だったよ

くもり空に晴れ間がさしたようなわらいだった。その笑顔を見て、ふと思った。

星野さんはお父様を許せたんだわ……

なぜか、針でつかれたように胸が痛んだ。その痛みの原因を探る間もなく、バシャリが励ますように言った。

「話は戻りますが、星野、心配せずともすぐに仕事は見つかりますよ」

確信に満ちたその口調に、星野さんは不思議そうに訊いた。

「どうしてそう言えるんだい?」

「空とぶ円盤研究会ですよ」と、バシャリは答えた。「星野の今の仕事と空飛ぶ円盤には何の関連性もありません」

「たしかに、製薬と円盤は何の関係もないよな

星野さんはおかしそうに頷いた。バシャリが続けた。

「つまり星野は自分の心に導かれ、空とぶ円盤研究会に入会したわけです。それは素晴らしいことですよ。

真実は、利害の外に存在します。だから安心しなさい。答えはもうすぐ見つかりますよ」

「そうか……」

と、星野さんは、力が抜けたようにつぶやいた。

「宇宙人の言葉だもんな。信じてみるか……」


と、再び空を見上げる。その瞳には、希望の色が灯ったような気がした。

第39話に続く

作者から一言
この小説の中でも好きなシーンです。星新一先生のエッセイにこの父親の星一とのエピソードが載っていました。それを子供の時に読んだんですが、面白い考え方だなと感心しました。その話を使わさせていただきました。星一さん感謝です。

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