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エッセイ『感覚』

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五感にまつわるエッセイ『感覚』を1から順にまとめています🪿
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記事一覧

エッセイ「感覚」1.触れる

エッセイ「感覚」1.触れる

 字を書くときのペン先がノートに触れる、あの感覚。サッサッという音と同時に、ジワッと腕にまで伝わるノートとの触れ合い。これが何とも言えない幸福感を与えてくれる。

 実際、今この原稿を書いているのはスマホのメモ帳アプリであって、ノートではないのだが、本当であれば何でもかんでもノートに書きたい。兎にも角にも「ペンで字を書く」ということに勝るものはないのだ。でもここで一つ困ったことが起きる。私は新品が

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エッセイ「感覚」 2.食べる

エッセイ「感覚」 2.食べる

 「好きな食べ物は?」「何食べたい?」
これらの類の質問は、非常に苦手である。と言うとあまり理解されないかもしれないが、とにかく苦手なのだ。
 普段から特別「食」というものにあまり興味を持たない私。だから、急に質問されても困ってしまう、というわけだ。好きな食べ物が無いわけでもないし、食べたいものが無いわけでもない。ただ特別それを相手に伝えるほどのものではない気がしてしまう。なんだか、畏れ多いのだ。

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エッセイ「感覚」 3.見つける

エッセイ「感覚」 3.見つける

 ああ、これだ。おっと、こんなところに。
どんな形でもいいけれど、探していたものを見つけたときのパァッと明るくなる気持ちが好き。やっと会えた!という喜びで満たされる。それとは別に、何も探していないときにお気に入りのものを見つけるのは、澄んだ気持ちになり見つけてやったぜ!という優越感に浸れる。とにかく何かを見つける、という行為はその瞬間心の中に新しい風を吹かせてくれる。

 私にとってそれが顕著に現

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エッセイ「感覚」 4.聴く

エッセイ「感覚」 4.聴く

 たまたま耳にした音が、永遠に頭の中でループを続けることがある。環境音でもBGMでも歌でも。映画のサントラなんかは本当によく残る。とくに洋画は。

 昔から朝起きたらクラシックのCDをかけるのが日課の環境で生活をしていたものだから、いまだに音楽を聴こうと思うと、まずはクラシックから探してしまう。今日の気分はどれか、いまは穏やかな「美しく青きドナウ」よりも少し激し目の「運命」のほうが求める音楽に近い

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エッセイ「感覚」 5.飲む

エッセイ「感覚」 5.飲む

 ウイスキーが飲めると、大人になったなあと感じる。家族と、友達と、恋人とともにお酒を嗜む時間は、より近しい距離感を楽しめる素敵なひととき。二十歳になって最初に飲んだお酒はモスコミュールだったが、いま一番好きなお酒は断トツでウイスキーとなった。
 のどに流れてくるときの、アルコールの独特な香りとピリリとした感覚が、大人になったことを強く突きつけてくる。お酒を楽しむことは、ちょっとした憧れが叶ったよう

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エッセイ「感覚」6.眺める

エッセイ「感覚」6.眺める

 つい最近、水族館へ出かけた。わたしにとって水族館は癒やしの存在であり、日々のストレスを発散し、リフレッシュするのにもってこいの場所なのだ。それは、仕事終わりに夜間営業をしている水族館へ、一人で足を運んでしまうほど。いつか全国の水族館を見て回りたい。そして近場の水族館は年パスも買いたい。

 私の水族館の一番古い記憶は、北海道にある「おたる水族館」でのイルカショー。と言っても、ショーそのものの記憶

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エッセイ「感覚」7.人見知る

エッセイ「感覚」7.人見知る

 胸を張って堂々と道を闊歩する。顔をシャンと上げて、その世界に存在するものをしかと目に焼き付ける。そして、周囲をキョロキョロと見渡すことなく、ただ正直に自分の進むべき道へと歩みを進める───。

 これは、私が「人見知ら」ないために、頭の中で幾度となく復唱する言葉たちである。というのも、人見知りというのは私の人生において、あまり良い影響を及ぼしてくれたことはなく、大事なときに限ってひょっこりやって

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エッセイ「感覚」8.踏みしめる

エッセイ「感覚」8.踏みしめる

 雨が降ると、どうしても外に出て行きたくなる。水玉のワンピースを着て、髪も綺麗に結う。雨の中傘もささずに両手を天に突き上げて、叫びながらくるくると回る。これがやりたい。どうしてもやりたい。
 窓の外を眺めて、曇天がやってきたとき、今日こそはと強く心に誓うけれど、かれこれ二十五年、一度もやったことはない。当然だ。これをやって美しいと思えるのはあくまでも洋画の中だけ。現実世界でこんなことをやっていたら

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エッセイ「感覚」9.流し込む

エッセイ「感覚」9.流し込む

 デザートを召し上がりましょう、カフェ巡りなんていかがかしら。アフタヌーンティーなんかも良いわね……。
 残念ながら私はこんな会話には苦笑いを返すことができない。実際にこんな話し方をするかどうかはさておき、内容が気に入らないとか、虫唾が走るとか、そういうことではない。私は甘味が苦手なのだ。哀しいことに、そのほとんどは食べられない。

 これまで、それなりに満足のいく学生時代を過ごしてきた。ありがた

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エッセイ「感覚」10.突き刺さる

エッセイ「感覚」10.突き刺さる

 早朝に目が覚めると、カーテンの先には薄ら明るい空が広がっている。それを見つめていると、窓を開けて朝一番の新鮮な空気を吸いたい衝動に駆られる。その気持ちに身を委ねてガラリと窓を開け、大きく息を吸い込む。ああ、いま私はこの世界で“今日”の空気を一番最初に吸い込んだ人間に違いない───。
 気づけば全身鳥肌、肺も痛い。優雅な朝なんてどこへやら。急いで窓を閉めて、家の中を暖める。着る毛布を羽織り、足には

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