見出し画像

人生のパズル

今、なんで、私がこの職業を体験しているのか。そして、引き続き、なぜ私がこの職業をまた体験するのか。
その意味が、まるでパズルのピースを合わせるかのように、自分の中で、少しずつ見えてくる。

学校が嫌いだった。楽しいなんて思ったこと…、ない。楽しくしようと頑張っていた。楽しいふりをして粋がっていた。本当は、ただただ苦しかった。
なぜか、仲いい人とクラスは離れ、席替えしても、なんで私この席?あっちの席なら楽しそうなのに、と思うことばかりだった。
そして、今シンクロを感じることが多々あることが、まるで、過去の私を思い出して、と言わんばかりに、私の心に一杯一杯迫ってくる。

今、当時と大きく違う私の救いは、その時の苦しみを、今感じる息苦しさを、分かち合えるパートナーが存在していること。私が何を言ったとしても、ひるむことなく、一緒に泣いて、一緒に悩んで、一緒に怒って、一緒に笑ってくれるパートナーが存在していること。安心して、すべてをさらけ出せる人がいてくれるということ。

本当にありがとう。

「先生って、何か、苦しいことを乗り越えた経験とかありますか?」
ある生徒が私に質問してくれた。
私は真っ先に浮かんだ。旦那さんのこと。
「無茶苦茶恥ずかしい話で、秘密にしておいてほしいけど(笑)、ま、言ったからには秘密じゃなくなってもいいけど(笑)。しゃべってみるね。」
そうして、私は旦那さんに出会うまでの、何とも不格好な自分の体験を伝えた。彼は彼なりの経験を照らし合わせて、どこかでは何かをつかんで理解してくれたと、私は思っている。
いや、何もつかんでいなくても、ただ、彼がそんな風に、私に話をさせてくれたことだけで、もう、十分、すべては、100点だと感じている。

今思う。自分の努力とか、お金とか、策略とか、そんな人知を超えた奇跡的な出会いを。
どんなにお金を積み上げても、どんなに努力しても、どんなに神頼みしても、決して決して手にすることの出来ないもの。

お金が大事じゃないなんて決して言わない。だけど、それで価値を計り知れないものがあるんだということも事実だと実感している。

慣れてしまえば、それが当たり前になって、そこに感謝を忘れ傲慢になり下がる。

そうか、だから、今その過去を思い出すように、こうして目の前に現れているんだとも思える。まだまだ甘えん坊の私に、しっかり自律せよ、自立せよ、と人生はメッセージを投げかけてくれている。体験しないとわからないことを、身をもって理解せよ、と人生が私にささやきかけている。

苦しかった高校生の私、こんにちは。休み時間になることが怖かった私。自分の身の置き場が分からなくて、なんとかやり過ごそうと頑張った私。本当の友達が欲しかった私。自分なんて消しゴムで消し去りたいと思った私。(今も頻繁に思うけど…頻度はかなり減って落ち着いている:笑)

その子に言ったこと。
急に大人の自分になるんじゃなくて、今の自分の積み重ねが未来の自分になっていく。どこまでもあるのは自分自身。自分がどうあるか。大人になったらこうなろう、じゃなくて、今の自分の積み重ね。だから、今、こうなりたいって何かがあるんだったら、それに向かって、その何を今日積み重ねていけるのか。だから、毎日、今日できることは何かって、問い続けること。君から見たら、先生はもう大人に見えるけど、先生も、同じ。先生も君と同じ時の積み重ねが今あるし、これからも、どう在りたいかに向かって、自分を積み重ねていく。

巡り巡って、それはあの時の自分に言っている感覚もある。

人生は壮大な自分解明のパズルだと思った。

今世の終わりを迎える時まで、その解明は続くんだと思った。

現時点でのパズル模様を記しておいた。

私の父が、私の旦那さんに「お誕生日おめでとう」のメッセージをSNSで送っているのを見たことから、私もこうして、書き記しておきたくなった。
心はすべてつながっている。

私が本格的に、仕事をする、という世界に飛び込んだことで、父の、そして旦那さんの、そして今までの私の人生でかかわって下さった教育関係の方々、特に、学校の先生に、とにかくありがとうございました、と伝えたい。
だけど、その中でも特に、私という存在を支え続けてくれた、父と、母と、旦那さんにはもっともっと、とにかくありがとうございます、と伝えたい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集