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本に愛される人になりたい(1)マクルーハン著「メディア論ー人間拡張の諸相」(翻訳:栗原裕他/みすず書房)

 「図書館の本を全部読んでからやな」と「考えることはただ(無料)やで」が私が記憶している父の教育方針みたいなものです。偏差値教育など頭の隅にもない発想に支えられ(?)、自由闊達に生きていたと思います。言葉を変えれば好き勝手に生きていたのですが、おかげ様で、興味があるものなら何でも読み漁る日々を送ってきました。大学生時代には、あれこれ興味を持つ私を「節操のない奴だ」と言い放つ知人もいましたが、広く深く知識の沼に分け入るとそれぞれが連関していて、外科医的に鋭いメスで腑分けなどできぬと確信していた私は、知人の叱咤など馬耳東風で、さらに沼に分け入っていきました。言葉を変えれば学際的な知識と言えるでしょうが、そんなに格好良いわけではなく、嬉々として泥沼遊びに興じてきたように思います。仕事について、それが役立つことが分かったのは幸せでした。例えば、1990年代初頭、故ポール・ニューマン氏のサポートを受けて「アクターズ・スタジオ」の2時間ドキュメンタリー番組製作に携わったときです。(ニューマン氏は当時会長)マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ダスティン・ホフマン、ジェームス・ディーン、メリル・ストリープやアン・バンクロフトなど錚々たる俳優が学んだアクターズ・スタジオの演劇論はメソッド法と呼ばれますが、その源泉を探るとロシアのスタニラフスキー理論に辿り着きます。さらに、モスクワ芸術座発祥のこの理論は、フロイト心理学に影響を受けていました。さらにフロイトはニーチェやシェイクスピアの影響を受けています。そして、逆にニーチェが影響を与えた人物には、テオドール・アドルノ、ロラン・バルト、ジョルジュ・バタイユ、ジャック・デリダ、ミシェル・フーコーなどの現代フランス知識人へと広がりをもちます。言語学、哲学から、さらには宇宙物理学や文化人類学などまで、知識の沼は広く深く、抜け出すのを躊躇うようになってしまいました。
 さて、今回の本はマーシャル・マクルーハン著「メディア論ー人間拡張の諸相」(みすず書房)です。1967年、マクルーハン著「人間拡張の原理」が翻訳されブームが起こりました。翻訳者は竹村健一さんです。その数年後、中学生だった私は、父の書棚から取り出して貪るように読んだ記憶があります。それがメディア論初体験でした。1987年、さらに新訳が出版されました。もちろん、この新訳本も私の書棚にあります。本書では「人間拡張の原理」とあるように新聞やラジオやテレビは人間の視覚や聴覚という機能を拡張するメディアだと語られています。詳細はぜひお読みください。300年前のヴィーコや400年前の本阿弥光悦の本を楽しみつつ50年以上前の本を手にするという……自由闊達な知識をこれからも楽しみたいものです。私はこうして本を愛してきましたが、さて本たちは私を愛してくれているか否か……。中嶋雷太

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