ターゲットを絞ることで 売上が少なくなることはない
「ターゲットを狭めれば尖りが出るが、対象とする人数が減り、売上が下がってしまうのではないか」という疑問をよく聞きます。
例えば、コーヒー店が「静かな空間でくつろぎながら、本格的な美味しいコーヒーを飲みたい人」をターゲットとした場合、わいわい話したい学生やファミリー層が来なくなって、売上が減少するでしょうか。むしろ、うるさい空間が嫌だと思っていた人のニーズを掘り起こすことで、お客さんが増えて売上も増える可能性があります。
そのほかにも、禁煙を徹底して売上を伸ばすとか、逆に、喫煙スペースを設けてタバコを吸いたいサラリーマンを取り込むなど、むしろターゲットを絞ることで売上を伸ばすことができるでしょう。
つまり、ターゲットを絞っても売上が下がることはないのです。
ターゲットを絞ることでブランドがより魅力的になれば、ファンが増えます。気に入ってくれたお客さんは、何度も来てくれたり、リピートして購入してくれるでしょう。
さらに、友人やネットにも紹介してくれれば、広告費をかけずに宣伝もしてくれます。また、商品ブランドなら、同じブランドの別の商品を購入してくれる可能性もあるでしょう。いかにターゲットの方々が、そのブランドに貢献してくれるかがわかると思います。
売上を確保するための戦略的ターゲット
それでも、「ターゲットを絞ったら売上不振になるのでは」という不安があったとします。そんなとき「売れないのはそもそものマーケティング戦略が悪いからだ。ブランドは悪くない」というわけにもいきません。「買ってくれる=ブランドが評価された」ということを理解しなくてはなりません。売れてこそ成功、ということです。
以前、全国展開しているあるブランドを担当していたとき、ターゲットを「都会的で洗練されたデザインを好む人」というような、わりと尖った方向性のブランドにしようと、現場の責任者に説明をしました。すると、その責任者から、「それでは地方に住む方には馴染みがなく、まったく売れなくなるのでは」という意見をいただきました。
その不安はよくわかりますし、ブランディングは全社で行っていくことなので、それを無視することもできません。「ターゲットを絞ることで、そのターゲットの対象にならない人が購入しなくなる」という不安を払拭しなければならないのです。
そこでポイントとなるのが、「ブランドのターゲット」(ブランドのイメージする象徴的なターゲット)に加えて、「売上を確保していくためのターゲット」を見ることです。これを戦略的ターゲットといいます。
戦略的ターゲットとは、言い換えると「売上の最大限確保を可能にする顧客層」です。
スーパーの場合、生鮮食品を買いに来る主婦もいれば、お酒を買いに来るおじいちゃんや、閉店近くにお惣菜を買う独身のビジネスパーソンもいるでしょう。周辺に競合のスーパーがあるなら、近辺にどんな人がどれくらい住んでいるかということも考える必要があります。ターゲットを考える上では、この「売上を最大限確保するための戦略的ターゲット」と、「ブランドのイメージする象徴的なターゲット」(ブランドのターゲット)とを分けて考えることが大事です。
ターゲットはどこまで絞ればよいのか
ブランドのターゲットは狭めれば狭めるほど、より特徴のあるブランドになり、よりこだわりの強い客に刺さるのですが、ターゲットを絞りすぎると、ビジネスとして成り立つかが微妙になってきます。
例えば、「山登りをする人」がターゲットのとき、そこには「3000m級の山に登る人」も「家族で高尾山や筑波山に登る」人も含まれます。仮に「エベレストに登る人」をターゲットにしたいという場合、それ自体は悪いことではないのですが、「エベレスト登頂を目指す人はかなり限られている」ことを理解しておかなくてはなりません。
一方、ターゲットを広げると、対象顧客は増えるように見えますが、広げるにつれて尖りがなくなってしまいます。また、競合ブランドとも戦う領域に入ってきてしまうので、緩めながら尖らせ、そしてまた絞るという、柔軟な発想が必要になるでしょう。その絞り具合は、ブランド担当者の腕の見せどころと言えるでしょう。
絞り具合を調節したいときには、「ターゲットが理想とする象徴的な人」を設定することで、よりお互いが明確になります。これを、シンボリックターゲットと言います。
例えば、「すべてに妥協しない人」「とにかくこだわりぬく人」を理想とするのであれば、シンボリックターゲットはサッカーの本田圭佑氏や、イチロー氏になるでしょう。
ブランドのターゲットを絞りすぎたと感じたときには、「ターゲットが憧れる人や目指す人はどんな人なのか」という風に、理想となる象徴的な人を考えながら、両方のターゲットの距離感を考えて議論するのが良いでしょう。
客層を広めたい場合も、緩めるとぼやけるので、ターゲット層をより細かく切り分けることで、明確に焦点を合わせることができます。
例えば、アウトドアブランドのLOGOSは、いわゆる〝こだわり層〟をターゲットとしているわけではないのですが、ターゲットはファミリー層を中心に、「水辺5メートルから標高800メートル」の領域としていて、とても明解です。家族みんなが笑顔になれるのがこのフィールドだからだそうです。
また、アルペングループのスポーツ用品のプライベートブランドIGNIO(イグニオ)は、スポーツのビギナーがターゲットだそうです。本格的にそのスポーツをやるかどうかわからない人にとっては、高価なブランド品より、安価でもそこそこの品質でそのスポーツが自分に合っているかどうか試せる、オリジナルブランドの方がよいわけです。
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