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集英社文庫の『坊っちゃん』がいじめを擁護している件について

 集英社文庫から出版されている夏目漱石の『坊っちゃん』は、非常に手の込んだ一冊です。作品の理解を深めるのに当時の松山の写真が掲載されているだけでなく、大人向けと子供向けに解説が二つも用意されていて300円以下で買えるのですから、普通に考えればかなりのお買い得商品です。
 しかし残念なことに、子供向けに書かれたねじめ正一氏の解説がいじめを擁護する内容となっていて、子どもに読ませてしまうと「弱い者はいじめてもいいんだ」という考えを持つ危険性があり、個人的には『坊っちゃん』の中で最も小中学生に読んでほしくない一冊だと思っています。
 今回は、そんな集英社文庫の『坊っちゃん』のレビューをします。



津田青楓のカバーデザインもいいですね

集英社文庫版『坊っちゃん』の構成


 全221ページの集英社文庫版『坊っちゃん』の構成を簡単にまとめると、以下のようになります。

・最初に4ページ分のモノクロ写真
・次に本文
・155の注釈
・渡部直己氏による解説
・ねじめ正一氏による解説
・夏目漱石と歴史的出来事を交えた年譜

 注釈の数が246もある新潮文庫194の岩波文庫と比べると少ないものの、ちゃんと頭に対象の言葉が載っているので、辞書替わりにすることができます。

下段には歴史的出来事も書かれていて、漱石の生きた時代を想像しやすいです

いいところ1. 当時の松山の写真が載っていて、作品の理解を深められる


 構成のところでも触れましたが、最初の4ページに掲載されている当時の松山中学校や、漱石たち教職員、汽車などのモノクロ写真は、『坊っちゃん』という作品のイメージが膨らみ、とても役立ちます。

 注目ポイントは、松山中学校職員の集合写真です。うらなりや山嵐、野だいこのモデルとされている人物の写真が掲載されていますが、彼らは20~30代前半の青年でした。校長の住田昇でさえ40前だった点も含め、当時の中学校教師がいかに年若く、中学生たち(16、17歳が最終学年の5年制の旧制中学では、留年を繰り返して20近くになる生徒もいたとか)をまとめるのに四苦八苦していたかを意識して読むと、違った角度で作品を楽しめるのではないかと思います。

余談ですが、中村雅俊さんの『坊っちゃん』もけっこうよかったので、ぜひ観てみてください!

いいところ2. 解説が大人用と子ども用の2段構えになっている


 集英社文庫の『坊っちゃん』の最大の特徴は、何といっても作品解説を文芸評論家の渡部直己氏と作家のねじめ正一氏の二人が書かれている点です。大人向けの難解な解説を渡部氏が、子ども向けの解説をねじめ氏が担当していて、幅広い年齢層の読者を楽しませようとしているところは素晴らしいと思います。

 渡部直己氏の解説に関しては割愛します。

致命的に良くないところ. ねじめ正一氏の解説がいじめを擁護している


 問題はねじめ正一氏の『正義と愛』と題された子ども向けの解説が、いじめを擁護している点です。

 内容を簡単にまとめると、ねじめ氏の少年時代の正義感が空回りしてしまった実体験を語り、その後に作品解説を交えながら坊っちゃんの正義と清の愛について論じるというものです。

 少年野球での実体験はユーモアがありながらも考えさせられる内容となっていて、とても面白く、さすが作家の書いた文章だと思いました。全体の構成も整っていて、流れるような話の展開は作文の勉強にもなります。

 しかし作品解説が赤シャツの肩を持ちすぎていている上に、うらなりを不当なまでに貶めているのはかなり問題があり、弱者は排除してもいいという考えを持たせる危険性があります。

 以下、ねじめ氏の問題箇所の引用です。

 名家のひとり息子というだけで、アダ名のとおり男前は蒼むくれ、気も弱ければアタマもあんまりよさそうではないうらなり君を、マドンナが心から愛していたかというと、私はどうもそうとは思えないのである。
 中略
 赤シャツは東京帝国大学出の文学士様である。教頭である。知識があって話題は豊富、おまけに夏でも誂えの赤シャツを着込んでいるという、なかなかの洒落者だ。
 中略
 マドンナと赤シャツは、今や相思相愛である。二人の愛を成就させるためには、うらなり君とマドンナとの縁談を破棄してもらうしかない。
 だが、なにせ狭い町だから、こっちから縁談を破棄すればマドンナはつらい思いをするだろう。またマドンナがそれに耐えたとしても、もと婚約者が別の男といっしょになるのを見せつけられるうらなり君が、こんどは気の毒だ。
 ならば教頭の立場を利用してうらなり君を遠くへ転任させた方が、マドンナもうらなり君も傷つけずにすむ……赤シャツはたぶんそう考えたのである。


集英社文庫 夏目漱石『坊っちゃん』   ねじめ正一『鑑賞―正義と愛』より

  試しに「うらなり」を「あなた」に置き換えると、こんな文章になるはずです。

 家がお金持ちというだけで、不細工で気も弱ければ頭も悪いあなたのことを、彼女が愛していたとは思えない。その点、エリート出向社員は東大卒のプロジェクトリーダーで、ロレックスの腕時計を付けている。そんな華麗なるスーパーエリートがアプローチするのだから、彼女が婚約者であるあなたを捨てるのは当然のことだ。
 しかし婚約破棄してしまうと社内であなたたちの肩身が狭くなってしまう。そこでエリート出向社員は自分の権限を利用してあなたを遠くの支店へ飛ばしてしまえば誰も傷つかないで済むと考え、実行したというわけだ。

 百歩譲って、略奪愛に関しては自由恋愛ということで目をつぶりましょう(もっとも赤シャツは教頭という管理職に就いていますし、道義的に問題があるとは思いますが)。 
 
 しかし赤シャツやエリート出向社員に、うらなりやあなたを他所の土地へ追い出す権利があるでしょうか?

 あるわけがありませんよね。
 その土地や会社から出ていくかどうかを決めるのはうらなりであり、あなたです。
 気まずくなるのがかわいそうならば、赤シャツやエリート出向社員がマドンナなり彼女なりを連れて出ていけば済む話です。

 ねじめ氏は「愛のためにあえて卑劣なことをしよう」と赤シャツを弁護して、「正義感のあやふやさ」や「ワルモノがとことんワルモノでないのが困るのだ」と説きますが、これはもっともらしい屁理屈を並べて他人を排除する、典型的な「いじめられる側にも問題がある」といういじめっ子の論理に過ぎません。あるいはいじめを見て見ぬふりをするための方便とも言えるでしょう。

 善悪は、時としてあやふやになることもあります。どっちもどっちだと思うこともあるかもしれません。しかしどちらかが一線を越えた時には、きっぱりと「それは間違っている」とノーを突き付けなければいけないのです。

 仮にねじめ氏が考えるように、赤シャツがそのような論理武装をした上でうらなりを排除したのであれば、明らかに一線を越えています。
 婚約者を奪われた挙句、故郷から追い出されたうらなりの気持ちを無視していますし、擁護すること自体が間違っています。
 むしろ「自分の都合で他人を排除するような大人になってはいけません」と赤シャツを断罪することこそ、子ども向けの作品解説を任されたねじめ氏の務めのはずです。

 繰り返しますが、赤シャツは悪です。
 恐ろしい、邪悪な存在なのです。
 しかし周りの人間は、教頭の地位や帝大卒の文学士という肩書、あるいは高給取りという、作者の漱石が努めて距離を置こうとしていた「権力」と「金力」に惑わされたり遠慮したりして、うらなりがいじめられているのを見て見ぬふりをしてしまいます。

 坊っちゃんはそんなものを物ともせずに赤シャツの偽善性と邪悪さを見極め、鉄拳制裁を加えました。「いたずらと罰はつきもんだ」と考える描写があるように、これからやろうとしていることが免職や逮捕につながる可能性があることを、坊っちゃん自身わかっていたはずです。それでも赤シャツたちを殴らずにはいられなかったのです。
 だからこそ坊っちゃんの行為は尊いのですし、結果として死期の迫っている清との再会という奇跡が起きたのです。

結論. 集英社文庫の『坊っちゃん』を子どもに読ませてはいけない


 私は集英社文庫の『坊っちゃん』を子どもに読ませると、いじめを正当化する人間に育つ危険性があるためお勧めしません。
 大げさと思われる方もいるかもしれませんが、アマゾンの新潮文庫の『坊っちゃん』のページを見ると、「正義とは?」や「坊っちゃんの取った行動は正義なのだろうか?」といったように、明らかにねじめ氏の解説の影響を受けているレビューが散見されます。

 もしもこの本を読んだ子どもが、赤シャツのようにもっともらしい理屈で論理武装をしておけば他人を排除するのも許されると勘違いしてしまったら、どうなるでしょう?

 あるいはうらなりと同じような立場に置かれている子どもが、自分みたいに弱くて価値のない人間は排除されても仕方がないんだと思い込んでしまったら、どうなるでしょう?

 私は集英社文庫の『坊っちゃん』は子どもに読んでほしくないと思いますし、1991年から販売されているこの本の解説は、令和の時代にはそぐわないと思います。

 今回はかなり厳しいレビューとなってしまいましたが、この記事はあくまで作品解説に対する批判であって、ねじめ正一氏の人格を否定する意図はないことを付け加えておきます(30年前はこのような解説が許されたのでしょう)。

 以上で新潮文庫の『坊っちゃん』のレビューは終わります。この調子で、残り16冊の『坊っちゃん』のレビューをしていけたらと思います。

 赤シャツの偽善性や邪悪さに関しては、こちらの記事を読んでもらえたらと思います。

夏目漱石『坊っちゃん』の、「すべては坊っちゃんの思い込み説」を考察する

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