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角川文庫の『坊っちゃん』には、「売り」がほしい

 良くも悪くも癖のない一冊、というのが角川文庫版の『坊っちゃん』から受けた印象です。いいところも悪いところもなく、無難であるがゆえにおすすめできるところやおすすめできないところもないという、非常にレビューのしづらい一冊となっています。
 今回はそんな角川文庫の『坊っちゃん』を紹介したいと思います。


こちらが表紙です

角川文庫の特徴. あらすじ、夏目漱石の解説、作品解説をそれぞれ違う人物が書いている

 角川文庫版を開いてみて、「おや」と思ったところと言えば、冒頭のあらすじと夏目漱石の解説、そして作品解説を異なる人物が書いている点です。冒頭のあらすじは中村明氏が、夏目漱石については本多顕彰氏が、作品解説は池内紀氏がそれぞれ書かれています。

 中村氏のあらすじはとてもうまくまとまっていて、さすがにプロの仕事だなと思いました。

池内氏の作品解説も無難

 こちらのページで書いたように、『坊っちゃん』の読書感想文を書くにあたって解説が非常に重要な役割を果たすわけですが、池内氏の解説も本書同様、無難なところに落ち着いています。名前のところに「池内紀(ドイツ文学者)」となっていて、おそらくは自分は専門外の人間だから踏み込んだことは書けない、という意思表示のつもりなのでしょう。それゆえに、他の出版社から発行されている『坊っちゃん』と比べると、やはり全体的に物足りない内容となっています。

 年齢、性格、生い立ちから、赴任先の月給まで書かれているのに、主人公の坊っちゃんの名前は書かれていないという指摘はおもしろく、これを膨らませて読書感想文を書くことができるかもしれません。

 ただ一方で、回想形式で語られている中学校の出来事と語っている現在とでは、あきらかに時間的な隔たりがあるとして、ことによると坊っちゃんの頭に少し白いものが混じり出した年齢かもしれないという考察には、個人的に疑問を覚えました。

 坊っちゃんが四国辺で教師をしていたのが日露戦争集結間際の明治38年(1905年)のことで、『坊っちゃん』が出版されたのは翌年の明治39年(1906年)です。仮に池内氏の言うように、白髪が生えるようになった坊っちゃん(50歳としましょう)が30年前の過去を回想するとなると、明治68年(1935年)頃ということになってしまいます。これは現代に当てはめると、令和4年(2022年)のロシアのウクライナ侵攻の頃の出来事を、令和34年(2052年)の人物が回想する小説が令和5年(2023年)に出版されたということになってしまいます。ちょっとややこしいですが、かなり特殊な時系列の小説ということになってしまいますし、私としては岩波文庫の平岡敏夫氏が考えるように、本が出版される明治39年(1906年)の坊っちゃんが半年ほど前の出来事を回想しているというのが正しいかと思います。

結論. もう少し「売り」が欲しい一冊


 別に角川文庫版の『坊っちゃん』は悪い本ではありません。悪くはないのですが、他の出版社から発行されている『坊っちゃん』と比べると個性がなく、それゆえにレビューしづらく物足りない一冊となっています。

 文庫版ですから文字はそれほど大きくはありませんし(新潮文庫の方と同じくらいといったところです)、解説も新潮文庫や岩波文庫、小学館文庫のものと比べると、もう一歩踏み込んでほしいかなという印象を受けました。

 それゆえに読書感想文を書こうとしている小中学生にはおすすめしづらく、かといって読書が苦手な方や視力が落ち始めている人にも強くは推せない一冊というのが、私の個人的な感想です。

  以上で角川文庫の『坊っちゃん』のレビューは終わります。この調子で、残り17冊の『坊っちゃん』のレビューをしていけたらと思います。

 解説を活用して『坊っちゃん』の読書感想文も書いてみたので、ぜひ参考にしてみてください。
 


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