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猫の背中②

朝礼後の事務所。
事務所のメンツは早番さんが作ってくれたドリップコーヒーに舌鼓を打つ。

これからの爆発的な業務処理に相対する前の一時休戦といった所だろうか。

私が勤めている施設には御歳77歳の施設長が居る。

今朝も私は自分のブラックコーヒーに氷を入れ、アイス仕様にする。

「施設長も氷入れますか?」

「俺は良いや。ドリップのコーヒーはゆっくり飲めば、自然にホットからアイスへの温度差を楽しめるからよ。」

「確かにコーヒーはガブガブ飲むモノでもないですしね。」

「アイスにはアイス専用のコーヒーの粉があるんだよ。知ってたか?」

…コーヒーの粉……?

朝の工藤はすこぶる頭の回転が悪い。

77歳の施設長からの粉発言から想像したのは

粉薬…


「あっ、それを水に溶くって事なんですね。」
「でも、それって何に効果があるんですか?」

「少し苦味が違うんだよ。…落ち着いた苦味というのかなぁ。」

…まぁ、確かに苦味のある薬を胃の中に流し込むには大量の水が必要だ…。

「逆に苦味を楽しむ場合もあるんだ。」

……!?
……苦味を楽しむ!?
…施設長、ドMだったのか…!?

驚いた私の顔を見て、施設長は話を止めない。「オランダとかノルウェーのカップが良い感じの大きさなんだよ。まさに濃い苦味をゆっくり楽しむっ感じのなぁ。」

ずっとバリスタみたいな口ぶりで話してくれてたのに、私の頭の中は粉薬をムセながら頑張って服用している施設長しか出てこなかった…。

「味って奥が深いですね。」

朝の私が出せる精一杯の語彙。

…ただ、この精一杯の語彙がちゃんと接続詞となり施設長と私の会話もしっかりレールの上を走り出す。

「紙のフィルターの通して、一滴二滴と落ちるコーヒーの香り。あれで朝起きるのは最高なんだよ。」

「奥様が準備してくれてたんですか?」

「そうだったなぁ。少し大きめのマグカップに入ったコーヒーと一緒に、奥さんが焼いてくれた練乳おぐらトーストとサラダを食べるんだよ。」
……
「あの時は、奥さんとしゃべってるだけでコーヒーの温度差を楽しむ事ができたんだけどなぁ…。」

「うー寒っ。」
施設長の丸まった身体からだには、秋の寂しさは温度差になって感じる様だ。

最近の秋は残暑と言われるが、”残”という漢字、私はあまり好きではない。

残された感覚。

残されるのは、素直に寂しい。

「今じゃよ、朝ごはん作ったと思ったらすぐに片付けだろ?あれじゃ最初からアイスにした方が良いな。だから、最近大きいマグカップを買ったんだよ。」

ニタニタしながら、私に話した施設長の目尻は下がっていたが、黒目は小さく、遠くを見ているようだった。

適温を通り越した私のコーヒー。

大切な人との”今”

帰ったら、沢山話そ!
熱々コーヒーがぬるくなる位。

9:40

僕の仕事も始まる。


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