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吾52歳にして洗礼を授かる⑤(新生編) #210

吾十有五而志于学、
三十而立、
四十而不惑、
五十而知天命、
六十而耳順、
七十而従心欲不踰矩。


教名はヨハネ

ヨハネ、
父と子と聖霊のみ名によって、
あなたに洗礼を授けます。
あなたに十字架の形を記します。
これはキリストのしるし、
あなたが神の民に加えられ、
永遠にキリストのものとなり、
主の忠実な僕として、
罪とこの世の悪の力に向かって
戦うことを表します。
アーメン。

罪に苦しむ(聖歌282)

罪に苦しむ叫びを聞いた。わたしは民を救おう。
闇の世界を照らし輝く神の光を伝えよ。
あなたに呼ばれてわたしは歩みます。
わたしをこの世に遣わしてください。

民の痛みに涙を流し、わたしは語り続ける。
石の心を愛でうるおす神の言葉を伝えよ。
あなたに呼ばれてわたしは歩みます。
わたしをこの世に遣わしてください。

貧しい人をわたしは見つめ、祝いの席に招こう。
すべてを満たす尊いパンで神の命を与えよ。
あなたに呼ばれてわたしは歩みます。
わたしをこの世に遣わしてください。

11月26日(降臨節前主日)

アドヴェント前の最後の主日。
ついにこの日が来た。ヨハネの誕生日。
わが人生の転換点。
信徒のみなさんに、また、友人ご夫妻に、
あたたかくお祝いをしてもらった。
とてもありがたいことで、感謝に堪えない。

吾十有五而志于学

若い日に恩師と呼べる方々に出会った。
学問の道を示してくださったS先生。
ヨハネ福音書を読んでくださったK先生。
このお二人がいてわたしは学を志した。

吾三十而立

高校の教師になっても研究は続けた。
16世紀英国教会説教集に出会った。
いつか自分が全訳をしようと思い立った。
意欲と情熱があれば完遂できると信じた。

吾四十而不惑

学問からは遠ざかったが大きな学びを得た。
障害を持った長男との日々で多くを学んだ。
十全な人はいない。みな躓きを持つ。
愛をもって人に対するべきと信じて惑わず。

吾五十而知天命

説教集の翻訳に取りかかり全訳を完了した。
その学びのために教会に通うようになった。
通ううちに洗礼を受けたくなった。
現在地はここ。すべては導きだった。

吾六十而耳順

洗礼を受けたのは信仰生活のスタート。
10年後。だんだんと掴めていけているか。
口で語るより多く耳を傾けられているか。
隣人の悩みを自分事としていられているか。

吾七十而従心欲不踰矩

学問への意欲と情熱を持ち続けているか。
何事にも愛をもってあたれているか。
隣人を自分のように愛せているか。
これらが自分の自然な姿になっているか。

新しい命のはじまりに

洗礼を受けても何かが劇的に変わるのではない。
そこにあって見えるものはもちろんのこと
そこにあって見えざるものにも思いを致し
信と愛をもってこの世で骨太に生きる。
学問を、家族や友人を、隣人を愛し、
神を信じ、贖い主に倣って生きる。
今日がその果てしない歩みの始まりである。

次回からは、16世紀英国教会説教集 Certaine Sermons or Homilies のことばをもとに、思うところを書いていきたいと思います。原文の解説もしていきます。X (twitter) で投稿しているもののやや長いバージョンとなります。引き続きご愛読ください。よろしくお願いいたします。


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