【短編】人外娘の心外な夢4
【アルラウネ】霖の日4
「オル、人間を見たっていうのはこの辺りよ」
「アイシャ、人間ってことは、密猟者でしょう? それなら上手く隠れているんじゃないの?」
オルは少しだけ安堵していた。
なぜならこの辺りには人間は隠れていないからだ。
オルが匿っているあの男はここから離れた場所にちゃんと隠した。
空腹やケガで死んだりしないよう、処置も済ませてある。
見付かったりするはずがない。
勝手に動いたりされない限りは……。
一瞬、あの男の頭の悪そうな笑顔が脳裏を過ったが、ふるふると頭を振って嫌な想像を散らした。
「リリーの話だと、この辺りらしいのよ。ほらっ、オルもちゃんと探してよっ。私達の旦那様になる人間かも知れないのよ!?」
「はいはい。探せば良いんでしょう。探せば」
そう言って辺りをきょろきょろと見回す。
勿論人影などあるはずがない。
分かりきっていることだ。
数日の間にそう何度も人間に出くわすのであれば、アルラウネの種族はとっくにこの樹海から溢れる程繁殖しているはずだ。
「あぁ……早く会いたいわ……私の未来の旦那様。種を貰って、そして骨までしゃぶり尽くしたい……」
「うんうん、そうね。私も早く子種が欲しい」
「何よぉ、オルだって人間好きでしょぉ?」
「勿論好きよ。若い人間ならなおさらね。歳をとってても、引き締まってれば十分イケるわ」
「そうよねぇ。美味しいわよねぇ。……私達は肉のひとかたまりしか貰ったことないけど。あぁっ! 涎出ちゃった。早く会いたいわぁ」
「アイシャのそれは、ただの食欲でしょ……」
アルラウネは人間との間に子孫を残す。
そして用が済んだ人間はそのまま糧となる。
蟷螂と同じだ。
非常に合理的なシステム。
殖えすぎないよう、遺伝子が濃くなりすぎないよう、同種族で争わなくて済むよう、増やしたら減らす。
それを自己で完結させる。
「だってぇ。生きた人間なんて、一生に一度会えるかどうかじゃない? 一生種子を残せない子もいるのよ? 私達の寿命だって限りがあるのに」
「そうね。それに、私達の出会いはとても限られている。相手を選ぶなんて出来ない。出来ることなら、自らが望む相手と結ばれたいわよね」
その言葉と同時に脳裏を過ったのは、やはりあの男の笑顔だった。
「んん? オル、泥水でも飲んだ? 何か変よ? 相手なんて誰でも良いじゃない。どうせ食べちゃうんですもの。種子を残すのが最優先。味も大事だけれど、先ずは子孫よ」
「雨季は森全体が殆んど泥水みたいなものじゃない。泥水啜って生きてるようなものよ、私達は。頭だっておかしくなっちゃうわよ、本当に」
「そうねぇ。はぁ、早く私も人間の生き血を啜ってみたい……」
「結局それなのね。あなたって子は……」
はぁ、と溜め息を吐いて思う。
やはり誰にもあの人を会わせる訳にはいかない。
私の気持ちを理解出来る同種なんていないのだから。
あの人の目的を達成させられるのは私だけ。
あの人と一緒に樹海を離れるのは、私だけ。
私だけで十分。
私一体いれば、十分よ。
その霖の夜、オルはアルラウネの庭から姿を消した。
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続き
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