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ネガティブが足りない

自分で言うのもなんですが、私は結構ネガティブ思考です。
何か行動を起こす時には「あれが起きたらどうしよう、失敗したらどうしよう」なんて毎回考えています。
でも時々「ネガティブが足りない」と思うときがあります。
なぜでしょう?


意外なところで楽観的

私が抑うつ状態になった直後辺りのお話ですが、当時の私はとにかく人と話をしたかったです。なのでXなどを用いて人を集おうとしましたが、これがなかなか上手くいかない。私は落ち込みました。
「どうせ自分なんかと会いたい人などいない」としかしこれは逆に考えれば「私と会いたい人がいるはず」という期待の現れ、しかし、よく考えれば「会いたい人がいるはず」と紐づけられる理由がありません(うつ病患者の話が聞きたいという例外もいますが)
「なんとなくだけど、会いたい人がいるはず」というのは楽観的な思考ではないでしょうか。これが「ネガティブがたりない」です。

もっとネガティブになれるはず

上記でお伝えした通り、私はネガティブではあるんですが、どこか中途半端なネガティブであり、楽観的なところが多々あります。
因みにこの楽観的というのは以前記事にした「期待値」の話とよく似ていますのでよろしければそちらも一読下さい。

ところでなぜ楽観的になるのでしょうか、ネガティブ人間なら最初から「どうせ人なんか集まらない」などもっとネガティブになるはずです。
自分で分析したところ理由は3つあります。

・期待値が空想の根拠になる

心の底では「誰かが私の為に動いてくれる」ことを期待しているのです。
その期待をあるはずもない根拠として持つ事で、必然的に期待外れの結果が返ってきてしまい落胆してよりネガティブになります。
楽観的なのに悲観的、あぁなんてめんどくさいのでしょう。

・やってみないと分からない

どれだけ想像しても物事というのはやってみないと分からないものです
例えばガチャは確立3%とされていてもついつい期待して引いてしまうものです。このように常にやってみないと結果が分からない上に上振れを期待する為、楽観的になります。

・都合の悪い未来を見ないようにしている

私が期待値を上げている時は悪い未来意図的に見ないようにしている節があります。2つの未来を考えるのは面倒ですし、良い未来はキラキラと輝いて見えます。宝くじを買ったら1等が当たった時の事を考えるのと同じです。
…ギャンブルとかに興味ない人間で良かった。

ネガティブが足りない

このように分析しましたが、私はやはりネガティブが足りないようです。
ネガティブといっても悪い事ばかりではなく、物事に対して真摯に向き合い、最後まで考え抜く力となります。
もっと考えて分析をする力を身につけなくてはと常々思います。

リトライ精神でいこう

とはいえ何事もネガティブでは物事は動きません。
自分なりに考えて実行、そこで失敗してネガティブな状態になる事よりも、
次に向けて、リトライ精神で取り組む事が大切です。
人生長いんです、1度や2度の失敗は大したことじゃないでしょう。
気楽に進んでいきましょう。

ネガティブが足りないことに気付けてよかった。

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れじちょ@うさぎライター
私が珈琲一杯飲めます、ありがとうございます。