江南の夜、口を閉ざす。
正月休みを利用した3泊4日のソウルの旅は想像よりも遥かに快適な日々だった。
人々が親切だったとか、交通機関が充実していたとか要因はたくさんあるが、いちばんの理由はホテルが快適だったことだ。
俺が選んだのは江南区にあるdormy innだ。日本で展開してるビジネスホテルチェーンだから利用したことある人も多いだろう。
初めての訪韓だから日本語が通じた方が安心だと思ったのだ。実際スタッフがみんな日本語ペラペラで非常に助かったし、全ての案内に日本語表記がついていて苦労が少なかった。
そしてよく見るとこのホテル、三つ星ランクなのだ。それゆえか設備もサービスも充実していた。なんと最上階に天然温泉の大浴場を備えていたのだ。
この旅の満足度に大きく貢献したのは間違いない。俺は毎日、大都会江南の夜景を眺めながら温泉に入っていたのだ。風呂が大好きな俺は最高の気分だった。
だが、2日目はそうでもなかった、ちょっと切ない出来事があったから。今日はその時の話をする。
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東京もそうだけれど、ソウルも外国人観光客が多い。街には白人も黒人もたくさん来ていたし、南アジア風のおっちゃんと競うようにサウナに立て籠ったりもした。そんな中でたくさん見たのは日本人だ。この正月休みでの渡航先でソウルが一位だったしね。
だからドーミーインの大浴場でも日本人は多くいた。しかし日韓では外見がほぼ一緒なので黙っていたらわからない。
それゆえに浴室に東洋人がいてもどこから来たんだろうなあとも気にせずにくつろいでいたのだが、2日目は事情が違った。
湯船に俺含めて3人の東洋人が入っていたのだが、俺以外の2人が会話を始めたからだ。日本語で。
2人は初対面のようで、仕草なのか独り言なのかわからないが、互いが日本人同士だと察知したらしく、挨拶を交わしていた。
ソウルにいるのに日本語話者しかいない不思議な光景に思わず聞き耳を立てる。
すげえ気になる、、、あわよくば会話に混ざりたい、友達になれるかもしれないし、、🤔
話は続く。
😎「僕はSNSのコンサルティング会社を経営していまして、海外を旅しながらビジネスもしているんですよ。」
😎「へえ、楽しそうですね!僕はアーティストのMVを制作してるんですよ、最近だとあいみょんのMVを撮ってました!今日は久々のオフです」
自己紹介し合う2人。2人とも俺より少し年下に見えた。問題は話の内容だ。
すげえキラキラしている。どちらも楽しそうだ。自分の人生に誇りを持っているように見えた。
俺は心底思う。
会話に参加しなくてよかった。
「こんばんは、奇遇ですね!僕も日本から来たんですよ😃」と飛び込まなくてよかった。
だってさあ、
い、言えない……
「毎日1トントラックで長野の土建屋をぐるぐる回ってます」だなんて……
「数百円の建材の注文をお願いして回る日々を送っています」だなんて言えない。
同じ浴槽の隅っこで、俺は黙り続けた。
自己暗示。俺はただの風呂に入りにきた現地人だ、日本からなんか来ていない。彼らに劣等感なんて感じていない、風呂が気持ちいいから項垂れているだけだ。そう思うことにした。
『職業に貴賤なし』
それには俺と同意する。NHKの集金とウォーターサーバーの勧誘を除けばこの世に無価値な仕事なんてない。どんなに嫌われる仕事や見下される仕事もマンション投資の飛び込み営業を除いて社会の役に立っている。俺のやっていることだって誰かを助けている、そう思いたい。
だが輝いているかは別だ。
俺はみんながみんな輝いている、生き生きしているなんて綺麗事を言うつもりはない。
キラキラしない仕事は「輝かないこと」で社会に貢献するのだ。汚い・キツい・辛い、輝かない役割を買って出ることで人々を助ける。素晴らしいことだと思う。美しいことだと思う。
だが誇りたくなるかは別の話だ。堂々と自慢したいかは別の話だ。
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どうせ俺なんて視界に入ってすらいないが、会話に巻き込まれないよう存在感を必死に消す。
あーやだやだ。
……
まあ実際良い湯ではあったな。