転々とする、転がる、ころころ変わる(「物に立たれて」を読む・06)
*「「物に立たれて」(「物に立たれて」を読む・01)」
*「月、日(「物に立たれて」を読む・02)」
*「日、月、明(「物に立たれて」を読む・03)」
*「日記、日記体、小説(「物に立たれて」を読む・04)」
*「「失調」で始まる小説(「物に立たれて」を読む・05)」
古井由吉の『仮往生伝試文』にある「物に立たれて」という章を少しずつ読んでいきます。以下は古井由吉の作品の感想文などを集めたマガジンです。
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引用にさいしては、古井由吉作の『仮往生伝試文』(講談社文芸文庫)を使用します。
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まず、前回の記事をまとめます。
では、今回の記事を始めます。
*引用
*三つの「客」
前回までにくらべると、すいぶん長い引用になりました。これだけ長いと、どうしても遠慮が出てきます。著作権者の方にも、出版社の方にも、この記事をお読みのみなさんに対しても、です。
こんなに長く引用していいのだろうか、と。
今回は長く引用しないと話ができないのです。致し方ありません。とにもかくにも、引用してしまいましたので、先に進みます。
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引用文で「客」という文字というか言葉だけに太文字をほどこしました。
1)「深夜の道路端に車を待って立つ客の姿は、」から「そんな客はあるものだ。」
この段落の「客」は、「十二月二日」の深夜より以前に、語り手(日記の書き手)が、どこかのタクシーの運転手から聞いた話に出てくる「客」です。
2)「それはたまらないぞ、」から、「鞄の内に溜まっていた冷たい空気が流れ出た。」
一方で、この段落の「客」は、「十二月二日」の深夜の語り手を指しています。つまり、「私」と書き換えることも可能な「客」です。
3)「「いま、K病院まで、客を運んだその帰りなんですよ」と運転手は言った。」
他方、この一文にある「客」は、「十二月二日」の深夜に語り手を乗せることになったタクシーの運転手の言葉ですから、ついさきほどまでそのタクシーに乗っていた「客」です。
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三種類の「客」に、たった一つの「客」という言葉と文字が当てられているのです。
読みにくくありませんか?
注意して読まないと混乱するのではないかと思います。でも、こうした書き方は古井由吉の小説では決して珍しいものではありません。読み慣れる必要があるとも言えるでしょう。
私はこういう古井の文章が好きです。好きだから、わざわざこの部分がある「物に立たれて」を読む連載をしています。
どうかお付き合いを願います。できるだけ読みやすく書きますので。
*転々とする、転がる、ころころと変わる
以上見た、三つの「客」というか三種類の「客」は、「客」という言葉の辞書的な語義と、その言葉が呼び起こすイメージに沿ったものだと私は感じています。
まず、簡単にまとめると、「客」とはうつろうものなのです。転々とするし、転がるし、ころころ変わるもの――これが「客」のイメージだと私は思います。
では、愛用の国語辞典から、「客」という言葉の語義と、「客」に関連する言葉を引用します。
*「きゃく・客」
・訪問してくる人、まろうど。
・旅人。家から離れ、旅館などにとまる人。
・自己や主たるものと別にあって対立するもの。←→主。
・商売で、料金を払う側の人。
(以上、広辞苑より)
*「きゃく・客」
・霊(たま)祭などの、祭の場に来る死霊・霊魂。
(以上、日本国語大辞典より)
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くり返します。
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私は「客」をもちいた次の言葉に注目したいと思います。
*客体
*客人・まろうど
*過客
そして、「まろうど」から連想して浮ぶ、以下の言葉にも目を向けずにはいられません。
*まろむ・丸む・円む
*まろめる・丸める・円める、まるめる・丸める・円める
*まろぶ・転ぶ・ころぶ・転がる
*まるまる
*転石苔を生ぜず
*万物流転
*起承転結
この小説の冒頭では、「客」という語と文字がその意味とイメージに擬態していないでしょうか。
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「客」という語が、殻や器に見えてきます。連想で遊んでみます。
から、空、殻
うつろ、空ろ、洞ろ、虚ろ
うつわ、うつわもの
うつろう、うつりかわる
やどかり、宿借り、借家人、居候
かりる、借りる
かり、かりそめ、仮
上の文字と文字列を眺めていると、いかにも古井的な言葉とイメージに見えてきます。私は暗示、とりわけ自己暗示にかかりやすいのです。
古井の諸作品でくり返し出てきて変奏される、つまり転じていくイメージと言葉に見えてなりません。
*まとめ
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