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本の感想45『モーセと一神教』ジークムント・フロイト

『モーセと一神教』は、フロイトの遺書的一冊だ。マイクロソフトの元社長、成毛さんが紹介していたから知った本。生きてるうちに出会えてよかった一冊。

大抵の人はモーセについて、海を割って歩いたくらいの知識しかないだろう。だから最初に軽くモーセ物語について触れておく。

『出エジプト記』によると、モーセはエジプトにいるヘブライ人家族の子として生まれた。ファラオがヘブライ人の新生児を殺害することを命じたので、それから逃れるためにナイル川に流され、ファラオの娘に拾われて大切に育てられたという。長じてエジプト人を殺害し、砂漠に隠れていたが、神の命令によって奴隷状態のヘブライ人をエジプトから連れ出す使命を受けた、とされ、エジプトから民を率いて脱出したモーセは民とともに40年にわたって荒野をさまよい「約束の地」にたどり着いたが、(モーセは神の指示を忠実に守らなかった過去があり、約束の土地を目前にして、ヘブライの民はそこに入ることができてもモーセはそこに入ることが神から許されず)約束の地の手前で世を去ったという。
Wikipediaから引用

簡単にまとめると、神話上でモーセは
・ヘブライ(ユダヤ)人であり、その創設者。
・ユダヤ教を作った人。
・エジプトで迫害されてたヘブライ(ユダヤ)人を率いて脱出した。
・脱出した民族を「約束の地」まで連れてきたけど、自身は入れず死んだ。

という感じ。

で、フロイトは『モーセと一神教』で、このヘブライの英雄的人物はエジプト人である、と提唱したのだ。

モーセはユダヤ教を開始した張本人。モーセによって一神教の絶対神としてのヤハウェが初めて語られたし、初めて「十戒」(宗教の法律みたいなもん)が定められたし、初めてユダヤの民が選ばれた。割礼(儀式的なのと思っておけばいい)も始まった。

それまで歴史上ユダヤ教はなかったし、その民を創出した超重要で象徴的な人物がモーセなのだ。しかしフロイトは本の中で、なんとモーセはユダヤ人ではなくエジプト人であると断定したのである。

それだけじゃない。フロイトは、モーセが過去に一時的に存在し滅びた宗教を持ち出し、ユダヤ教として継承したと提唱しているのだ!やばくない?ユダヤ教からしたら一大事どころじゃない。

フロイトの仮説というのは、(すこしややこしくなったから)簡単にいうと、「エジプト人モーセがユダヤ教を作った」ということ。さらにフロイトによれば、モーセはユダヤ教を作っただけでなく、ユダヤ人をも作ったのである。これらの何がまずいかって、ユダヤ教にとっての超重要一大人物が、自分の地出身の者ではないと言うことになるのだ。この途方もない宗教否定はどこから来るのか?

根拠その1。まず、ユダヤ人の大半を占めるセム族と神であるヤーウェとはそれまで結びつきが一切なかった。そもそもヤーウェという神の名が存在しなかった。またセム族の集団部族が割礼をするということもなかった。割礼はエジプト人の一部の慣習だった。つまりモーセはこれらを一挙に創作したか、出エジプトにあたってどこかから「持ち出した」のが有力となり得る。

根拠その2。モーセという名前は、エジプトの言葉が由来である可能性が高い。それがどうしたという人もあるだろう。エジプト由来の名前だからって、ユダヤ人でもいいじゃないかと。しかし、「田中」と聞いて、どうして欧米人だと想像できるだろうか?現代で言えばそれがあり得るかもしれない。なぜなら今の時代結婚や生活のあり方はそれぞれだからだ。でもこれは、紀元前千何年という時代の話だ。名前と場所との結びつきが非常に強いことに疑いを持ちようがない。戦国時代に小林といえばほぼ100%その人は日本人であるように。エジプトの名前の持ち主は、エジプト人である。

その3。モーセは、口べたでユダヤ人と直接話せず、雄弁なレビ人のアロンという人物を介してコミュニケーションをとっていたという記述。ここからも、モーセがヘブライ語を話さないエジプト人だったと考えられるという理由だ。

追加で、最後「約束の地」にモーセが入る前に死んでしまったのは、その他に入るのを許されたのがユダヤ民だけだったからではないか。モーセはエジプト人であるなら、その他に入ることは許されない。あるいは、民に殺害されたか。

ある民族の英雄的人物は、その民族出身でなければならない。日本という国を作り出した英雄的人物がいるとして、彼がもしアメリカ人だったらどうだろう?人間の心理がら、その地を創出した英雄的人物はその地出身の者であって欲しいと願うのが普通じゃないだろうか。そうであるならば、事実もねじ曲げかねない。

以上、ちょっとまとめきれない量の情報量や学び、複雑さがあるのでここらへんにしとく。精神分析や心理についても学問的に触れてくる本当に楽しい本。人に心からおすすめできる数少ない本。


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