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本の感想22『教団X』中村文則

この「教団X」は、とにかく情報量が多い。純粋な文学やストーリー、表現のうまさを楽しむというものでは無く、政治や世界に対しての訴え、というものがテーマのようだ。

サッと思い返しただけで、脳科学、宇宙、仏教、量子力学、戦争、貧困国などの話などがあり、幅が広い。

ストーリーとしては、楢崎という男性がある宗教団体の女性と出会ったことをきっかけに、さまざまな組織や出来事に巻き込まれていくというもの。

良いと思った考え方を紹介。

人々は世の中の仕組みや事実を分かっているようで、実は知らなさすぎる

作中で、「なぜこの世の中から貧困が無くならないのか?」という問いが出てくる。実際世界は、生物学的貧困線をとうに乗り越えている。貧困者などいなくなるくらいの食料を生産できるし、貧困国も、自国をまかなえるくらいの農業ができるはずである。これらは現在の事実だ。そしたらなぜ飢える人がまだいるのか?

その原因の一つが富裕国の政治であり、企業である。貧困が無くならないのは、政治的、企業的な要因がほとんどだ。募金のお金が正しく届かないこともあるという話もある。

ほかにはテロの話も出て来る。
「テロが起これば儲かる会社もある」と聞けば、さまざまな想像が湧くだろう。

・そのテロが起こったのは本当に宗教的理由だけか?
・どこかの国、企業が裏で暗躍していないか?
・テロ組織のリーダー格の人物は金で動いていないか?あるいは操られていないか?
・そうであるなら、実はある思想のトップの人物が、実はその思想の信仰者ではないことになる。

ニュースを見ているだけだと、どこか中東の国が、過激な思想で勝手に動いているというイメージしか持てないだろう。でも、意外とそうではない。

固定概念は良くない。
善も悪もこの世には存在しない。

同じ中村文則の小説「掏摸」と同じように、この世界において良い悪いとは本当は存在しないと感じるようになった。

例えば、「宗教」と聞くと日本人はマイナスなイメージを持ちがちだ。過激なカルトや、めんどくさい勧誘、駅前での怪しげなビラ配り、ニュースやテレビ番組など、全てが怖く見える。

実際オウムのように人殺しをしてしまう集団もあるし、政治的、あるいは利益のために存在している集団もあるだろう。

ただ、人によっては、(あるいは日本以外は基本的にどこかの神が前提として生活に結びついているが、)「神」という寄るべき存在は、弱い弱い人間という存在にとって助けである。

例えば受験に失敗したとき、解決しそうもない課題がある時、信仰者は、
「これは神が与えたものだ」
と考えることで、気持ちを軽くすることができる。くよくよ悩むことがなくなるかもしれない。励まされ、やる気が湧くかもしれない。

また、極端な話をすると、信仰者は死ぬことへの恐怖が薄い。人間にとって、死は最も大きい恐怖のうちの1つである。死後の世界が本当にあるかどうかは別として、生きている今この瞬間、「死」への恐怖を和らげてくれる存在は、貴重に感じられないだろうか?

困難、悩み事、後悔を打ち消す手段、ストレス軽減の手段として、「宗教」というものは非常に優れている。

勝手に流れている情報にイメージを植え付けられたり、良い悪いを簡単に判断してしまうと、
・可能性を狭めてしまう
・物事の新しい視点を発見できない
・物事の裏や真意を逃してしまう

そもそも「良い悪い」というのはその人が主観的に感じたものであるし、あるいは世間から勝手に押しつけられ、思想を植え付けられたものである。

達観した気持ちで、物事から一歩引いた気持ちで、良い悪いというコトを超越した気持ちで、物事を眺めてみたい。

この世は不完全な知識で満ちている

おまけでちょっと科学的な話。「暗黒物質」という言葉を知っているだろうか?この厨二病が好みそうな物質は、宇宙の物質の総量を測るために用いられている概念。

宇宙全体の物質エネルギーのうち、74%が暗黒エネルギー、22%が暗黒物質。人類が見ることができる、知ふことができている、測定できているといわれている水素とかヘリウムは、宇宙全体の4%でしかないのだ!こうじゃないと、宇宙の構造に説明がつかないらしい。

つまり、人間が宇宙について、この世について知れているものって実はめちゃくちゃ少ない。

オカルト系の人たちが永遠に存在し続けられる理由がこれだなぁ。



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