【製本記】 グリム童話集 | 背継ぎ表紙 ー 『製本家とつくる紙文具』より
#01
QUARTER BINDING
背継ぎ表紙
背継ぎ表紙は、背と平(ひら)とで異なる素材を継いでつくる上製本(ハードカバー)。パーツが分かれているのでつくりやすいし、素材の組み合わせを考えるのも楽しく、文庫本改装のはじめの一歩にぴったりだ。
作例の本は『グリム童話集』(岩波文庫)だ。わたしが子どもの頃に読んだのは小学館の『グリム童話全集』で、エーリヒ・ケストナーの翻訳で知られる高橋健二氏が訳したものだった。おそらく、それまでに読んだ本の中でいちばん分厚い上製本だったと思う。子どもの手にはずっしり重い一冊を本棚から取りだすたび、大人の階段をのぼったような気持ちになったものだ。
岩波文庫の『グリム童話集』は全5巻。日本にグリム童話を紹介した金田鬼一氏による翻訳で、267編が収録されている。全集や叢書などの複数巻ものは、改装のしがいがあると思う。同じ素材でぴしっとそろえてもいいし、作例のように色違いにしてもいい。
作例の背に使っているブッククロス(製本用の裏打ち布)は、海外で調達したものと国内で調達したものとが混在しているのだが、国内調達できるものだけでもカラーバリエーションが豊富にある。
平のほうは、クライスターパピア(ペーストペーパー)と呼ばれる糊染め紙だ。手の揺らぎが感じられるおおらかなストライプは、ベルギーの作家によるハンドメイド。ブッククロスとどう組み合わせるかは悩むところだが、あれこれシミュレーションしてみて同系色を合わせることにした。
改装においてはタイトルをどのように入れるかが一つのポイントで、この作例では、背の板紙に凹みをつけて題箋を貼った。題箋には革のようなシボがエンボスされた紙を用いているのだが、これはかなり古いもので、まったく同じ紙を探すのはむずかしい。購入可能なものとしては、竹尾の「ニューウェブロンカラー」あたりが近いと思う。
題字部分は、オンラインサービスでスタンプをつくった。数百円からオーダーできるので、複数巻あるならオリジナルをつくることを選択肢に入れてもいいんじゃないだろうか。デザインソフトが使えなくても、PDFデータで入稿できるサイトもある。ちなみに、こまかい文字をスタンプしたいなら「ニューウェブロンカラー」のエンボスは深すぎるので、その場合はなるべく平滑な紙を選ぶといい。色に深みのある「ビオトープGA-FS」などは、ブッククロスに貼ったときにも存在感がありそうだ。
題字の上下に入れたラインは伝熱ペンによる箔押しで、下のラインの本数で巻数を表している。こうすれば、数字のスタンプまでオーダーする必要がないので経済的でもある。
見返し、花布(はなぎれ=本文の背の天地につける飾り布)、栞ひもは、5巻とも同じにした。見返しは竹尾の「里紙」で、色は「すみ」。素朴な風合いがどんな素材とも馴染みやすく、ワークショップでもよく利用している。花布はブラウンとホワイトのしま模様で、これはイギリスの製本資材専門店で買ったものだが、近いものは国内でも手に入る。栞ひもはごく一般的なもので、ダークブラウンを選んだ。
本の表紙というのは「装い」よりももっと本来的な「肌」のようなものかもしれない。その本は、どんな肌合いで、どんな気質で、どんな存在なのか。本の姿は、本とつくり手の関係性によって変わるものであり、たとえ同じ本でも異なる佇まいを見せるのは、決して不思議なことじゃない。だから、自由に材料を選ぶことこそ、本の改装の醍醐味だと思う。この情報が、あなたの本づくりのお役に立ちますように。
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〜 背継ぎ表紙のつくり方は『製本家とつくる紙文具』をご覧ください 〜
● 『製本家とつくる紙文具』永岡綾(グラフィック社)