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【ルリユール倶楽部】 06 | モモ、カメの速度で追い上げるも

2024年9月某日、ルリユール倶楽部は第6回目を迎えた。月に一度の開催だから、ちょうど半年経ったことになる。倶楽部活動をはじめたのなんて、ついこないだのことだと思っていたのに。

500年前のルリユールの手法に倣って、一工程一工程を踏みしめるように本をつくっていると、半年や一年なんて一瞬だ。ときに足を滑らせたり、立ちすくんだりしながら、たった一冊の本に気の遠くなるほどの時間を捧げている。こうしていつまでも捧げていたいけれど、いつかそれが叶わなくなるときもくるだろう。ルリユールのもつ隔世の時間軸と、一人の人間のもつ儚い時間軸とのアンバランスに、何だか眩暈がする。


前回からの約1か月でできた作業は、主に道具の手入れだった。切れ味が鈍ってきた革剝き包丁と革削ぎ包丁を研いだ。パンサネールのエッジにやすりをかけ、滑らかにした。革削ぎ包丁の握りの部分に山羊革の端材を巻いた。それから、かよさんにもらった青棒とミシンオイルで革砥(かわと=革の床面に研磨剤を塗り込んだもので、刃物の研磨の仕上げに使う)をつくった。

半年の節目に道具のお浄めをしたかのようだが、そうじゃない。仕事のことで頭がパンパンで、張りつめた作業ができそうになかったのだ。何か無心になれることを……と思いついたのが、道具の手入れだった。しかし、道具の手入れにこそ深慮が必要なのかもしれない。心ここにあらずで研いだ刃物は、切れ味もぼんやりしているような気がする。

こうして、見た目だけはピカピカになった道具を携えて本づくりハウスへ。


第6回目にできた作業は以下の通り。最後尾の『モモ』の作業を重点的に進めたのだが、依然、カメのカシオペイアの速度だ。

ルリユール倶楽部
2024年9月某日
 作業記録 
● 書物装飾・私観(ボネ):表紙内側のエラガージュ
● 朗読者(シュリンク):進捗なし
● 若草物語(オルコット):進捗なし
● クマのプーさん(ミルン):コンブラージュのやすりがけ
● モモ(エンデ):革の型紙づくり、背バンド貼り、革の裁断

まずは『モモ』の革の型紙づくりから《写真2枚目》。ブランシュマンまで終えた本を白い紙の上に置き、それを立てたり転がしたりしながら型紙を起こす。ラッパージュを経た本は全体におおらかな丸みを帯びており、縦⚪︎ミリ× 横⚪︎ミリなどと数値で計測するよりも、実物を写し取るのが確実だ。

つづけて、『モモ』の背に細く切った牛革を貼っていく《写真3枚目》。これが背バンドの芯になる。「おや、背バンドをつけるのは『朗読者』だけじゃなかった?」などと過去記事との矛盾を指摘するのは、おそらくわたしだけだろう。自分で自分にいいわけすると、ここへきてようやく『モモ』には背バンドが似合うことに気づいたのだ。

ちなみに、背バンドの有無によって糸かがりの支持体であるフィセルの位置が微妙に違ってくる。だから、背バンドをつけるかどうかは遅くとも目引きの前に決めておくべきで、このタイミングでの心変わりはあまりよろしくはない。でも……やっぱりつけることにした。

次に『書物装飾・私観』に取りかかる。シャルニエールの端の処理だけは前日にやっておいたので、表紙の内側を整えていく。チリの幅をディバイダーで測り、印をつけ、折り返した革の余分を剥がすのだ《写真4枚目》。

さらに、革の端をエラガージュする《写真5枚目》。革削ぎ包丁で端を削ぎ落としていくのだが、前回『クマのプーさん』で苦労したこの作業が、今回は比較的スムーズに進んだ。包丁研ぎが功を奏したのもあるだろうが、それだけでなく、革の質も大きく影響しているように思う。『書物装飾・私観』の山羊革には張りと弾力があり、思い返せば革剝きもやりやすかった。

さて、ここで休憩。ルリユール倶楽部では、作業の中盤、お茶とお菓子を用意してみんなでテーブルを囲む。いつのまにかこうするのが定番になった。今日のおやつは、のりこさんが買ってきてくれた焼き菓子だ《写真6枚目》。のりこさんという名前はここでは初登場だが、実は、ルリユール倶楽部はちょっぴりメンバーが増えている。ふふふ……。

休憩のあとは、『クマのプーさん』に移る。前日に表紙の内側のエラガージュを済ませ、コンブラージュしておいたものだ(こうして書くと、わたし、一夜漬けばっかりだなぁ)。「コンブラージュ」は充填や詰物を意味するフランス語で、革に囲まれた凹みに紙を貼って埋める作業を指す。

コンブラージュすることで、革の折り返しによる段差がなくなり、表紙の内側が平滑になるわけだ。しかし、紙を貼って埋めただけで終わらないのがルリユールの恐ろしい、いや、畏れ多いところ。貼った紙の端にやすりをかけて、さらなる平滑を目指すのだ《写真7枚目》。指先で触れてわかるかわからないかほどの微かな引っかかりを、丹念に丹念に取り除く。工芸的な美しさというのは、こうした見えない仕事の向こう側にしか現れない。


ここで時間切れ。『若草物語』の革剝きが終わるところまで、と思っていたのにダメだった。この不完全燃焼感を失わないように家路を急ぎ、その日のうちに『モモ』の革を断裁し《写真1枚目》、翌日には機械剝きを依頼した。

働きながらのルリユールは、技術の習得もさることながら、つづけることがいちばんむずかしい。つづけるのがつらいのならやめればいいのだが、楽しいだけのことって、むしろつづかないんじゃないだろうか。楽しいけどつらい、つらいから楽しい。だから、手放せないし、手放したくない。

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