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【ルリユール倶楽部】 08 | いちばん力を入れてたやつに限って失敗するよね

2024年11月某日、ルリユール倶楽部第8回目の朝、わたしはしょんぼりしていた。前回もしょんぼりしていたけれど、そんなの比じゃない。なぜかというと、『朗読者』の表紙貼りがうまくいかなかったのだ。

この記録を読み返すと、わたしが『朗読者』の表紙貼りをしたのは今年の6月、第3回目の倶楽部活動でのことだ。背バンドをつくるための道具「パンサネール」の研ぎが甘くて傷がつき、激しく後悔している。そのまま最後までつくりつづける手もあったが、どうしても気になってやり直しを決めた。新たに革を調達し、職人さんに革剝きを依頼し、それをさらに手で剝いて、お金も時間も費やした挙句、ようやく辿りついた表紙貼りだった。

いやぁ……表紙貼りのやり直しなんて、やるもんじゃない。ということを学べたのが、いちばんの収穫かな(負けずぎらい)。表紙のブランシュマンはへたっているわ、背の化粧貼りはハリがなくなっているわで、やりにくいことこのうえなかった。倶楽部活動の前夜に四苦八苦しながらくるんだものの、翌朝見ると、四苦八苦の痕跡が革にしっかりと刻まれていた。

どうすんの、これ!? 見苦しい部分をデコールでカバーできるものだろうか。デコール修業中の分際でそんなことをして、火に油を注いでしまわないだろうか。こうして大問題を抱えたまま、本づくりハウスへ。


第8回目にできた作業は以下の通り。『朗読者』問題は棚上げにしたまま、とにかくいまできることをやることにした。

ルリユール倶楽部
2024年11月某日
 作業記録 
● 書物装飾・私観(ボネ):製本工程完了
● 朗読者(シュリンク):溝の掃除、シャルニエールの革剝きと固定
● 若草物語(オルコット):溝の掃除、シャルニエールの革剝きと固定
● クマのプーさん(ミルン):製本工程完了
● モモ(エンデ):革剝き(途中まで)

まずは、目下炎上中の『朗読者』に取りかかる。背バンドにかけておいた糸を切り《写真2枚目》、アンコッシュに水分を含ませながら表紙を開く。

ぼかしの効果で、そこまでの醜態じゃないように見えるだろうか《写真3枚目》。実は、背バンドまわりは前回より随分よくなった。しかしながら、表紙の革に妙な起伏がついている。さらに裏表紙はえらいことになっている。裏表紙の写真は、とてもじゃないが撮る気にならなかった。

表紙の問題はさておき、先へ進もう。表紙を開いて、ソーブギャルドを取りはずす。「ソーブギャルド」は初期の段階で本文の前後につけておく保護紙で、本文のかがりとは別の糸で簡易的にかがりつけてある。この別の糸をコビトという道具で引っぱりだし《写真1枚目》、鉗子(かんし)で抜く《写真3枚目》。ソーブギャルドをはずしたら、溝についた糊や紙片を取りのぞく。

ソーヴギャルドは「本のカルテ」でもある。タイトル、作業開始日、エバルバージュ(切りそろえ)の寸法、糸の太さを割りだす計算などをここに書き込むのだ《写真4枚目》。これによると、『朗読者』をつくりはじめたのは昨年3月。大好きな小説なので、とりわけ丁寧につくってきた。なのに……(思考がぜんぶここへ持っていかれる現象)。力を入れてた本に限って失敗するのは、ルリユールあるあるだろうか。いや、わたしあるあるだな。

つづけて、シャルニエールに取りかかる。短冊状に切りだした革の長辺を、革剝き包丁で剝く。さらに先端もできるだけ薄く剝く《写真5枚目》。

表紙のノドの段差部分にシャルニエールを貼る《写真6枚目》。そういえばシャルニエール専用のへらをつくろうと思っていたんだった。必要になるたび思いだし、思いだすたび必要は去り、いまもってへらはできていない。

シャルニエールを貼ったあとは、しばらく本を開いておかねばならない。半乾きになったところで閉じ、裏表紙側を貼るのだ。そこで、『朗読者』と『若草物語』の作業を交互に進める。2冊のシャルニエールを貼り終えると、日が暮れていた《写真7枚目》。わたしはもともと手が遅いのだが、今日はすごく遅い。心の状態と時間感覚は密接に関わっているから、きっと『朗読者』の影響だ(思考がぜんぶここへ持っていかれる現象、2回目)。

最後の30分で『モモ』の革剝きをすることにした《写真8枚目》。主人公のモモには「聞く」才能があって、モモに話を聞いてもらうと、みんな元気になるんだよね。この本も同じ。モモに取りかかると、「これは世界にただ一つしかない、大切な本なんだ」と思えてくるるから不思議。


帰りの車中は、もちろん『朗読者』のことで頭がいっぱいだった。あれからずっと頭の片隅で考えているものの、ぐつぐつと煮込むばかりで妙案は一向に浮かばない。どうやら、一度きれいさっぱり忘れたほうがいいようだ。こういうときは、別のことを考えて、別のことをするに限る。『朗読者』よ、サヨナラはいわないよ。だって、必ずまた戻ってくるから。


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