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【製本記】 飛ぶ教室 | コーネル装 ー 『製本家とつくる紙文具』より
2025年1月8日発刊の拙著『製本家とつくる紙文具』より、新章「ペーパーバック(文庫本)の改装」に掲載の作例を、材料リストとともに公開!
*写真はすべて『製本家とつくる紙文具』より(撮影:清水奈緒)
#02
HALF BINDING
コーネル装
コーネル装の「コーネル」は、英語でいうと「コーナー」で、つまり「角」のこと。四隅に三角の革や布がついた本、あれである。傷みやすい角を補強するもので、実用的な様式といえるかもしれない。
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作例の本は『飛ぶ教室』(新潮文庫)だ。作者のエーリヒ・ケストナーはナチス時代のドイツを生き抜いた人物で、この作品が書かれた1933年は、まさにナチスが第1党となり、ヒトラーが首相になった年でもある。世にひたひたと蔓延する不穏な臭気を、大人も子どもも感じずにはいられなかっただろう。しかし、この作品は、そんな時代背景を感じさせないカラッとした明るさに満ちている。そして、その明るい光を際立たせるかのように、切実な警告と辛辣な皮肉とが巧妙に、軽妙に、随所にまぶされている。
と、『飛ぶ教室』について綴りはじめると止まらないので、このへんにしておこう。今回、この作品をコーネル装にしたのは、ギムナジウムという舞台に合うと思ったから。ギムナジウムとは男の子ばかりの寄宿学校で、いまの日本の小学校高学年から高校くらいまでに相当する。この小説は、ギムナジウムに通う5人の少年たちがくり広げる学園物語なのだ。
当時の子どもたちがどのような文房具を使っていたのかまではわからないけれど、もしわたしが少年たちに本やノートをつくるとしたら、やんちゃな彼らのハードユーズに耐えるよう、きっとコーネル装にしただろう。
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作例の背とコーネルに使っているブッククロス(製本用の裏打ち布)は、黒の無地。平のほうには、マーブルペーパーを使っている。狙ったのは、どことなく懐かしい「学校文具」のような佇まいだ。
マーブルペーパーとは、溶液の表面に描いた模様を写し取った染め紙で、古くから本の装飾に使われてきた。一度写し取ってしまえば溶液の模様は消えてしまうわけで、一枚一枚が一点もの。マーブル染めの技術を持つ人が減少したいま、価値が高まっている。一方で、機械染め(模様をデジタル化して印刷したもの)の安価なマーブルペーパーもつくられており、作例に用いているのも機械染めだ。数年前に海外で手に入れたので同じものを探すのはむずかしいかもしれないが、マーブルペーパー自体は国内でも扱っているところがあり、貴重な手染めも見つかる。
写真では見えないのだが、見返しは竹尾の「ジャンフェルト」で、色は「濃松葉」。フェルト調の凹凸が指先に心地よく、また黒板を思わせる色が「学校文具」という狙いにぴったりだと思った。花布(はなぎれ=本文の背の天地につける飾り布)は黒と白のしま模様で、これはイギリスの製本資材専門店で買ったものだが、近いものは国内でも手に入る。栞ひもは黒を選んだ。
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題字部分は金属活字を組み、専用のホルダーを使って箔押ししている。ホルダーにセットした活字をコンロで熱し、フィルム箔の上から押すのだが、正直いうと、箔押しについてはわたしも勉強中だ。とりわけ『飛ぶ教室』の原題は文字数が多く(Das fliegende Klassenzimmer)、これだけ行長がある場合、失敗のリスクが結構高い。
そこで、切りだす前のマーブルペーパーに押し、きれいに押せた箇所を切りってくるむ、という順番で作業してみた(通常は、製本したあとに題字を入れる)。当然ながら、押すことによる凹みはできないし、慎重な位置合わせが必要になるが、どんな本をつくりたいかによってよりよい方法を探る余地があることもまた、製本のおもしろさだと思う。
material list
● 文庫本:『飛ぶ教室』エーリヒ・ケストナー/池内紀 訳(新潮社)
● 表紙:マーブルペーパー(紙の温度)
● 背:製本クロス(紙の温度)
● 板紙:2㎜厚(美篶堂)
● 見返し:ジャンフェルト 四六判100kg 濃松葉(竹尾)
● 寒冷紗(美篶堂)
● 花布・栞ひも(美篶堂)
● 背紙:クラフト紙(amazon)
● 題字:金属活字(築地活字)
● 題字:活字ホルダー MODERNE-2(築地活字)
本の表紙というのは「装い」よりももっと本来的な「肌」のようなものかもしれない。その本は、どんな肌合いで、どんな気質で、どんな存在なのか。本の姿は、本とつくり手の関係性によって変わるものであり、たとえ同じ本でも異なる佇まいを見せるのは、決して不思議なことじゃない。だから、自由に材料を選ぶことこそ、本の改装の醍醐味だと思う。この情報が、あなたの本づくりのお役に立ちますように。
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〜 コーネル装のつくり方は『製本家とつくる紙文具』をご覧ください 〜
● 『製本家とつくる紙文具』永岡綾(グラフィック社)