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「魔女狩りのヨーロッパ史」 ◆読書感想:歴史◆(0034)

残酷無比な「魔女狩り」の教訓は現代でも変わらず……。ヨーロッパの中世から近世への変遷期に吹き荒れた「魔女狩り」を考察した一冊です。
(本記事/ 文字数:約4600字、読了:約9分)

《引用》 「Witches being burned in Derenburg in 1555.」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Inquisition.jpg
Attribution:  Nuremberg, Public domain, via Wikimedia Commons

<こんな方にオススメ>

(1)「魔女」や「魔女狩り」に興味がある
(2)魔女裁判の具体的な進行について事例をもとに知りたい
(3)ヨーロッパの中世から近世への移行期に興味がある

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
※以下、本書の本旨や核心に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。


「魔女狩りのヨーロッパ史」

著 者: 池上俊一
出版社: 岩波書店(岩波新書)
出版年: 2024年

<概要>

「魔女」と「魔女狩り」それ自体そしてその事象を通じてヨーロッパの中世から近世への過渡的時代の社会情勢と歴史を読み解くことをテーマとしているかと思われます。
全体は八章構成となっています。大きく言いますと3つに分けられると思います。
第1に、第1章から第3章までで「魔女」の定義そして「魔女狩り」(魔女裁判)の構造が解説されています。
第2に、第4章から第6章までで「魔女狩り」の3つの要素(悪魔学者・サバト・女性以外の魔女)に焦点を当ててさらに深く考察しています。
第3に、第7章と第8章で「魔女狩り」の発生(背景と理由)そしてその終焉について歴史的プロセスを分析しています。


《引用》 「フランシスコ・デ・ゴヤ『魔女のサバト』(1789年)、悪魔とそれを崇拝する魔女を描いている。」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Francisco_de_Goya_y_Lucientes_-_Witches%27_Sabbath_-_WGA10007.jpg
Attribution: Francisco Goya , Public domain, via Wikimedia Commons

<ポイント>

(1)ヨーロッパを席巻した「魔女狩り」の全体像と実態を理解できる
罪なき人々を陥れて苛烈な拷問と火刑に処した凄惨な出来事としてぼんやりと認識している「魔女狩り」についてより詳細な全容が包括的に解説されています。
(2)「魔女狩り」の発生と終焉までの構造とプロセスが把握できる
当時の中世から近世へという時代背景(自然環境などの外的要因も含めて)を踏まえてそれが何故、どのようにして発生して展開され、最終的にどうして終結したのかまでの一連のプロセスが丁寧に考察されています。

[著者紹介]

池上俊一
歴史学者、東京大学名誉教授。専門は西洋中世史、ルネサンス史。
そのほかの著作:
「歴史学の作法」
「フィレンツェ 比類なき文化都市の歴史」
「図説 騎士の世界」
など。
リンク先:
池上俊一 (KAKEN: 科学研究費助成事業データベース)


<個人的な感想>

いわゆる「魔女」として現在の私たちが思い描くようなイメージから離れて、その祖型となる「魔女」の歴史的登場とその実態そしてそれを引き起こした「魔女狩り」(魔女裁判)の実相を全体的にとらえて解説している印象です。

もちろん魔女は実在しません(いわゆる魔法使いという意味で)。それが当時の人々にどのように認識されていたか、そして魔女狩り(魔女の摘発や裁判そして処刑まで)がどのように行われていたか。地域ごとの特色なども細かに解説されています。とくに具体的な特定の事例を挙げて魔女裁判が実際にどのように起きて終結したのか、一連の流れが説明されており全体像が理解しやすかったです。

ヨーロッパにおいて魔女狩りといういわば”狂乱”が中世から近世への移行期に盛んになった(おもに16世紀~17世紀)ことが併せて指摘されています。それが社会・文化・政治・経済等の規範や価値観の過渡期のなかでの出来事であったことになります。

比較的小規模な村落共同体を単位としてそれをいくつかまとめて貴族、騎士や教会などが独立・分立していた分権的で多元的な中世社会。やがて国王を唯一無二の中央集権的体制へ移行していきます。いわゆる絶対主義の確立。新しい価値観がつくられていく過程で社会的格差が大きくなり社会不安が生じていたと思われます。

また、人間側の内部的要因だけでなく、自然環境の外部的要因も併せて指摘されています。当時は寒冷期に入り、農業生産力が低迷してこれが社会的格差や社会不安を助長したことも説明されています。これは当時の日本における戦国時代への突入にも共通する要因といえるのではないでしょうか。

このようななかで巻き起こった「魔女狩り」の対象は、一般的なイメージとは異なり、女性だけではなく男性や貴族・教会関係者や商人などにも広がります。それは体制内の権力闘争や敵対的勢力の排除にも利用されていたと本書では解き明かされています。

拷問や火刑などの過激な出来事で注目されがちな魔女狩りですが、その事象に対して、より広く社会情勢を背景・原因に引き起こされたこと(当然といえば当然ですが)として深堀りしてその構造を明らかにしています。そのため単なる過去の凄惨な事件や事象として振り返るだけではなく、現在そして未来への示唆に富んでいると感じました。


《引用》 「公聴会でウェルチ(左)を問責するマッカーシー この一部始終はテレビで全米に中継された。」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Welch-McCarthy-Hearings.jpg
Attribution:  United States Senate, Public domain, via Wikimedia Commons

<けして過去の出来事ではない”魔女狩り”>

多くの人がご承知のとおり「魔女狩り」は単なる過去の歴史上の出来事(蒙昧で非合理的な中世の人々が引き起こした狂騒)として片づけることはできないと思われます。

本来は罪のない人々や軽微な道徳的・倫理的な違背を起こした人たちをあぶりだして殊更にその罪を過大に強調して指弾し、さらに社会的に否定・排除するようなことは、古今東西を問わずほかにもときどき起きています。歴史的に近い時代でとくに大きな事例としては冷戦下で起きた米国の”赤狩り”などが著名でしょうか。

第二次大戦後、ソビエトや中国などの共産主義諸国の勢力の増強に対する米国内の不安や緊張から端を発し、共産党員やその支持者が公職から追放されるなど排除されました。対象は政府や軍部だけでなくやがて社会的影響力のある芸能関係者や文化人などにも及びました。彼らは米国内で芸能活動に従事することができず廃業に追い込まれたり、やむをえず海外へ逃避する人などもいました。

この赤狩りの中心的役割を担ったマッカーシー議員やその協力者などは、偽の「共産主義者リスト」の提出など様々な偽証、事実の歪曲や密告の強要に至るまで強引な手法を行っています。その様子は魔女狩りや魔女裁判に相通ずるものがあると感じられます。

また赤狩りの終結も、魔女狩りが当時のヨーロッパにおける啓蒙主義の隆盛により鎮静化していったように、当時の米国内のマスメディア等による「自由主義」「民主主義」からの反発や批判によりマッカーシー議員が失脚させられて赤狩りが終息に向かったプロセスがともに類似しているように受け止めることができると思えます。

やはりこのような事象が起きるのは社会の価値観の大きな変化の過渡期(それまでの秩序などが動揺する社会不安が生じたとき)に起こりやすいように思われます。そして社会におけるヒステリックな過剰反応は、過去と比べて合理的だと自らを考えている現在や将来の人々も免れぬようにも感じます。


<補足>

魔女狩り(魔女裁判) (Wikipedia)
魔女 (Wikipedia)

<参考リンク>

書籍「図説 魔女狩り」 (河出書房新社)
書籍「魔女と魔女狩り」 (刀水書房)
書籍「魔女狩り 西欧の三つの近代化」 (講談社)

敬称略
情報は2024年6月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。


<バックナンバー>
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(2024/11/04 上町嵩広)

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