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「神聖ローマ帝国 『弱体なる大国』の実像」 ◆読書感想:歴史◆(0033)

神聖ローマ帝国はやっぱり複雑怪奇……。ヨーロッパの中世から近世にかけて存在した不可思議な帝国をその起源から終焉まで概説する一冊です。
(本記事/ 文字数:約4300字 読了:約9分)

《引用》 「マリア・テレジア」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kaiserin_Maria_Theresia_(HRR).jpg
Attribution:  Martin van Meytens , Public domain, via Wikimedia Commons

<こんな方にオススメ>

(1)ドイツの歴史に興味がある
(2)中世ヨーロッパが好き
(3)世界史に触れたことはあるけど「神聖ローマ帝国て何だよ?」という疑問をお持ちだった方

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
※以下、本書の本旨や核心に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。


「神聖ローマ帝国 『弱体なる大国』の実像」

著 者: 山本文彦
出版社: 中央公論新社(中公新書)
出版年: 2024年

<概要>

ヨーロッパの中世から近世にかけて中欧(とくに現在のドイツを中心とする地域)において統一的な政治共同体として800年あまり存在を続けた”神聖ローマ帝国”の通史の解説本という印象です。
本章は序章と終章を含めて八章で構成されており、おおまかに3つに分かれると思われます。
第1に、序章から第2章までで神聖ローマ帝国の全体像を包括するとともにその前半期までの政治面での体制が解説されています。
第2に、第3章から第5章までが後半期の体制の解説となり、とくに皇帝の地位をほぼ独占することになったハプスブルク家の歴史とともに語られています。
第3に、第6章から終章において帝国末期、すでに弛緩していた帝国の体制がナポレオンの登場により崩壊するまでが述べられています。


《引用》 「ヴェストファーレン条約後の神聖ローマ帝国」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Holy_Roman_Empire_1648.svg
Attribution:  Astrokey44, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

<ポイント>

(1)神聖ローマ帝国の通史を概観できる
約800年にわたる神聖ローマ帝国の始まりから終わりに至る通史とその帝国体制等の実相の変遷の全体像を把握できます。前史とも言うべきフランク王国の歴史もまとめて概観されています。
(2)中世から近世にいたるドイツの歴史を把握できる
神聖ローマ帝国の領域が大まかに現在のドイツと重なる中欧となります。近代の統一ドイツ以前の歴史も併せて理解することができます。とくにハプスブルク家やプロイセン王国の果たした役割の大枠の理解に役立ちます。

[著者紹介]

山本文彦 
北海道大学・大学院文学研究院教授。専門は中世ヨーロッパ史・ドイツ史。
リンク先:
プロフィール (北海道大学)


<個人的な感想>

ちょっと囓った程度では茫洋としてつかみ所のない神聖ローマ帝国の実態とその歴史的変遷をコンパクトにまとめて、とても分かりやすく説明してくれている良書だだなーという印象です。

初めて神聖ローマ帝国の存在を知ったとき、多くの方は「この帝国はいったいどういう国家なのだろうか?」と不思議に思ったのではないでしょうか。世界史の教科書を開いたときに目にするモザイク状の寄せ集めのような図説を初見したときにそんな風に私は感じました。1つの国家のようでもあり、連合国家のようでもあり、そして国家というよりむしろ複数の国家による政治共同体や政治同盟などのようにも思えます。

本書はそんな疑問を帝国の起源から説き起こして、帝国の内実を丁寧かつ簡潔に解きほぐしてくれます。

古代ローマ帝国の後継とされる、カール大帝のフランク王国とその分裂から始まります。ふたたび古代ローマ帝国と皇帝の地位を受け継ぐことを存在意義とする神聖ローマ帝国の成り立ち、そしてその帝国の構成内部の実像と通史として概観できます。

要所で歴史の教科書でもよく目にする叙任権闘争、カノッサの屈辱、ハプスブルク家の栄華とプロイセン王国の勃興そしてナポレオン戦争などが当然ながら取り上げられます。さながらヨーロッパの中世・近世史の総まとめという趣もあります。

ヨーロッパの歴史のなかでも特異な存在のひとつであろうと思われる神聖ローマ帝国の全体像を把握し、さらにヨーロッパの中世から近世そして近代の始まりをも併せて理解し直すことができるありがたい一冊だなーと感じました。

読んでよかったです!

[本書詳細]

「神聖ローマ帝国 『弱体なる大国』の実像」 (中央公論新社)


《引用》 「欧州連合の旗」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Flag_of_Europe.svg
Attribution:  User:Verdy p, User:-xfi-, User:Paddu, User:Nightstallion, User:Funakoshi, User:Jeltz, User:Dbenbenn, User:Zscout370, Public domain, via Wikimedia Commons

<EUは新しい”神聖ローマ帝国”?>

繰り返しになりますが、初めて神聖ローマ帝国を知ったのは中学校での歴史の授業であったかのように記憶しています。神聖ローマ帝国の領域を示した図説を見た感想は「何じゃこりゃ?」というひと言に尽きます。

簡潔にいいますと「ある種の国家連合」ということになるかと思います。しかし1つの王侯貴族等が支配する領土のうち半分が神聖ローマ帝国に属していてもう半分は帝国外の領域になるなど、モザイク状に小さな独立した領地が複雑に混じり合うような状態は一見して理解できませんでした。近代以降の統合的・単一的な国民国家観からすると未熟な私にはまるで理解しがたい存在でありました。

しかし翻って、神聖ローマ帝国の構成やその政治社会体制の有り様は、現在のEU(欧州連合)と共通するものがあるようにも観じられます。もちろん似て非なるものですが。

どちらもそれぞれ個別に独立している領域(帝国では領邦、EUでは主権国家)が国家連合としてひとつの政治共同体を組織しています。各領域は自己の意見でそれぞれに独立して行動できるものの一方では全体の共同体としての制約があり統一的な判断や行動が必要になるところは共通していると言えるのではないでしょうか。

当然ですが、現在のEUが神聖ローマ帝国を意識して結成されたり運営されているわけではありません。とはいえヨーロッパの歴史のなかで神聖ローマ帝国という共通の体験や記憶が祖型にあり、そのためEUという共同体を構成することにある種のスムーズな共通理解を促す一面があったのかもしれないと勝手に推量しています。言うまでもなくそれだけが理由ではないでしょうが。


<補足>

神聖ローマ帝国 (WiKipedia)
フランク王国 (WiKipedia)
カール大帝 (WiKipedia)
オットー1世 (WiKipedia)
叙任権闘争 (WiKipedia)
カノッサの屈辱 (WiKipedia)
金印勅書 (WiKipedia)
三十年戦争 (WiKipedia)
ウェストファリア条約 (WiKipedia)
ハプスブルク家 (WiKipedia)
マリア・テレジア (WiKipedia)

<参考リンク先>

書籍「オットー大帝」 (中央公論新社)
書籍「ドイツ誕生」 (講談社)
書籍「ハプスブルク帝国」 (講談社)
Web記事「『神聖ローマ帝国』/山本文彦インタビュー」 (Web中公新書)※著者インタビュー

敬称略
情報は2024年6月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。


<バックナンバー>
バックナンバーはnote内マガジン「読書感想文(歴史)」にまとめております。

0001 「室町の覇者 足利義満」
0002 「ナチスの財宝」
0003 「執権」
0004 「幕末単身赴任 下級武士の食日記」
0005 「織田信忠」
0006 「流浪の戦国貴族 近衛前久」
0007 「江戸の妖怪事件簿」
0008 「被差別の食卓」
0009 「宮本武蔵 謎多き生涯を解く」
0010 「戦国、まずい飯!」
0011 「江戸近郊道しるべ 現代語訳」
0012 「土葬の村」
0013 「アレクサンドロスの征服と神話」(興亡の世界史)
0014 「天正伊賀の乱 信長を本気にさせた伊賀衆の意地」
0015 「警察庁長官狙撃事件 真犯人"老スナイパー"の告白」 
0016 「三好一族 戦国最初の『天下人』」
0017 「独ソ戦 絶滅戦争の惨禍」
0018 「天下統一 信長と秀吉が成し遂げた『革命』」
0019 「院政 天皇と上皇の日本史」
0020 「軍と兵士のローマ帝国」
0021 「新説 家康と三方ヶ原合戦 生涯唯一の大敗を読み解く」
0022 「ソース焼きそばの謎」
0023 「足利将軍たちの戦国乱世 応仁の乱後、七代の奮闘」
0024 「江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩『江戸日記』」
0025 「藤原道長の権力と欲望 紫式部の時代」
0026 「ヒッタイト帝国 『鉄の王国』の実像」
0027 「冷戦史」
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0029 「ローマ帝国の誕生」
0030 「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」
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0032 「平安王朝と源平武士」


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(2024/10/01 上町嵩広)

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