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畿内説を否定する硬骨漢の考古学者

 最近読んで痛快だと思った本が、『考古学から見た邪馬台国大和説 畿内ではありえぬ邪馬台国』(2020年・梓書院)です。
 


 著者の関川尚芳(せきがわ・ひさよし)さんは、奈良県立橿原考古学研究所の元職員。纏向遺跡をはじめ、多くの大和地域の発掘調査を行ってきた方です。

 その人が、この本で「纏向は邪馬台国じゃない」と断言しているのです。
「九州説の内容を肯定するというよりも、大和説は成り立たないという、いわば消去法による邪馬台国位置論という結果になった」という趣旨ですが、本の帯にも「邪馬台国の存在を、大和地域に認めることは出来ない」とはっきり書かれていて、目を引きます。

 これは結構すごいことです。
 なぜなら、畿内説の総本山ともいえる博物館に所属していた人が、退職後とはいえ畿内説を否定したからです。見方によっては「叛旗を翻した」ともいえる勇気ある発表です。
 しかしそれだからこそ、主張を曲げなかった関川さんの学者としての誠実さが信じるに足る、と考えます。
 
 面白いのは、関川さんと共に発掘し、一緒に報告書『纏向』(1976)まで出した石野博信さんは著名な畿内派ということです。
 同じ場所で発掘をしながら、結論が正反対になるというのも珍しいことですし、なぜそうなるのか俄然興味がわきます。
 ちなみにちょっと邪馬台国をかじった人なら、石野さんの名前は聞いたことがあるかもしれません。橿原考古学研究所副所長や兵庫県立考古博物館長、徳島文理大学教授、二上山博物館館長など華々しい経歴を誇る考古学界の重鎮です。

 それに比べ関川さんは、橿原考古学研究所の職員として定年まで勤められ、2011年に退職されています。単著はおそらくこれが初めて。錚々たる経歴の石野さんに比べると地味な方です。

 下司な見方をすれば、畿内派が圧倒的多数を占める橿研内で、大勢に従った石野さんは覚えめでたく出世を遂げたのに対し、節を曲げなかった関川さんは冷や飯を食った、のかもしれません(あくまで勘繰りです)。

 学者の世界については以前、「学問の自由と言っておきながら実態はちっとも自由じゃない、先生(教授)に逆らったら生きていけない」といった内容の記事を読んだことがあります。
 研究者になるために大学院に入ったら、まず指導教官(教授)に気に入られなければならない。先生の学説に反対することなど論外。反対したらまず出世は見込めない。その点は一般社会と何ら変わりない。

 だから論文も当然指導教官のお気に召すように書かないといけない。教授になったあとで修正すればいいじゃないと思っても、名誉教授として目を光らせているし、さらに学界という「結界」が張られているので、もしその枠から外れた説を唱えようものなら(具体的には「邪馬台国は畿内じゃない」、とか「神武東征は実際にあった」など)、たちまち裏切り者として村八分にされる……
 といった内容だったような。
 
 それなのに節を曲げなかった関川さんは稀にみる硬骨漢、偉いなあと思った次第です。

 念のため、別に石野さんを悪く言う意図はありません。
 歴史観にはその時代、時代の流行があります。
 戦後間もなく怒涛のごとく押し寄せた「左翼史観(マルクス主義史観)」によって、神武東征や初期天皇の実在性を否定する意見が学界でも圧倒的多数を占めるようになった。
 その奔流の中で、石野さんは自然に左翼史観を身に着けたのだろう、と勝手に想像するだけです。

 ただしここが肝腎なのですが、学者やマスコミが願うほど畿内説が「定説」とはならなかった、というのが面白いところです。

 実際noteでも、私も含め多くの在野(素人)の歴史愛好家が、邪馬台国についてああでもない、こうでもないと書いています。
 個人的にはいいことだと思うのですが、そうなったのも、専門家(主に歴史学者と考古学者)が多くの人を納得させられるような研究成果を発表してこなかったことが原因でしょう。

 関川さんも本の中で、
「少なくとも九州か大和かということすら分からないということは、その出発点が定まらないということである。そのような状態で今日に及んできたわけである」
 と現状を認めつつ、そのうえで、
「邪馬台国大和説は、長く唱えられ、またその影響力も強かったが、まずは考古の示す事実結果というものを正しく受け止めないことには、そこから次の段階へ向けて、古代史の新たな歴史意識を生成することはできないであろう」と指摘しています。

 まさに、私が前回書いた「歴史観のアップデートをすべき時が来ている」ということではないでしょうか。


★見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、motokidsさんの作品を使わせていただきました。ありがとうございます。

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