「ボツ案①『恋愛心理学者』」【Story of Message#2】
前回の話はこちらから↓↓↓
ボツ案①「恋愛心理学者」
最高の素材を見つけました。あとは、どう調理するかです。素材を生かすも殺すも作り手次第です。
さっそく僕は物語の構想を練り始めました。
「110」がメインの素材なので、それを邪魔するような素材と組み合わせるのは好ましくありません。調味料も盛り付けるお皿も「110」に寄り添うものを用意しなければいけないのです。
比喩が多くてすみません(笑)
具体的にいえば、『110』のネタとそれを超えるようなネタ(大仕掛けの密室トリックなど)を一緒にしてはいけないし、「I love you」がダイイングメッセージである以上、作品の雰囲気はそれに添ったものでなくてはなりません。
また、ダイイングメッセージの謎を超えるネタを持ってこない方がいいとはいえ、それだけで読者の興味を持続させられるほど引力のある謎ではありません。「110」のネタが輝くのは比較的短い物語で、少なくとも長編には向いていないネタといえるわけです。
いろいろ考えた末、はじめに行き着いたのは「恋愛心理学者」の話でした。
簡単にいえば、犯人である恋愛心理学者と刑事の対決劇です。
ある恋愛心理学者の講演会が行われるホールで転落事件が起きました。亡くなったのは詩人の男性。階段の上から転落したのです。彼の手元には「110」というダイイングメッセージが遺されており、駆け付けた刑事は事件性があると判断します。容疑者として浮上したのは、被害者とかつて交際していた恋愛心理学者でした。しかし、被害者が転落したのは彼女がステージに登壇した頃でした。登壇前はスタッフと共に舞台袖にいましたし、登壇後は衆人環視の中ですから、彼女には鉄壁のアリバイがあったのです。
犯人は恋愛心理学者なんですが、一体どのように犯行に及んだのか。「110」というダイイングメッセージは何を表しているのか。それらの謎を、刑事が解き明かすという物語です。
僕、刑事ドラマの『古畑任三郎』が好きなんです。中学生の頃、お父さんが紹介してくれて、めちゃくちゃはまりました。学校でモノマネをするくらいに。元ネタを知っている人が少ないのに、飽きることなくよくやっていましたね。
ご存じない方のために軽く説明しておくと、古畑任三郎という刑事が、完璧と思われた犯罪計画の綻びを見つけ、犯人に迫っていくという刑事ドラマです。いわゆる倒叙ミステリーと呼ばれるものですね。犯人側の視点から描かれることで、単なる謎解きとは違うスリルを楽しむことができます。
話を戻しますが、「恋愛心理学者」の話でやろうとしていたことはまさにそれで、犯人視点と刑事視点の2つの視点で物語を展開していくイメージでした。
さて、ここからは設定から事件の真相まで共有しちゃいますね。結構固まっていた物語ではあったので、ここで供養しておこうと思います。小説『Message』の前身の物語です。
恋愛心理学者の女性は、メディア出演も多く引っ張りだこで仕事面では順調でしたが、プライベート面で困っていることがありました。かつて付き合っていた詩人の男性から別れてからもつきまとわれていたのです。ストーカー被害に遭っていたのです。
気持ちが不安定なまま迎えた講演会当日。なんと詩人が、恋愛心理学者の待機する楽屋を訪ねてきたのです。やばい奴です。彼はチケットを見せながら講演会に参加すると口にします。座席番号を見ると、不幸なことに前方の中央あたり。女性からしたら、講演中、嫌でも男の姿が視界に入ってしまい、不愉快で仕方がありません。
そこで恋愛心理悪者は詩人を追い出すための策略を企てました。
彼の飲んでいた炭酸水のペットボトルに、自分の目薬を混ぜて腹痛を起こそうとしたのです。体調の悪くなった詩人はさすがに会場を抜け出すことでしょう。そう踏んで、楽屋にふたりきりでいるとき、目を盗んで目薬を注入したのです。
みなさんはご存じでしょうか? 目薬の成分には摂取すれば意識が昏睡するほどの有害物質が含まれていることを。実際、アメリカでは水に目薬を入れて夫を毒殺したという事件があったそうです。
少しお腹の調子が悪くなるだけだろうと女性は軽視していましたが、誤って口にすれば最悪死に至る代物なのです。
つまり、彼女には明確な殺意がなかったんです。
まもなく講演会が始まる頃、やっとのこと詩人は楽屋を出ます。トレイに立ち寄った後、会場に向かう階段のそばで目薬入り炭酸水を呑みました。炭酸とは一味違う喉越しに気付いたときにはもう、身体に異変が生じました。そのまま階段から転落。死の間際、男は「110」というダイイングメッセージを遺したのです。
「110」はどのようにして書かれたのかという話をしておくと、2つアイデアがありました。
1つは『Message』と同じように転落した際の出血し、自らの指を筆にして書いたというもの。
もう1つは万年筆やペンなど、筆記具で書いたというもの。これが付き合っている頃の女性からの贈り物だったという設定にしたら、さらに愛が重くなって作品の空気感に寄り添います。
そう、この物語は、「重すぎるほどに純粋な恋心」から来るI love youなのです。
詩人は、ただ純粋に恋愛心理学者を愛した。その姿勢は別れてからも変わりませんでした。彼女からすればストーカー被害ですが、男からすれば単なる愛情表現なんですよね。
人生最後のメッセージが別れた恋人へのI love youというオチは悪くないなあと思いましたが、この物語でいこうとする決め手には欠けました。
「ダイイングメッセージがI love youだった」という普遍的なネタだから、もっと万人受けするものにしたいし、もっと王道ストーリーに仕上げたいと思ったのです。
「恋愛心理学者と刑事の対決」や「目薬で殺害」など、それぞれの要素は悪くなかったのですが、「110」をさらに輝かせられるストーリーがあるはずなのです。
一旦、「恋愛心理学者」の話を白紙に戻し、考え直してみました。
もっと普遍的に……。
もっと感動的に……。
もっと王道ストーリーに……。
そんな風にして次に辿り着いたのが「結婚式」の話でした。
(つづく)