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独裁女王のひな祭り【5分小説】
「余の言うことが聞けぬのか!」
響き渡る高らかな声。王座——もとい、ソファの上に仁王立ちしているのは、我が家の独裁女王こと、5歳の娘・ひなた。
普段から我が家では彼女の絶対王政が敷かれている。
朝食のメニューも、遊びの時間も、テレビのチャンネルも、すべて女王陛下のご機嫌次第だ。
「余が先にお風呂に入る!」「余の好きな服を着せよ!」「汝は余にプリンを献上せよ!」
そんな日々の暮らしに、臣下(両親&兄)は振り回されっぱなしである。
だが——今日は特別な日。
「ひなた、お着替えするよ~」
妻がそう声をかけると、暴君は一瞬「む?」と動きを止めた。そして次の瞬間、パッと顔を輝かせる。
「……あれを着るのか?」
「うん、今日はひな祭りだもんね」
「ふむ、ならば仕方あるまい!」
ひなたはズボンを脱ぎ捨て、自らワンピースに手を伸ばす。普段は「ズボンがいい!」とゴネるくせに、この日だけは違う。
そう、ひな祭りの日だけは、独裁女王から“お淑やかなお姫様”へと変貌するのだ。
「ほら、髪も結ぶよ~」
「うむ! 今日は姫ゆえな!」
普段なら結ぶのを嫌がる髪も、今日はおとなしくツインテール。さらには、ちょこんと座って手を重ね、「おすまし顔」の練習までしている。
「汝ら、ひれ伏すがよい。今日は余が姫なのだからな!」
「いや、いつも姫みたいなもんだけどな……」
兄がポツリと漏らすが、今日は見逃してやろう。何せ姫がご機嫌なら、家の平和は保たれるのだ。
そして食卓には、ちらし寿司とひなあられ。ひなたはスプーンを持ち、「ふわぁ……」と夢見るような表情を浮かべながら、お上品に一口ずつ食べる。
「陛下、お味はいかがでしょうか?」
「とても良き。とても……ひめである!」
「それはよかった」
ついさっきまで「プリンを献上せよ!」と叫んでいた女王が、まるで別人のように優雅に微笑む。
この日ばかりは、家族全員が思うのだ。
「このまま一年中ひな祭りが続けばいいのに……!」
だが、それは叶わぬ夢。
祭りが終わり、ワンピースを脱いだ瞬間——
「さぁ、プリンを持て! 余はもう姫ではない!」
独裁女王、完全復活。
——来年のひな祭りが、今から待ち遠しい。