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歩む力 


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プロローグ「砕かれた足跡」


陸上トラックは、吉田紗希にとってすべてだった。
アスファルトの上を蹴るたび、足元で風が生まれる。スパイクの音が小気味よく響き、コーナーを駆け抜けるたびに体が軽くなっていく。息遣いが熱を帯び、胸が燃えるようだった。それが快感だった。

「やったぞ、紗希!」
コーチの声が背中を押す。ゴールラインを駆け抜けると同時に、周りの歓声が耳に届いた。タイムを表示する電光掲示板には、今までにない好記録が刻まれていた。

「紗希、全国出場おめでとう!」

練習を終えた後、仲間たちが一斉に駆け寄ってきた。汗を拭う暇もなく彼らに囲まれる。誰もが笑顔で、軽く肩を叩いてくる。その喜びが、自分に向けられたものだという実感がじわじわと湧いてきた。

「まだまだ、これからだよ」
紗希は笑いながらそう言ったが、胸の奥では次なるステージへの高揚感がはっきりと広がっていた。この足で走れる限り、どこまでも速くなれる気がしていた。



その日、練習後の夕焼けに染まるトラックを一人で走りながら、紗希は思った。自分はきっと、この足で未来を掴むのだ、と。

そんな日々が終わりを迎えるのに、理由はいらなかった。ただ一瞬の油断がすべてを変えた。

道路は少し混雑していた。紗希はトラックでの練習を終え、街中のジョギングコースに差し掛かっていた。人通りは少なく、ただ夕方の柔らかな日差しが街路樹の影を落としている。走るリズムに合わせて、街の喧騒が遠ざかっていく。

そのとき、左折してきた車のライトが視界の端に入った。次の瞬間、世界が弾け飛んだ。

タイヤのスリップ音が耳を裂いた。その音とともに、紗希の身体は宙に放り出される。車のボンネットに衝突した瞬間の鈍い音が、身体を伝って頭に響いた。

「――っ!」

声が出ない。ただ視界が一瞬で回転し、灰色の地面がすぐ目の前に迫る。背中から地面に叩きつけられると、身体のすべてがバラバラになったような錯覚に襲われた。

痛みが鋭く襲ってきたのはほんの数秒だった。次に感じたのは、身体の感覚が急速に消えていく奇妙な感覚だった。

「誰か!誰か来て!」
遠くで誰かが叫んでいるのが聞こえた。けれど、紗希はその声すら現実のものとは思えなかった。ただ、目を開けるたびに迫り来る夜の暗さだけが、自分を飲み込んでいくのを感じた。



病室の天井は、あまりにも白かった。

目を開けると、窓の向こうに朝の光がぼんやりと見えた。
「ここは……」紗希は喉を震わせて声を出そうとしたが、身体がまるで自分のものではないようだった。

ベッドの脇には、母親の顔があった。頬はひどくこけ、目の下にはクマができている。紗希が目を覚ましたのを確認すると、母親はこらえていた涙をポタポタと流し始めた。

「……良かった、本当に……」
その声に紗希の心がざわつく。

すると、部屋のドアが静かに開き、白衣を着た医師が入ってきた。歳は40代前半だろうか。落ち着いた表情の中にも緊張が見える。

「吉田さん、意識が戻られて本当に良かったです。私が担当医の大塚です」
大塚医師は一礼して、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。

「まずお伝えしなければならないことがあります。事故の際、脊髄に損傷がありました。その影響で、現在、下半身に感覚がありません。この状態が回復する見込みは……」

一瞬、空気が止まったようだった。

「ない、ということでしょうか?」母親が震える声で言葉を繋いだ。

医師は一拍置いてから、頷く。「現時点では、医学的に回復の見込みは極めて低いです」

紗希は目を閉じた。理解するには言葉が足りていない。それでも、ただ一つの事実だけが重くのしかかる。

「……走れない?」

紗希は心の中でそう呟いた。それを口に出せば、取り返しのつかない現実が目の前に押し寄せる気がしたからだ。

母親は手をぎゅっと握りしめ、涙を堪えようとしていた。けれど、その震える肩が紗希には見えた。医師はその様子を一瞥し、何か言おうと口を開きかけたが、それ以上言葉を足すことはできなかった。

病室の中で響くのは、心電図の規則的な音だけだった。






それからの日々は、地面のない場所を漂うような感覚だった。
紗希は時間の流れすら曖昧になった世界で、ただ目を閉じていることが多かった。目を開ければ、そこには白い天井と無機質な病室の景色が広がるだけだ。

足元の感覚がない――それがどれほど恐ろしいことなのかを理解したのは、事故から数日後のことだった。
医師が病室を訪れ、リハビリについての説明を始めたとき、紗希はようやく「これが現実だ」という事実を突きつけられた。

「筋力が衰えないようにするためにも、早い段階でリハビリを開始する必要があります」
大塚医師の声は冷静そのもので、感情がほとんど感じられなかった。紗希は彼の言葉を聞き流しながら、自分の脚に視線を向けた。

掛け布団の下にあるはずの脚が、まるで別の人間のもののように感じられる。動かそうとしても、筋肉が反応する気配はない。どれだけ意識を集中しても、ただ無力感だけが膨れ上がる。

「……無理です」
紗希はそう呟いた。それは誰に向けた言葉でもなく、自分自身への宣告のようだった。

母親が何かを言おうとしている気配を感じたが、彼女もまた言葉を飲み込んでしまったようだった。
その時、病室の空気はひどく重く、どこにも逃げ場がないように感じられた。

退院の日、紗希は窓の外に広がる景色をじっと見つめていた。
車椅子に座った自分の姿が、窓ガラスに映り込んでいる。かつては軽やかに駆け抜けていた脚が、今は無反応なままそこにある。その現実が、冷たい痛みとなって胸を締めつけた。

リハビリ施設への移動を促されても、紗希は動こうとしなかった。母親が手を取るようにして彼女を動かそうとすると、紗希は思わず声を荒げた。

「なんでこんなことになったの!」

その叫びに母親は目を丸くし、次の瞬間には涙を浮かべたまま唇を噛んでいた。紗希はその顔を見たくなくて、強く目を閉じた。そのまま、車椅子を押される感覚に身を任せた。




リハビリ施設に到着したとき、紗希は自分がどれほど深い絶望に沈んでいるのかを改めて感じた。

施設のロビーに入ると、目の前には広々としたリハビリ用のスペースが広がっていた。明るい蛍光灯の下、患者たちがさまざまな器具を使って身体を動かしている。

「ああ、ここが私のこれからなんだ」

その思いが胸を締めつけた。誰かが彼女に声をかけている気配があったが、紗希は顔を上げることさえしなかった。施設の職員に案内され、自分の部屋に向かう間、彼女はずっと無言だった。

部屋に入ると、白いベッドがぽつんと置かれていた。その横には小さなデスクがあり、窓の外には整えられた中庭が見える。だが、その光景すら紗希には遠い世界のもののように感じられた。

ベッドに腰掛けたまま、紗希は何も言わずに天井を見つめた。
「走れない」という現実が、身体の奥底に重く沈み込んでいる。その重さは、時間が経つごとに増していくばかりだった。

その夜、紗希はベッドの上で目を閉じながら、事故の瞬間を思い出していた。
車のライト、スリップ音、身体が宙を舞った感覚。思い出すたびに胸が締めつけられる。だが、それを頭から追い出そうとしても、記憶は何度でも蘇る。

「あの時、もし走るコースを変えていたら……」
そんな考えが頭をよぎるたび、自分を責めずにはいられなかった。

眠れないまま、紗希はただ暗闇の中で孤独と向き合い続けた。




翌朝、紗希はベッドの上で目を覚ました。
体を起こそうとしたが、足が言うことを聞かない。昨日から何度も繰り返したことだったが、そのたびに失望だけが胸を締めつけた。

窓の外を見ると、朝陽が薄い霧を照らしている。施設の中庭には、リハビリをしている患者たちの姿が見えた。杖をついて歩く人、車椅子の上で懸命に上半身を動かす人。その光景に視線を向けたまま、紗希は深く息を吐いた。

「私には関係ない」
心の中でそう呟いた。すぐに視線を逸らし、ベッドに背を預けたまま天井を見つめる。

部屋のドアが軽くノックされ、若い男性の声が聞こえた。
「失礼します、吉田…紗希さんですね。理学療法士の結城悠馬といいます」

紗希は反応しなかった。視線を天井に向けたまま、相手を見ようともしない。

「今日から担当させていただきます。よろしくお願いします」
声の主は柔らかい口調で言葉を続けた。彼がゆっくりと紗希のベッドの横に立つ気配がする。

「吉田さん、調子はいかがですか?」

その問いに、紗希はようやくゆっくりと顔を向けた。
目の前に立っていたのは、スクラブを着た若い男性だった。黒縁の眼鏡の奥にある目は真剣で、けれどどこか緊張がにじんでいるようにも見えた。

「特に何も」
紗希は短く答えた。それ以上、話す気にはなれなかった。

悠馬は一瞬だけ困ったように眉を寄せたが、すぐに微笑んだ。
「そうですか…そうだ、吉田さん。今日は少しでいいので体を動かす練習をしてみましょう」

紗希は視線を逸らし、無言で首を横に振った。

「動いても意味がない。どうせ、私はもう……」

そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「…わかりました」
悠馬はそれ以上強く言うことなく、ゆっくりと立ち上がった。

「無理はしなくて大丈夫です。でも、何か気になることがあればいつでも教えてください。僕はいつでもここにいますから。」

その言葉を残し、悠馬は部屋を後にした。

残された紗希は、ベッドの上で膝に掛けた毛布を見つめていた。
「ここにいます」――その言葉が、どこか遠いもののように感じられた。



午後、紗希は廊下を進む車椅子の音に耳を傾けていた。
窓の外には、誰かが一歩一歩を慎重に進める様子が見える。男性の患者がリハビリ用の杖を支えに、歩行練習をしているところだった。

紗希はしばらくその光景を眺めていたが、ふいに足元の感覚のない自分を思い出し、視線を逸らした。

そのとき、誰かが軽く声をかけてきた。
「見ない顔だな。新入りか?」

振り返ると、背の高い男性が車椅子を押しながら近づいてきた。右足には装具が付いており、紗希と同じくリハビリ患者のようだった。

「俺もここでリハビリしてる。田村拓海って言うんだ。お前は……最近来たのか?」
彼は軽く手を挙げ、にこりと笑った。その笑顔がどこか自然で、紗希の胸に小さな波紋を広げた。

「……吉田紗希」
紗希は、ついそう答えてしまった。

「よろしく。ま、最初はやる気出ないよな」
拓海はそう言って車椅子を進めると、窓の外を指差した。

「でもさ、あのコース。あれをクリアできるようになると、ちょっと楽しくなる」

彼の指先には、障害物が置かれたリハビリ用のコースがあった。歩行練習のために設計されたそのコースを、拓海は目を細めて見つめている。

「俺、まだ半分くらいしか行けないけど。でも、一歩進むたびに何か変わる気がするんだよな」

紗希は何も言わなかった。ただ、彼の横顔を見つめていた。




拓海との短い会話の後、紗希は自分でも驚くほど長い時間、窓の外を見つめていた。
リハビリ用コースで一歩ずつ前に進む患者たちの姿が頭に焼き付いて離れなかった。汗を流し、杖を頼りに、震える足でゆっくりと進む背中。そこには、ただ歩くことだけに全力を注ぐ人々の姿があった。

「あんなこと、できるはずがない」
紗希は呟き、力なくため息をついた。

それでも、心のどこかで気になっていた。「なぜあの人たちはそこまで必死になれるのだろう」と。彼らの姿を見れば見るほど、自分の現状と向き合わざるを得なかった。逃げ出すように目を閉じると、事故の瞬間が不意に脳裏をよぎる。

車のスリップ音、ぶつかる衝撃、宙に浮いた感覚――。それらが何度もフラッシュバックし、胸を締めつける。
「あの時、なんで私は……」

後悔の渦が、次々と襲いかかる。紗希は毛布を握りしめたまま、静かに頭を垂れた。



その夜、施設の静寂はどこか不気味に思えた。
遠くから聞こえるナースステーションの物音や、廊下を行き交うスタッフの足音が、病院独特の冷たさを際立たせる。

紗希は目を閉じたまま、眠れない時間を過ごしていた。頭の中で、昔の自分が浮かんでは消える。陸上部の仲間たちと笑い合った日々、勝利をつかんだレースの瞬間。そして、目標に向かって突き進んでいた自分。

「もうあの頃には戻れない」

その事実を突きつけられるたびに、喉の奥に鉛のような重さが押し込まれる。息を吸うことすら難しく感じた。

軽いノックが3回聞こえた後、ふいにドアが開く音がした。
「失礼します、吉田さん」

柔らかな声が耳に届いた。顔を上げると、そこにはまた結城悠馬の姿があった。
「こんな時間に……何か用ですか?」
紗希の声は乾いていた。

悠馬はベッドの横にそっと椅子を引き寄せて座った。
「昼間の様子が気になって。眠れないんじゃないかと思って」

その言葉に、紗希は少しだけ目を細めた。
「……そんなの、どうでもいいでしょう」

悠馬は微笑むでもなく、真っ直ぐな目で紗希を見ていた。
「どうでもよくなんてありません。僕たちにとって、患者さんがどう感じているかが一番大事ですから」

その言葉には、嘘や偽りがなかった。
紗希は視線を逸らしながら、ため息をついた。

「……何をすればいいか、わからないんです」
ポツリと零したその言葉に、悠馬は少し驚いたようだったが、すぐに頷いた。

「急ぐ必要はありません。わからなくてもいいので、少しずつ考えていきましょう。」

悠馬の声には、どこか安心感があった。彼のその静かな態度に、紗希は少しだけ心の中で警戒を解いた気がした。

「……わかりません。何を考えればいいのかすら」

その言葉に、悠馬は静かに椅子から立ち上がった。
「焦らなくて大丈夫です。何かを変えたくなったときには、僕が手伝いますから。今日はゆっくり休んでください。」

そう言い残し、悠馬は部屋を後にした。その背中が扉の向こうに消えた瞬間、紗希の胸にわずかな痛みが走った。



翌朝、リハビリ施設の廊下を車椅子で進む途中、紗希はふと目に入った風景に足を止めた。
拓海がリハビリ用コースの端で、スタッフと話をしていた。右足に装具をつけながら、彼は笑顔を見せていた。その表情は、リハビリの辛さを感じさせないほど自然だった。

その様子を眺めながら、紗希は自分の心の中で生まれる小さな感情の波を感じた。それが何なのか、まだ言葉にはできなかった。




第1章 止まった時間


リハビリ室の空気はいつも硬かった。
朝の光が窓から差し込む中、マットの上に座る患者たちは、各々のメニューに取り組んでいる。
杖を頼りに歩行練習をする人。バランスボールに座って体幹を鍛える人。誰もがそれぞれの限界と向き合いながら、一歩ずつ進んでいるように見えた。

紗希はその光景を遠巻きに見ながら、静かに眉をひそめた。
リハビリ室の片隅、自分の車椅子に座ったまま、彼らの様子を眺める。それが、紗希の「日課」になっていた。

「無理にやらなくても大丈夫ですよ」

その声に振り返ると、悠馬が立っていた。トレーニング器具を片付けながら、彼は柔らかい笑顔を見せた。

「今日はこの間のストレッチから始めませんか?簡単なやつでいいですから」

紗希は小さく首を横に振った。

「いいです。そういうの」
返事は冷たかったが、悠馬の顔は変わらなかった。

「そうですか…。でも、気が変わったら声をかけてくださいね」
そう言うと、彼は患者の一人の元へ向かい、足の動きを支える姿勢を取った。

その背中を見ながら、紗希はそっと目を伏せた。
「どうせ、何も変わらないのに」





昼食の時間になり、施設内の食堂に行くと、どこか活気がある声が耳に届いた。
「おっ、今日のスープうまそうじゃん」

声の主は田村拓海だった。
彼はトレーを器用に片手で持ちながら、自分のテーブルへ向かっていた。右足に装具を付けているが、その動きには不自然さがほとんどない。

「あ、吉田さんじゃん」
気づいた彼が軽く手を振ったが、紗希は気まずそうに目を逸らした。

トレーを持ったまま、拓海は紗希の隣のテーブルに腰を下ろした。
「なあ、ちょっと一緒に食わない?独りで食べるのも寂しいだろ」

「別にいいです。一人のほうが楽なので」
淡々と返すと、拓海は肩をすくめて笑った。

「そっか。でも、ここにいる奴らって、何かと同じような境遇の奴が多いからさ。まあ、無理に話さなくても、そばにいると安心するもんだぜ」

その言葉に、紗希は反応しなかった。
目の前のトレーに置かれた食事を、ただ黙々と食べるだけだった。


食事を終えて部屋に戻った紗希は、静まり返った空間で目を閉じた。
拓海の何気ない言葉が、心の中でくすぶっていた。

「同じような境遇の奴が多いから、安心する?」

紗希にとって、それは何の慰めにもならなかった。
陸上選手として走ることが人生の全てだった彼女にとって、車椅子に縛られた生活は、自分が誰か別の人間になってしまったかのような感覚を与える。

「安心なんて、どこにもない」

その言葉を、紗希は自分自身に何度も投げかけた。
部屋の窓から差し込む光さえ、今の彼女にはどこか遠い存在だった。




夕方、病室の窓から見える空が赤く染まる頃、母親が訪れた。
紗希は車椅子に座ったまま、本を広げていたが、ページはほとんど進んでいない。
「紗希、元気にしてる?」
母親の声はどこかぎこちなく、手にした紙袋からお菓子や雑誌を取り出しながら、無理に明るく振る舞おうとしているのがわかった。

「食べたいものとか、何か欲しいもの、ある?」

紗希は返事をしなかった。本のページを指でめくりながら、無表情のまま俯いている。

「紗希?」

母親の声が近づき、彼女の手が紗希の肩に触れた。その瞬間、紗希は勢いよくその手を振り払った。

「触らないで!」

母親は驚いた表情で手を引っ込めた。その顔を見た紗希は、一瞬だけ自分の行動を後悔したが、その感情を隠すように強い声で言葉を続けた。

「どうせ何も変わらないのに、何しに来るの?そんなに私が哀れ?」

「そんなつもりじゃ……」
母親は言葉を探していた。

「帰って。放っておいてよ」
紗希の声は低く、鋭かった。母親の表情が歪んだのがわかった。

「紗希……そんな言い方、しないでよ。私は……」
母親は言葉を飲み込み、目を伏せたまま部屋を出て行った。扉が閉じられる音が病室に響き、紗希は一人きりになった。

胸の奥に重いものが広がる。それが罪悪感だと自覚しながらも、紗希はその感情を押し込めた。

その夜、紗希は眠れなかった。
ベッドに横たわりながら、母親の表情が何度も頭に浮かんでくる。
「放っておいて」と言ったとき、母親の目に浮かんだ涙。それを思い出すたび、紗希は目をぎゅっと閉じた。

「仕方ないじゃない……私だって」

言葉にすることで、何かが楽になる気がした。けれど、喉の奥でそれは詰まり、消えた。



翌朝、リハビリ室に行くと、拓海の姿が目に入った。
彼は障害物コースの前に立ち、スタッフに何かを相談している。右足に付けられた装具が目立つが、その表情は明るく、声にも活気があった。

「昨日よりも少し長く歩いてみたいんですけど」
拓海はそう言うと、杖を握りしめ、コースのスタート地点に立った。

「無理せず、できる範囲でいいですからね」
スタッフが優しく声をかける。拓海は「もちろん」と軽く笑い、そのまま一歩を踏み出した。

足元が震えているのが遠目にもわかる。それでも彼は一歩ずつ、慎重に足を前に出していく。

「何が楽しいんだろう……」

紗希はつい、そう呟いた。
だが、その言葉を口にした瞬間、胸の奥に小さな違和感が広がった。自分が口にした言葉が、本当にそう思っていることなのか、自信が持てなかった。

拓海は最後までコースを歩き切ると、汗を拭いながらスタッフに笑顔で何かを話している。その姿を見ていると、紗希は無意識のうちに拳を握りしめていた。



昼過ぎ、悠馬が紗希の部屋を訪ねてきた。
「吉田さん、少しお話ししませんか?」

「何を話すんですか」
紗希はそっけなく答えた。

「リハビリのことです。無理にとは言いませんけど、少しずつ体を動かしていくのは、やっぱり大切です」

悠馬の声には強制する色はなく、ただ優しく寄り添うようだった。それが紗希には余計に重たく感じられる。

「……動かしたって意味ないのに」

紗希がそう呟くと、悠馬は少し考え込むような顔をした後、静かに言った。
「吉田さん、走れないことがすべてを失うことだと思っていますか?」

その言葉に、紗希は初めて顔を上げた。

「……何が言いたいんですか?」

は少しだけ微笑んだが、その目は真剣だった。
「僕も昔、自分が何もできない人間だと思っていたんです。誰かを救えなかったとき、自分には価値がないと思った。でも、今はそうじゃないと思えています」

その言葉が、紗希の胸に小さな波紋を広げた。




紗希の心に小さな波紋を残した悠馬の言葉だったが、それが何を意味するのかはまだ分からなかった。
それでも、その日以降、彼女は少しだけ悠馬の話に耳を傾けるようになった。



昼下がり、リハビリ室の片隅に座る紗希の前に、悠馬がバランスボールを転がしてきた。
「今日、これを試してみませんか?」

バランスボールは光沢のある赤い表面で、床に置かれるとわずかに揺れている。
「乗るだけでいいんです。何もしなくても大丈夫ですから」

「やりません」
即答だった。紗希の返事は予想通りだったが、悠馬は気にする様子もなく椅子に座った。

「乗るだけで、少し体幹が鍛えられるんですよ。実際にやってみると意外と気持ちいいんですけどね」
悠馬は自分でボールに腰を掛け、バランスを取るように軽く揺れながら話し続けた。

「子どもの頃、こういうのを使って遊んだことありませんか?」

その言葉に、紗希は一瞬だけ考え込んだ。思い出すのは、小学生の頃、近所の公園で兄と遊んだ記憶だった。跳ねるボールの上でふざけ合い、落ちては笑い合っていたあの日々。

けれど、紗希はすぐにその記憶を振り払った。

「そんなの、もう関係ないです」
冷たい声でそう言い放つと、悠馬は少しだけ寂しそうに笑った。

「そうですね。今と昔は違いますから。でも、もし何か試してみたくなったら、いつでも言ってください。僕は吉田さんの力になりたいんです。」

紗希は答えず、視線を外した。その小さなやり取りの中で、彼女の中には微かな苛立ちと戸惑いが入り混じっていた。



夕方、紗希は中庭に出た。
日が傾きかけた空は淡いオレンジ色に染まり、木々の影が長く伸びている。施設の静けさの中、遠くから聞こえる患者たちの声や、スタッフの足音が、どこか心地よいリズムを刻んでいた。

「お、こんなとこにいたのか」

その声に振り返ると、拓海が車椅子を押しながら近づいてきた。彼の手には缶コーヒーが握られている。

「こんなところで黄昏れてると、話しかけてくれって言ってるみたいだぞ」
冗談めかした言葉に、紗希は眉をひそめた。

「別にそんなつもりじゃありません」

「まあまあ、そんなに構えんなって」
拓海はそう言いながら、紗希の隣のベンチに腰掛けた。右足の装具が微かに音を立てたが、彼は気にする様子もない。

「なあ、ここに来てから、何か楽しいことあったか?」

その問いに、紗希はしばらく黙っていた。楽しいこと――そんなもの、この施設で見つかるわけがない。

「そんなの、あるわけないでしょう」

拓海は缶コーヒーを一口飲み、空を見上げた。
「だよな。俺も最初はそうだったよ」

「でも、ある日気づいたんだ。リハビリとか努力とかって、楽しくなくても、続けるうちにちょっとずつ景色が変わるんだよ」

「景色が……変わる?」

思わず繰り返すと、拓海は笑った。
「ああ。最初は一歩歩くだけでヒーヒー言ってたけど、今は少しだけ先に進めるようになった。そうすると、なんていうか、自分の可能性が少しだけ見える気がするんだよ」

その言葉を聞きながら、紗希の胸には何かが引っかかるような感覚が残った。可能性――そんなものが自分にも残されているのだろうか。

拓海はそのまま立ち上がり、車椅子を押しながら振り返った。
「またな、吉田さん。何か話したくなったら、いつでも声かけろよ」

彼の軽い調子の言葉が、夕暮れの中に溶け込んでいった。



夜、部屋に戻った紗希は、ベッドに横たわりながら天井を見つめていた。
昼間に悠馬が言った「力になりたい」という言葉と、拓海が語った「可能性」という言葉が、彼女の中で静かに響いていた。

しかし、それらを受け入れるには、彼女の心はまだ閉じたままだった。
「何かを変えるなんて、そんな簡単にできるわけがない」
そう呟くと、紗希は目を閉じた。

けれど、その夜はいつもより少しだけ眠りが浅かった。




翌日の午後、紗希は車椅子を押して中庭に出た。
昼の光がまばらに木々の間を抜け、地面に揺れる影を落としている。風が頬を撫でる感触は心地よかったが、それが今の自分には何の意味もないことのように感じた。

ふと目を上げると、遠くのベンチに母親の姿が見えた。手には本があり、ページをめくる指先が止まっている。視線はどこか遠く、何かを考え込んでいるようだった。

紗希はその姿に近づく気にはなれず、視線を逸らしてその場を離れた。だが、胸の奥には小さな違和感が残った。母親がこんなふうに一人で佇む姿を、紗希はほとんど見たことがなかった。

その日の夕方、紗希が自室でぼんやりと窓の外を眺めていると、ノックの音がした。
「紗希、入っていい?」

母親の声だった。紗希は黙っていたが、ドアがゆっくりと開き、母親が顔を覗かせた。

「……今、少しいいかな」
紗希は無言のまま肩をすくめた。それを了承と取ったのか、母親は部屋に入ってきた。

「今日、中庭で見かけたけど……気づかなかったね」
母親の声は静かだった。紗希は何も言わず、ただ窓の外を見続けていた。

「……あなたに会うたびに、どう接すればいいのか分からなくて……ごめんね」

その言葉に、紗希は僅かに顔を向けた。母親の表情には、普段見せる笑顔や気丈な様子はどこにもなかった。ただ、弱々しい光がその目に宿っているだけだった。

「何がごめん、なの?」
紗希の声は低く、冷たかった。それでも母親は目をそらさず、彼女を見つめていた。

「あなたが苦しいのに、私がどうしたらいいのか分からなくて……。もっと早く気づいてあげられたら、事故だって――」

「事故は私のせいでしょ!」
紗希は声を荒げた。言葉が口をついて出ると、抑えることができなくなった。

「私が勝手に走ってて……こんなことになったのは、全部私の責任じゃない!だからお母さんが何をしても意味なんかないの!」

母親は目を見開き、一瞬だけ動きを止めた。そして、すぐに唇を噛みしめた。
「……それでも、私は――」

母親はそれ以上言葉を続けられなかった。代わりに、小さな溜息のような音が紗希の耳に届いた。

「……また来るわね」

母親は振り返り、部屋を出て行った。扉が閉まる音が響いたあと、紗希はその場に崩れるように座り込んだ。

「……もう、やめてよ……」

声にならない言葉が唇から漏れた。



夜、リハビリ室はほとんど無人だった。
紗希は暗がりの中で車椅子を押しながら、窓から外を眺めていた。ガラス越しに見える中庭は、夜の闇に沈み、木々の影が風で揺れている。

「お、こんなとこで何してるんだ?」

振り返ると、拓海が杖をついて立っていた。軽い口調だが、その目にはどこか心配の色が滲んでいる。

「別に……ただ、ぼーっとしてただけ」
紗希は目を逸らして答えた。

「そうか。俺もたまにここ来るんだよな。夜って静かでいいよな」
拓海は杖を頼りに歩み寄ると、紗希の横に立った。

「なあ、最近ちょっと顔つき変わった気がするけど、何かあったのか?」
拓海の問いに、紗希は反応しなかった。

「まあ、いいけどさ」
拓海はそう言って、リハビリ室の椅子に腰を下ろした。

「俺もな、最初は何やってもうまくいかなくてさ。リハビリなんか意味ねーって思ってた。でも、何かやってるうちに、少しずつだけど変わるもんだなって気づいたんだ」

「……変わる?」
紗希は小さく反応した。その言葉に、拓海は頷いた。

「そう。ちょっとしたことだけどさ。足が一歩前に出るとか、杖が必要なくなるとか。そういうのが少しずつ増えてくると、未来ってもんが見える気がするんだよ」

紗希は何も言わなかった。ただ、拓海の話を聞きながら、胸の奥でわずかに灯る何かを感じていた。




朝日が薄く差し込む中、紗希はリハビリ室の隅にいた。
車椅子に座りながら、窓の外の中庭をぼんやりと眺めている。施設の庭では、職員が手入れをしているのが見えた。何かを考えるでもなく、ただその動きを目で追っていた。

「おはようございます、吉田さん」
柔らかな声が背後から聞こえた。振り返ると、結城悠馬が立っていた。

「今日もストレッチから始めませんか?」
彼はいつものように穏やかな笑顔を見せたが、紗希は無言のまま視線を逸らした。

悠馬はしばらく待っていたが、紗希が反応しないことを察すると、近くの椅子に腰を下ろした。
「無理に誘うつもりはありません。ただ、少しでも身体を動かしてみると、気分が変わるかもしれません」

その言葉に、紗希は思わず小さく笑った。
「気分が変わる?……私の気分なんて、変わりようがないんです」

「そう思いますか?」
悠馬の声は、紗希の冷たい言葉にも揺らがなかった。

「……そうじゃないですか。走れない私なんて、ただの空っぽですから」
紗希は窓の外を見つめながら、呟くように言った。

悠馬はしばらく沈黙していた。だが、その瞳には諦めの色は見えなかった。
「そうですね。走ることが吉田さんの全てだったなら、今はとても苦しい時期だと思います。でも、全てを失ったように感じるときでも、少しずつ新しいものが見えてくることもあります」

「新しいもの……」
紗希はその言葉に微かな疑問を感じたが、口には出さなかった。

「まあ、今はまだ考えられないと思います…。また後で来ますね」
悠馬はそう言って、軽く会釈をするとリハビリ室を後にした。

彼の背中を見送りながら、紗希の中には複雑な感情が広がっていた。



昼過ぎ、食堂で食事をとっていると、拓海がまたやってきた。
彼はトレーを持ちながら、紗希の隣に座る。

「よ、吉田さん。またここに一人で座ってんのか」
いつもの軽い調子だが、その目にはどこか彼女を気にかける光があった。

「別に……誰かと話す気分じゃないだけです」

「そっか。でも、俺は別に邪魔するつもりないから安心しろ」
拓海はそう言うと、食事を始めた。

紗希はその様子を黙って見ていたが、不意に口を開いた。
「拓海さんって、どうしてリハビリ続けてるんですか?」

彼は意外そうに目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そうだな……最初は、ただ親に言われたからやってただけだよ。でも、やってるうちに、自分がどこまで行けるのか試してみたくなったんだ」

「試す……」

「そう。俺の足は元に戻らないけど、できることが増えると、それが面白いんだよな。今日より明日がちょっとだけ楽になるかもって思うと、頑張れる」

紗希は黙り込んだ。彼の言葉が、自分には遠いもののように感じたからだ。

「でもさ、最初はやっぱりクソみたいに思うよ。リハビリも、未来も何もかも」
拓海はそう言って肩をすくめた。

「吉田さんも、今はそんな感じだろ?」
彼の言葉に、紗希は思わず目を細めた。

「……分かってるなら、放っておいてください」
紗希の声は冷たかったが、拓海は気にする様子もなく笑っていた。

「まあ、そう言うなって。俺はただ、吉田さんが少しでも楽になればいいなと思ってんだけどな」

その言葉に、紗希は何も返さなかった。ただ、トレーの上のスープを見つめていた。


夜、紗希は部屋の窓を開け、静かな風に当たっていた。
外の空気は冷たく、それが心地よかった。拓海の言葉が頭の中で何度も反芻される。

「今日より明日が楽になるかも……」

紗希はその言葉を信じることができなかった。それでも、どこかでその可能性にすがりたいと思う自分がいることに気づいていた。

「私も……変われるのかな」
呟く声は、風に流されて静かに消えていった。




翌朝、リハビリ室に行くと、紗希の目に拓海の姿が入った。
彼はリハビリ用の障害物コースのスタート地点に立っていた。右足に装具をつけ、杖を握るその姿は、どこか頼りなげにも見える。しかし、その表情には一切の迷いがなかった。

「よし……いくぞ」
拓海は自分に言い聞かせるように呟き、ゆっくりと杖を前に突き出した。

彼の足元は震え、バランスを崩しそうになるたびにスタッフが横で支える。それでも、彼は何度も深呼吸をしながら、一歩、また一歩と前に進んでいく。

紗希はその様子を遠くから見ていた。何も言わず、ただじっと見つめている。

障害物コースの半ばで、拓海が一瞬立ち止まった。額には汗が滲み、息遣いも荒い。それでも、彼は振り返らず前を向いていた。

「あと少し……いける」

その声はかすかに聞こえたが、紗希の胸に小さく響いた。拓海は最後の障害物を越えると、杖を握りしめたまま、深く息を吐いた。

「お疲れさまでした!すごいですよ、今日は昨日より長く進めましたね」
スタッフが声をかけると、拓海は満足そうに頷いた。

その様子を見ながら、紗希は自分の足元を見下ろした。自分には、こんなふうに歩くことができるのだろうか。いや、そもそもやろうと思う気持ちすらないのに――。

「何かをやろうとするって、どういう気持ちなんだろう……」
そう考えた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。


昼食の時間、拓海は再び紗希のテーブルにやってきた。
「よ、また一人で黙々と食ってるのか」

彼はそう言いながら、自分のトレーを置いて椅子に腰掛けた。

「別に……一人のほうが楽なんです」
紗希の返事はいつものように冷たかったが、拓海は気にする様子もなく笑っていた。

「俺も最初はそう思ってたよ。でも、誰かと話すと意外と気が楽になるもんだぜ」

「……話すことなんて、ありません」

その言葉に、拓海は肩をすくめた。
「まあ、無理にとは言わねえけどさ。でも、俺が話したいだけだから付き合ってくれよ」

紗希はため息をついた。彼の無駄に前向きな態度が、どこか煩わしく感じられる。

「……今日は何を頑張るんですか?」
自分でも驚くほど自然にその言葉が口から出た。

拓海は驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「俺か?今日は次の障害物コースをクリアしてみようと思ってる。ちょっと難しいけど、いける気がしてるんだよな」

その言葉に、紗希は何も返せなかった。自分には到底できそうもないことを、彼は笑顔で語る。それが信じられなかったし、どこか羨ましいと感じている自分にも気づいてしまった。


その日の夕方、紗希は一人で中庭に出た。
ベンチに座り、沈みゆく夕陽を眺めていると、誰かが近づく気配がした。

「ここにいたんですね」
振り返ると、悠馬が立っていた。

「ちょっとだけお時間いいですか?」

「何ですか?」
紗希はそっけなく返したが、悠馬は気にせず彼女の隣に座った。

「吉田さん、今日のリハビリ室でのこと、僕も見ていました」
その言葉に、紗希は少しだけ視線を逸らした。

「拓海さんのことですか?」

「はい。彼の姿を見て、どう思いましたか?」

紗希は答えなかった。答える代わりに、ふいに顔を上げて空を見た。

「……分からない。どうしてあんなに頑張れるのかも、何が楽しいのかも」

その言葉に、悠馬は小さく頷いた。
「そうですね。最初は誰でも、分からないと思います。でも、少しずつ自分で動き始めると、少しだけ分かるようになるかもしれません」

「自分で……動く」

その言葉が胸に残った。拓海の姿が頭に浮かび、同時に、自分の中にある動けない自分が重なった。

悠馬はゆっくりと立ち上がり、笑顔を見せた。
「無理はしなくていいです。でも、リハビリって自分で『やるぞ!』っていう気持ちが大事なんです。何かを試してみたくなったときには、いつでも僕を頼ってくださいね」

彼が去ったあと、紗希は夕陽に染まる空をじっと見つめていた。その胸の奥には、小さな疑問が渦巻いていた――「私にも、できることがあるのだろうか」と。



夜、紗希はベッドに横たわりながら、目を閉じていた。
昼間に見た拓海の姿が頭の中を占めている。

杖を頼りに歩く姿、汗をぬぐいながらも満足そうに笑う顔――。
「どうしてあんなふうに笑えるんだろう」
紗希はそう呟いてみたが、その答えはすぐには見つからなかった。

拓海だけじゃない。リハビリ室で見かける他の患者たちも同じだ。どんなに痛そうにしていても、動けるようになることを信じて一歩ずつ進んでいる。

自分には、それができない。できる気がしない。

ベッドサイドのライトを消し、天井の暗闇をじっと見つめていると、不意に悠馬の言葉が頭をよぎった。

「自分で動き始めると、少しずつ分かるようになるかもしれません」

その言葉が小さな種のように胸の中に引っかかっている。
紗希は布団を引き寄せ、目をぎゅっと閉じた。



翌朝、リハビリ室はいつもと同じ静かな喧騒に包まれていた。
患者たちがそれぞれの練習に励む中、紗希は部屋の片隅で車椅子に座っていた。窓から差し込む光が、床に幾重もの影を落としている。

その時、拓海の声が遠くから聞こえてきた。
「今日もよろしく頼むぜ!」

彼の姿が視界に入る。障害物コースに挑む準備をしているところだ。スタッフと笑いながら会話を交わし、杖を持つ手に力を込めている。

紗希は無意識のうちにその様子を目で追っていた。

拓海がゆっくりとコースを歩き始めた。足元は相変わらず震えているが、一歩ずつ確実に前へ進んでいく。彼の集中した表情が、その努力のすべてを物語っている。

「……私には関係ない」
紗希は小さく呟いたが、その声には力がなかった。

視線を逸らそうとしたその時、拓海がバランスを崩し、杖が床に落ちた。

「おっと……!」
スタッフが慌てて彼を支えようとするが、拓海は片手を挙げてそれを制した。

「大丈夫、大丈夫!」
そう言いながら、自分で体勢を立て直し、再び歩き出した。その顔には笑みさえ浮かんでいる。

その姿を見た紗希の胸に、何かが刺さったような感覚が走った。

「何が大丈夫なのよ……」

紗希は声に出して言ったつもりはなかった。だが、隣を通りかかった悠馬がその言葉を聞き止めた。

「何が大丈夫だと思いますか?」
優しく問いかける声に、紗希はハッとした。

「……どうせ、無理してるだけじゃないんですか」
少し挑むような口調で返すと、悠馬は一瞬だけ困ったような表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。

「無理をするのは確かに辛いことです。でも、彼はその無理の先に何かがあると信じているんでしょうね」

「……信じる?」

「はい。信じるというのは、結果を保証するものではありません。でも、その人自身を支える力になることもあるんです」

紗希はそれ以上何も言わなかった。ただ、窓から見える景色をじっと見つめていた。



昼食の時間、食堂に行くと、拓海が紗希を見つけて手を振った。
「お、吉田さん!ここ空いてるぞ!」

迷った末に、紗希は彼のテーブルに向かった。いつもは避けていたが、今日はなぜかその声を無視できなかった。

「今日は珍しいな。一緒に食べてくれるのか?」
拓海は冗談めかして笑う。

「……別に。ただ、席が空いてただけです」
紗希はそっけなく返したが、拓海は気にした様子もなく話し始めた。

「そういえばさ、今度のイベントのこと、聞いた?」

「イベント?」

「リハビリ室で小さな体力測定会をやるらしいんだ。誰でも参加できるみたいだから、俺は出ようと思ってる」

「……そんなの、何が楽しいんですか?」

拓海はニッと笑った。
「楽しいとかじゃなくて、ただやってみたいだけだよ。どこまでやれるか試すのが好きなんだ」

その言葉に、紗希はふいに心がざわつくのを感じた。

「吉田さんも出ればいいのにな。別に勝ち負けじゃないし、ただ体を動かすだけでも意味あるかもよ」

「……私はいいです」

紗希の言葉は相変わらず冷たかったが、その心の中では、拓海の言葉が静かに残り続けていた。



リハビリ室の掲示板には、イベントの詳細が貼り出されていた。
「体力測定会」という文字が目を引き、周りの患者たちが興味深そうに覗き込んでいる。
「何ができるか試してみよう!」と大きく書かれたポスターのデザインがどこか陽気で、紗希にはそれが目障りにさえ感じられた。

「何ができるか、なんて……私には何もできないのに」
紗希はそう呟くと、掲示板から目を逸らした。

その日の午後、拓海がまた障害物コースに挑んでいた。
紗希はリハビリ室の片隅で車椅子に座りながら、その様子を遠巻きに眺めていた。

「今日は全部クリアしたいな」
拓海の声は明るいが、足元は相変わらず震えている。それでも、彼の表情には不思議な力強さがあった。

途中、バランスを崩して膝をつきそうになったが、拓海は杖を突き直し、スタッフに手を借りながら立ち上がった。
「大丈夫。もうちょっとでゴールだ」

その言葉を聞いた紗希は、思わず視線を逸らした。
その場から逃げるようにリハビリ室を出たが、胸の中に何か重いものが残っていた。


夜、紗希は窓の外を見つめていた。
中庭に薄く灯る街灯の光が、静かな風に揺れる木々の影を映し出している。

「何ができるか試す、ね……」

拓海の言葉が、悠馬の声が、何度も頭の中で反響していた。
だが、そのたびに紗希は思った。
「できることなんて、もう残ってない」

自分の足元を見下ろす。毛布の下に隠れた足は、自分の意志を失い、ただそこにあるだけだった。

「私は、何もできない……」
呟いた声が、冷たい夜の空気に溶けていく。


翌日、悠馬が紗希の部屋を訪れた。
「吉田さん、少しだけお話ししませんか?」

「……何の話ですか」
紗希はベッドから顔を上げることなく答えた。

「昨日のことなんですが、リハビリ室を急に出て行ったでしょう?」
悠馬の声は柔らかかったが、どこか核心を突いているようだった。

「別に……ただ、嫌になっただけです」

「嫌になったのは何に対してですか?」

その問いに、紗希は答えられなかった。自分でも、その理由が分からなかったからだ。ただ、あの場所にいることが苦しかった。それだけは確かだった。

悠馬は静かに椅子を引き、紗希の前に座った。
「吉田さん、今の生活が苦しいのは当然のことだと思います。でも、何もしないままだと、その苦しさはずっと続いてしまうかもしれません」

「……そんなの、わかってます」

紗希の声は小さかったが、力がこもっていた。その目には、微かに涙の光が浮かんでいるようにも見えた。

「わかってるなら、何かを試してみませんか?」

悠馬のその言葉が、紗希の胸に突き刺さった。

「……無理です。私は何もできないんです」
紗希はそう言いながら、顔を伏せた。

悠馬はしばらく黙っていたが、やがて静かに言葉を続けた。
「僕は、吉田さんが何もできないとは思いません。でも、それを決めるのは僕じゃなくて、吉田さん自身です」

その言葉に、紗希は顔を上げた。

「……私自身、ですか」

「はい。何かをするかしないかを決められるのは、吉田さんだけです。そして、ほんの少しの勇気があれば、必ず何かが変わるはずです」

悠馬の言葉は、紗希の胸の奥に静かに響いた。


その夜、紗希はベッドの中で考えていた。
「私にできること……」

拓海の笑顔、悠馬の真剣な眼差し、それらが頭の中で交錯する。
心の奥で何かが動き始めている気がしたが、それが何なのか、紗希自身にもまだ分からなかった。




翌朝、リハビリ室の入口に設置された掲示板には「体力測定会」の詳細が書かれたポスターが貼られていた。
リハビリ室全体が少しだけざわついている。患者たちは興味深そうにその内容を覗き込み、スタッフと話していた。

紗希はリハビリ室の隅に座ったまま、その光景を眺めていた。
「体力測定会」という言葉が、妙に遠いものに感じられる。

「よっ、吉田さん」
拓海の声に顔を上げると、彼が杖を突きながら近づいてきた。

「見た?あれ」
彼は掲示板を顎で指しながらにやりと笑った。

「……別に、関係ないです」
紗希はそっけなく答えたが、拓海はその言葉を気にする様子もなく椅子に腰を下ろした。

「まあ、そう言うなよ。俺なんか、この測定会があるって聞いてから、ずっとそわそわしてんだぜ」

「そんなの、何が楽しいんですか」

「なんかさ、自分がどこまでやれるか試したくね?」
拓海の声にはどこか自信があり、紗希にはそれが不思議に思えた。

「試すって……何のために?」

「俺のためだよ」
拓海は即答した。

紗希はその言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。自分には「挑戦」という言葉が、あまりにも遠いものに思えたからだ。

「吉田さんも、ちょっとでもやってみりゃいいのにな」

「……無理です。そんな気になれません」

紗希の言葉に、拓海は肩をすくめた。
「まあ、それも吉田さんの自由だけどさ。でも、俺はこう思うんだ――やらないで後悔するより、やって後悔するほうがマシだってな」

その言葉が、紗希の胸にじわりと広がる感覚があった。

その日の午後、紗希はリハビリ室で悠馬と向かい合っていた。
彼が持ってきたのは、一枚のスケッチボードだった。そこには、簡単な体力測定の内容が書かれていた。

「これが測定会の内容です。足の筋力を少しずつ確かめるものなので、無理のない範囲で参加できますよ」

悠馬の穏やかな声に、紗希は目を伏せたままだった。

「どうしてそんなに勧めるんですか」

「無理に勧めるつもりはありません。ただ、こういう機会が新しい一歩になることもあるんです」

「……私には無理です」

紗希の返事はいつもと変わらなかったが、その声には少しの迷いが感じられた。

悠馬はその言葉に反論することなく、ただ微笑んだ。
「吉田さんも来るだけでもいいんです。興味本位でもいいので、もし気が変わったら、いつでも声をかけてくださいね」

紗希は黙ったまま、ボードに描かれた測定会の詳細をじっと見つめていた。

夜、紗希はベッドに横たわりながら目を閉じた。
拓海の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

「やらないで後悔するより、やって後悔するほうがマシだ」

その言葉が、自分の中にある何かを揺さぶっていた。

「でも、どうして……?」

自分には何も変えられないと思っていた。挑戦なんて、過去の自分にだけ許されたもの
だと思っていた。それでも、その考えが少しずつ崩れていくような気がしていた。

「もし、少しだけでも動けるとしたら……」


その考えに、紗希は小さな希望を抱きかけたが、すぐにその感情を打ち消した。

「そんな簡単なことじゃない」

自分に言い聞かせるように呟くと、目を閉じて深呼吸をした。だが、その夜も眠りは浅かった。



翌朝、紗希はリハビリ室の隅に座っていた。
掲示板を見上げると、相変わらず「体力測定会」のポスターが目立っていた。その下に、小さなメモ帳が置かれ、参加希望者が名前を書いているようだった。

拓海の名前がそのリストの一番上にあった。

「……挑戦、ね」

紗希は自分の手を見つめた。拳を握り、そっと力を込める。その手には、まだ少しだけ動ける力が残っている。それに気づいたとき、胸の奥で小さな衝動が生まれるのを感じた。

だが、リストに手を伸ばすことはできなかった。

「やっぱり、無理……」

紗希はその場を離れたが、心の中で何かが確かに動き始めていた。



体力測定会の開催日が近づくにつれ、リハビリ室の雰囲気はいつもより少しだけ活気に満ちていた。
参加する患者たちはそれぞれの目標を語り合い、スタッフに練習の相談をする姿が目立つ。

その中に、拓海の姿もあった。
彼は杖を使いながら、スタッフと動きの確認をしていた。顔には汗が滲んでいるが、彼の表情は明るかった。

「今日もいい感じだな。これなら測定会、いけるかもな」
彼の言葉にスタッフも笑顔で頷いている。

その様子を、紗希はリハビリ室の隅から黙って見つめていた。



昼食の時間、拓海がまた紗希のテーブルに座った。
「なあ、吉田さん。測定会のこと、考えてみた?」

「……何も考えてません」
紗希はそっけなく返したが、その言葉にはわずかな迷いが滲んでいた。

「そうか。まあ、無理にとは言わねえよ。でも、やってみると意外と面白いかもしれないぜ」

「何が面白いんですか」

拓海は少し考えるようにしてから、笑った。
「そんなに難しく考えなくてもさ、挑戦はタダなんだからやらなきゃ損だぜ。」

その言葉に、紗希は言葉を返せなかった。
ワクワクする――そんな感情を、事故以来一度も感じたことがなかったからだ。

「もし気が向いたら、いつでも言ってくれよ。俺、応援してるからさ」
拓海はそう言って席を立った。彼の背中を見送ると、紗希の胸にはまたあの重い感覚が広がった。

「応援……?」
その言葉が、どこか心に引っかかっていた。


その夜、紗希は自室の机に座り、手元の小さな紙に目を落としていた。
それは、体力測定会の詳細が書かれたプリントだった。

「できることを試してみよう」

そのキャッチコピーが、紗希には皮肉のように感じられた。
「私に、できることなんて……」

紗希はその言葉を何度も頭の中で繰り返した。けれど、その度に脳裏に浮かぶのは、拓海の姿だった。

杖を頼りに歩き、転びそうになっても笑いながら立ち上がる彼。
「できることを試す」――彼はその言葉を体現しているようだった。

「私には、そんなことできるわけない」
紗希は呟き、プリントを机に置いた。

だが、ベッドに横になっても、その言葉が頭から離れなかった。



翌日、リハビリ室に入ると、悠馬が紗希の近くに寄ってきた。
「おはようございます、吉田さん」

「……おはようございます」
紗希の声は小さかったが、悠馬は微笑んだ。

「体力測定会の参加者がどんどん増えていますよ。皆さん、どこまでできるか試すのが楽しみみたいですね」

「……そうですか」

悠馬はその言葉に反応せず、少し間を置いてから言った。
「吉田さんも、もし少しでも興味があれば、一緒に練習してみませんか?」

「無理です」
紗希の返事はいつも通りだったが、声の奥に何かを隠しているような気配があった。

悠馬はその様子を見逃さなかった。
「無理だと思っていることが、案外できるかもしれない。そう思ったこと、ありませんか?」

紗希は顔を上げ、悠馬を見た。その瞳は真剣だった。

「……私は、怖いんです」
思わず紗希の口から出た言葉に、自分自身が驚いた。

「何が怖いんですか?」

「動こうとして、できなかったら……そんな自分を見るのが怖いんです」

その言葉に、悠馬は深く頷いた。
「それでも、やってみる価値はあると思いますよ。たとえできなくても、それは何かを始めるための一歩ですから」

紗希は黙ったまま、目を伏せた。



その日の夕方、紗希はリハビリ室の掲示板の前に立っていた。
リストにはすでに多くの名前が書かれている。自分の名前をその中に加える勇気は、まだ湧いてこない。

「やっぱり、無理……」
そう呟き、紗希はその場を離れようとした。

だが、足を止めてもう一度リストを見た。
「……怖いままでいるのも、嫌だ」

紗希は小さく息を吐き、掲示板のリストに手を伸ばした。震える手でペンを握り、名前を書き加えた。

「……やってみるだけ」

紗希は静かにそう呟くと、リハビリ室を後にした。




体力測定会の当日がやってきた。
リハビリ室はいつもと違う賑やかさに包まれていた。患者たちはそれぞれの準備をし、スタッフがその様子を見守る。中には緊張している顔もあれば、楽しげに談笑する人の姿もあった。

紗希はリハビリ室の隅にいた。体力測定会に参加することを決めたものの、足元から冷たい汗が流れ落ちるような感覚に襲われていた。

「……何やってるんだろう、私」
その呟きが、自分でも驚くほどかすれて聞こえた。

「吉田さん」
穏やかな声に顔を上げると、悠馬が立っていた。彼は柔らかい笑みを浮かべている。

「準備は大丈夫ですか?」

「……正直、やっぱりやめたほうがいいのかもって思ってます」
紗希の声には弱さが滲んでいた。

悠馬は少し考えるようにしてから、ゆっくりと言った。
「そう感じるのは当然です。でも、ここまで決めた自分を信じてみませんか?」

紗希はしばらく沈黙していたが、小さく頷いた。
「……わかりました」

測定会が始まった。
順番に進む参加者たちは、各々のペースで体力を測る種目に挑戦している。障害物コースを歩く人、軽いストレッチ運動に取り組む人、それぞれの姿に周囲から応援の声が飛ぶ。

紗希の番が近づいてきた。
名前を呼ばれると、心臓が激しく鼓動を打つのがわかった。

「大丈夫。無理のない範囲でやればいいんです」
悠馬がそっと声をかける。その言葉に少しだけ勇気をもらい、紗希は車椅子を押して進み出た。

最初のメニューは、簡単な上半身のストレッチだった。
スタッフが姿勢を支えながら、腕を伸ばす動作をサポートする。最初は緊張で体が硬直していたが、徐々にほぐれていく感覚があった。

「いい感じですね。ゆっくりで大丈夫ですよ」
スタッフの声が優しく響く。

次に挑戦するのは、足を少しだけ動かすメニューだった。
紗希は車椅子に座ったまま、目の前に置かれた低い台に足を乗せるよう促された。

「無理せずにやってみましょう」

紗希は小さく息を吐き、脚に意識を集中させた。思うように動かない足に苛立ちを感じながらも、ゆっくりと力を込める。

「……できない」

そう思ったその瞬間、足が微かに動いた。
ほんの数センチ。それでも確かに、自分の意志で動かした感覚があった。

「いいですよ!その調子です!」
スタッフの声が弾んだ。

紗希はその言葉に励まされ、もう一度力を込めた。足はまた少しだけ動いた。

「……動いた」
その事実が、胸の奥に小さな火を灯した。

測定を終えて席に戻ると、拓海がやってきた。
「お疲れさん!頑張ったな!」
彼の言葉に、紗希は思わず顔を伏せた。

「……頑張った、っていうほどのことじゃないです」

「いやいや、そんなことないって。少しでもやろうと思っただけで十分だろ」

拓海の明るい声に、紗希は少しだけ笑みを浮かべた。

「……少しだけ、自分でも驚きました」
紗希のその言葉に、拓海は大きく頷いた。

「それでいいんだよ。少しでも自分で動けたら、それが次に繋がるんだからさ」

紗希はその言葉に深く頷いた。自分の中で、何かが確かに変わり始めているのを感じていた。


その夜、紗希は自室の窓から夜空を見上げていた。
体力測定会で感じた小さな達成感。それは、自分が長い間感じたことのない感情だった。

「少しだけ……進めたのかな」
呟く声が、夜の静寂に溶けていく。

紗希は目を閉じた。その胸の奥には、これまでとは違う感覚があった。それが何なのか、まだ言葉にすることはできない。だが、それでもいいと思えた。

明日もまた、少しだけ進める気がしていた。




第2章「揺れる希望」

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