クライアントの言葉、ちゃんと聞けていますか?〜ソシュールの言語学〜
理学療法士、作業療法士、言語聴覚士(療法士)のみなさん、クライアントの言葉を聞けていますか?
「当たり前じゃないか」と思われる方が大半かと思いますが、ちょっと待ってください。
ちゃんと理解できていますか?という質問にしたらどうでしょう。
クライアントがご自身の身体について語る言葉、不調を語る言葉、動きにくさを語る言葉、動きの変化を語る言葉、生活における困難を語る言葉…
療法士は毎日多くの『言葉』に出会います。
この『言葉』、全てそのクライアントだけの『言葉』であり、我々療法士にとって非常に重要な意味を持っています。
クライアントの『言葉』をちゃんと聞く、理解するために『言葉』についてちょっと知ってみませんか?
言語とは記号である〜シニフィアンとシニフィエ〜
言語学の祖とされるフェルディナンド・ソシュール(1857〜1913)は、言語は記号であるとし、言語はシニフィアンとシニフィエに分けられるという構造を明らかにしました。
シニフィアンは日本語では「能記」と訳され、「リンゴ」「apple」「mela」「pomme」といった音や文字のことです。ソシュールはこれのことを『記号』という風に言ったわけです。
一方、シニフィエは日本語で「所記」と訳され、次のようなものです。
お分かりいただけたでしょうか?
上の3枚のイラストは全て「リンゴ」であり、「apple」であり、「mela」であり、「pomme」です。
「リンゴ」という記号を耳もしくは目で受け取ったとき、人は何かをイメージします。
そのイメージはあなたが「リンゴ」という『記号』から連想する代表的なものに過ぎず、その『記号』を発した人にとって伝えたかった「リンゴ」ではないかもしれません。
しかも、上のイラストを説明するとき、言うもしくは書くのは「リンゴ」でも「りんご」でも「林檎」でも良く、「apple」でも良いわけです。
このシニフィアンとシニフィエの結びつきというのは恣意的であり、そこに絶対的な結びつきは存在しない、というのがソシュールの主張です。
クライアントの言葉を聞くために
「脚(足)が重たい」
「腕が重たい」
「脚が棒みたい」
「肩が硬くて腕が挙がらない」
これらはよく耳にする言葉ではないでしょうか。
これらの訴えは全てクライアントにとって事実ですが、表出された言語は記号に過ぎません。
この記号を受け取った療法士は、この記号を発したクライアントが何を伝えようとしているのか、記号になる前の経験を読み取らなければなりません。
そうでなければ、記号を解読する、シニフィアンからシニフィエを読み取ることができないからです。
このような視点に立てば、一つのシニフィアンを解読するためにはこちらから色々な質問をしなければならないことが分かります。
そう、一つの訴えを理解するためには、こちらから沢山の質問を投げかけ、その中身を明らかにしていくというアプローチが必要になるのです。
クライアントの言語を解読する(具体例)
例えば、「脚が重たい」とクライアントが訴えたとしましょう。
この言葉だけではその本質が理解できないので、色々と聞きたくなります。
■脚と言うが、どこが重たいのか?脚全体?どこか一部?
■何をするときに重たいと感じるのか?立脚?遊脚?
■静止時もずっと重たいのか?動くときだけ?
■そもそも脚?足?
■「重たい」ってどういう感覚なのか?本当に重量感?動きにくさを「重たい」と表現?
ただの質問ではなく、こちらから何か操作を加えることで訴えが変化するのかを確かめることもできます。
■立位で左右への重心移動を行うと「重たさ」は変化するのか?
■他動的に脚を持ち上げたときにも「重たさ」を感じるのか?
■歩行中であれば、どのような介助を行うと「重たさ」が軽減するのか?
などなど、確かめることはたくさんあります。
このように、たった一つの訴えであっても、それをちゃんと理解しようとすると、たくさんの手続きが必要になります。
クライアントの訴えは唯一無二のものです。
「脚が重たい」というのはよく聞く訴えですが、それは個人の経験を反映したものであり、個人の経験は唯一無二のものだからです。
まとめ
今回はクライアントの言葉・訴えを理解するために必要な考え方を、ソシュールによるシニフィアンとシニフィエという構造に基づいて考えてみました。
クライアントの発した言葉(シニフィアン)は記号に過ぎず、その記号に含ませたクライアントが伝えたかった内容(シニフィエ)とはイコールではありません。
ゆえに、私たち療法士は質問や介入を行う中で、クライアントの言葉の意味を考えて理解しようとしなければなりません。
人と人とは本質的には理解できません。
頭の中で考えていることを見ることはできないのですから。
大切なのは、相手の訴えや苦痛を理解しようとする態度ではないでしょうか。
クライアントの訴えの意味・内容がわかっていないのに、なぜそれを改善することができるのでしょうか。
臨床ではこのような説明になりますが、人と人とが会話する中において、どのような場面であっても必要な態度であり考え方かと思います。
ぜひ、表面的な言葉だけで理解せず、相手が何を伝えようとしているのか、少し立ち止まって考えてみてください。
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