紙面から飛び出した魂の演奏 - BLUE GIANT (オリジナル・サウンドトラック) / 上原ひろみ (2023)
私はたまに、映画館に音楽を聴きに行く。
日常ではありえないほどのボリュームと圧力で音を堪能できるのは、ライブ会場を除けば映画館くらいしかない。
ライブとはまた異なり、作品のメインストーリーの文脈の中で音楽を味わえるのが映画館の醍醐味である。
といっても、私は田舎に住んでおり、最寄りの映画館まで行こうとすると車で一時間のドライブが待っている。
そのため、これぞ、という音楽映画を年に一度観に行く程度なのだが、私はこの非日常を毎度楽しみにしている。
そんな中でも私が特に感動した作品が、昨年上映されていたアニメ映画「BLUE GIANT」である。
ジャズに青春を懸ける青年たちを描いた人気漫画の映画化作品であるが、今回はこの作品について、サントラの観点から語りたい。
まず原作について。
私は大学時代ジャズ研に所属しており、その部室に置いてあった原作の漫画を一通り読んでいた。
ジャズという音楽の自由さ、カッコよさ、音楽に対する衝動とそこから来る努力と葛藤、まさにジャズを通して青春を描いた傑作なのだが、一番印象的なのが、まるで本当にコマの中に入り込んで演奏を聴いているかのように、ダイナミックに音が伝わってくる表現である。
その勢いはまさにジャズが持つ情熱や高ぶる感情をそのまま紙に閉じ込めたようで、目で物語を追いながらもその刺激は耳をうずかせ、大いに心を動かされた。
原作漫画の魅力はその読者の想像の中に生まれる音の衝動であるため、映像化は難しいだろう、と思っていた。
下手に音源を付与してしまうと、その魅力が大幅に損なわれてしまう。
しかし果たして、2023年にこの作品は映画化されることとなった。
音楽を担当したのは原作のファンだというジャズピアニストの上原ひろみ。
期待と不安を半分ずつ胸に抱えながら車を走らせていた私は、上映が終わるころには感動でスクリーンの前に呆然と座るしかできなくなっていた。
そのストーリーはもちろんのこと、彼ら(劇中で主人公たちが結成するバンド「JASS」)の演奏は、漫画で読んでいた時に脳内で流れていたイメージと違わず、映画館の圧倒的な音圧をもって私の心に響いてきたのだ。
作曲した上原ひろみはもちろんのこと、実際にキャラクターの演奏演技も担当した馬場智章、石若駿の再現力には脱帽するしかない。
サントラの構成(=作品内の楽曲の選定)も素晴らしく、ジョン・コルトレーンでおなじみのスタンダード曲"Impressions"を冒頭で流すことによりスムーズに作品の世界へと観客、リスナーの意識を連れ込んでくれる。
"N.E.W"、"WE WILL"、"FIRST NOTE"といったJASSのライブ演奏シーンはもちろんのこと、"Kawakita blues"や"Samba five"など、主人公たち以外が演奏する楽曲も耳なじみ良く作り上げられている。
また、BGMとして収録されている楽曲も、ストリングスなどを導入しながらベースはジャズテイストで揃えられており、作品への愛を感じる。
音楽的にも素晴らしい作品であるが、特筆すべきは上原ひろみの演技力であろう。
この作品において、彼女は若き天才ピアニスト沢辺雪祈役としてピアノの演奏を担当しているが、雪祈の葛藤と成長を見事に演じ切っている。
本作においてサックスの宮本大は既にジャズマンとして完成した状態から物語が始まり、ドラムスの玉田は、初心者の状態から上達する様が描かれているので、紙面のイメージ通りの音を表現するのが非常に困難なミッションであったことは大前提として、比較的演じやすいキャラクターではあった。
それに対してピアニスト雪祈は、既に実力と名声を手にしながら、大や玉田と出会い、ともに演奏することで、より自分の内面を表現するために葛藤し、『内臓を抉り出すような』ソロを物語の中で体得してゆく様が描かれている。
ただ上手いだけの演奏と、心の底から自分のすべてを音にぶつける演奏、この二つを見事なまでに演じ分け、観客の感情を揺さぶった上原ひろみのピアノには心からの賞賛を贈るよりほかない。
クライマックスの"FIRST NOTE"では、演出上左手しか使えないという制約の中で、片手に音楽への情熱をすべて託したかのような魂の演奏が披露されており、圧巻の一言に尽きる。
叶うことなら、記憶を消してもう一度、映画館でこの感動を味わいたい。
これまで生きてきた中でも、ダントツで最高の音楽映画体験である。
原作のファンはもちろん、上原ひろみのファン、そしてジャズのファンにも、サントラだけでも良いからお勧めしたい。