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うた

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気ままに書いた散文詩や、短編小説たち。 一話完結のものを集めました。気軽に読んでやってください。
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#ファンタジー

魔人の燐寸

魔人の燐寸

 金色に燃え上がる林檎は、眩しく、暖かく、夜空に高く浮いてまるで太陽のように豊かな光を降らせると、華やかに散りました。後には星屑が舞っています。アンネは感動でくっと息を飲みました。
 少女の手には、森の中で見つけた燐寸(マッチ)がまだ二本、握られています。その燐寸が入っていた箱には、こう書かれていました。

《森で見つけた枯れ枝にこの燐寸の炎を移して、捧げ物をくべなさい。それに見合う幻想をお見せし

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【短編】雨の秘境

【短編】雨の秘境

 夕焼けは煮え崩れる玉ねぎのように甘く溶けだして、降り止むことを知らない雨を黄金に染めた。

 千年もの間、雨が降り続けている街・深水(シンスイ)は、区域全体の九割が水の中にある。この永い雨災に見舞われるようになってから、深水の民は水に浮く建物を造るようになり、その中で暮らすようになった。人間の「慣れ」というのは凄まじいもので、百年も経てば皆、この不思議な暮らしぶりにすっかり適応した。それから千年

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【掌編小説】サラマンダーの息吹

【掌編小説】サラマンダーの息吹

 風の色に鉄錆のような赤が混ざり始めたのを見て、ムゥジは慌てて自宅へ駆け戻った。
「赤風が来そうだ」
 ムゥジが戻ってきたのに気がついたドリィは、
「あら、今日はそんな予報あったかしら」
 と首を傾げる。
「最近は急に赤風が吹くことが多くなったからなあ。もうこの村も住めなくなる日が近いのかもしれん」
 ムゥジは静かに眉根を寄せながらゴーグルとマスクを外すと、身体中に付着した赤風の粉を吸着シートで拭

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架空植物記《ヨルアオイ》

架空植物記《ヨルアオイ》

 月の色に染まりあがった夜花を見て私は息を飲んだ。
眩い銀色の花弁からはらりと露を零すと、耐えかねたようにひとつ、またひとつ、花が崩れていった。 

 ヨルアオイは自ら死を選ぶ珍しい植物だ。
 中秋の満月の日に一斉に溶けだしてしまうことで、辺り一帯を水溜まりに変えてしまう。そうすると、そこにいたほかの植物たちはじき死んでしまうのだ。
 今まさに、美しい花の群れはみるみるほどけてゆき、次第に満月のよ

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エメラルドの洞窟

エメラルドの洞窟

『海の日を待って、それでもその絶望が氷解していないというなら、エメラルドの洞窟にお連れいたしましょう。そうすれば安らかに眠ることができますから』

 夏の青い葉が、陽光にきらきらと輝くのを見て、ふと玲子の脳裏に幼少期の記憶が蘇りました。

 それは、まだ小学生だった玲子が薄着のまま雪の中を彷徨っていた時のことです。幼心に絶望を抱えていた彼女は、冷たい白銀の風に身を任せて、自らの生命すら凍らせてしま

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