千里 隼人 (CHIRI Hayato)

いろいろな文章を書いていこうと思います。

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マガジン

  • 〈介護ブログ〉88才の母とハグする #888889

    私にも、突然、親の介護がやってきました。その記録です。

  • Book Review

    読んだ本の感想を書いています。 本を読むことが好きだが、特に、例えば公園の木陰のベンチでの読書は格別に気持ちよく感じます。

最近の記事

〈介護ブログ〉88才の母とハグする   3月④

 X医師の診察が終わった夜は、寝ていて腰の痛みが増したとのことで、翌日は一日家にいた。足のむくみにも痛みを感じるという。  この次の日は(意外にも)腰の痛みがさほどひどくないということで、近所のフードコートにランチに行く。これも今思えばよくそうしていたなということだが、フードコートの席からトイレに母一人で、よろよろしながら、歩いて行っていた。途中で何かあって戻ってこられなかったらどうしようという思いが頭をよぎりながらも、一緒についていくまでのことはしていなかった。  前回の診

    • 〈介護ブログ〉88才の母とハグする   3月③

       母は激痛を抱えながら(そして自分も)3週間待っての来院に、当然痛みの緩和、あるいはその方向に希望を持てることを期待していた。しかし、X医師から出た言葉は「次はMRI」という検査のステップだった。  検査のステップであるならそれはそれで前回レントゲンを撮った後、なぜその日にこの判断がなかったのか不思議だった。でもMRIで詳細が分かるのであればと、とにかく早く次に進みたい気持ちだったため、そこに触れるのはやめた。それに言ったところで事態が変わるわけでもない。  ただ、さらに追い

      • 〈介護ブログ〉88才の母とハグする   3月②

         3週間後の診察を待つ間は、とにかく家でじっとしているしかなかった。 とはいえ、じっと過ごすようにしていると、少しは痛みが和らいでいるようでもあり、元々予定していた白髪染めシャンプーを自宅風呂場でしてあげた。風呂用の椅子に座ったとはいえ、今思えばよくできたと思う。立ったり座ったり、シャンプーの姿勢を保つのも、すごい痛かっただろうに。  腰を痛めてからはベッドに寝ることができず、椅子に座って寝ることにしたのだが、2・3日して足がむくんできていることに気づく。ふくらはぎのマッサー

        • 〈介護ブログ〉88才の母とハグする   3月➀

           美容院に出かけ際に玄関で靴を履いた時、ぎっくり腰になった。いつもの動作で何で?と思った。人生5度目くらいのぎっくり腰だ。ひどくならなければいいなと思いながら、そのまま出かけた。   美容院でFさんに、なんとなくぎこちない歩き方をしているのを気づかれた。シャンプー台に寝る時大丈夫かな?と気になったがひどいことにはならず終わってよかった。  その一週間後だった。母と品川にランチに行く予定だった(と思う)が、母も腰痛がひどいということで近所のフードコートで済ませることに変更した(

        〈介護ブログ〉88才の母とハグする   3月④

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        • 〈介護ブログ〉88才の母とハグする #888889
          5本
        • Book Review
          24本

        記事

          〈介護ブログ〉88才の母とハグする #888889

          2024年 episode1  母が死ぬ時、あるいは母の死を意識する時は、どのようにやってくるのかとふと思ったことがあった。  母は、内臓系の検査の数値は多少基準値を超えるものがあるものの、それらが原因で急遽体調が悪くなったり入院したりということは今のところ想像の範囲外だ。母の家に行ってドアを開ける時、もしかしたら母が倒れているかもしれない、と何の根拠もなく、あくまで例えばという感じで時々思うことはあった。  数年前のことだが、一度、美容院の帰りに足が動かなくなり有楽町駅で

          〈介護ブログ〉88才の母とハグする #888889

          「スイート・マイホーム」神津凛子

           本書は、第13回小説現代長編新人賞受賞作。ジャンルはホラー小説というのかミステリーというのか。いずれにせよ、あまりこのジャンルは読まないのだが、2023年に映画化されたということで、手に取ってみた。  長野に住む夫婦と乳児ひとりの三人家族が今はアパート暮らしだが、念願のマイホームを購入することになる。この新居を舞台に、奇妙な、悲惨な出来事が起きていく、というのが本書の概要である。  著者のインタビュー記事を読むと、事前にプロットは作らずに思いのままに書き進めていったとのこと

          「スイート・マイホーム」神津凛子

          「ひなた」吉田修一

           前回に続き、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2003年から2004年にかけて「JJ」に連載されたものだ。全16回の連載という枠があらかじめ決まっていたとのことで、春・夏・秋・冬という4章の中に4人の登場人物の話がそれぞれ展開されるという構成になっている。ちなみに連載時は「キャラメル・ポップコーン」というタイトルだったそうだ。これは第一話の中のワンシーンから取ったと思われるが、確かに改題した「ひなた」の方が全体の世界観を表していて、いい感じがする。  読み始めはノリ

          「ひなた」吉田修一

          「静かな爆弾」吉田修一

           今回は、吉田修一の少し古い作品を取り上げる。本書は2008年の発行で、2006年に中央公論に連載されたものをまとめたものである。  主人公は、30をちょっと過ぎたあたりの「俺」。仕事はドキュメンタリーの制作をしていたが、バラエティ担当に異動になり、そのことを不本意に思っているらしい。そして、今もドキュメンタリー制作に関わり続けている。社内的には「兼業」ということになっているようだが、ある種“放置”されている雰囲気も感じ取れる。  冒頭、「俺」は公園で響子と出会い、付き合い始

          「静かな爆弾」吉田修一

          「金閣寺の燃やし方」酒井順子

           著者・酒井順子が本書を書いたのは、三島由紀夫「金閣寺」と水上勉「五番町夕霧楼」が金閣寺放火という同じ事件をモデルにしていたという事実を知ったのがきっかけとのこと。酒井順子にとってこれは「驚愕の」事実であったらしい。こうして、全く個性の異なる二人の作家は、金閣寺を通じて、酒井順子の中でつながることとなった。  私はというと、水上勉のことはほとんど知らず、「五番町夕霧楼」という名は――酒井順子と同様に――そんな映画があったような気がする、という程度である。一方、三島由紀夫作品は

          「金閣寺の燃やし方」酒井順子

          「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

           本書は2021年から2022年に「サンデー毎日」に連載されたものである。ちょうどコロナ禍の時期であり、週刊誌連載であれば同時並行的にコロナを機に改めてあらわになる社会の不可思議なものを浮き彫りにする小説を書くこともできたであろうが、本書は30年ちょっと前の、いわゆるバブル経済のピーク前後が舞台となっている。  主人公は1986年に証券会社に入社した同期二人の女性だ。同期といっても、一人は高卒、もう一人は短大卒なので2歳違いであり、職種も異なる。この違いが、この後起こる様々な

          「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

          「キリエのうた」岩井俊二

           ルカはキリエ、マオリはイッコ。本書の二人の主人公は、いずれも二つの名前を持っている。  人はどんな時に二つ目の名前を持とうとするのだろうと考えた。  まず、過去を忘れたい時、それまでの人生をリセットしたい時に、新たな名前で再出発するということがある。この場合、前の名前に付随した人生の記憶を無かったものにしたいという気持ちが強い。  別のパターンとしては、もうひとつの「今」を生きるための名前として用意するということがあるだろう。タレントの芸名であったり、小説家や漫画家がペンネ

          「キリエのうた」岩井俊二

          「差別の教室」藤原章生

           「いじめや無視は差別である」  本書の冒頭部分にあるこの記述を見て、え、そうなの?と思った。さらに読み進めていくと、他にも著者の「差別」という言葉の使い方、意味の持たせ方になんとなく違和感を覚える箇所が、何度か出てきた。「差別」ということに対する自分の理解が他の人と(著者と)意外と異なっていることに気づいた。  著者は自分の体験を紹介して「これは差別だった」「自分は明らかに〇〇を差別していた」などと差別への気づきや問題提起をしているのだが、私は「それは差別ではなく馬鹿にして

          「差別の教室」藤原章生

          「楡家の人びと 第二・三部」北杜夫

           第一部では、院長・基一郎の死に私は不意を突かれ、そのあっけない終わり方がますます第二部以降の楡一家、楡病院の行方に対する私の関心を高めたのだった。  そのような期待を持って第二部を読み進めた。予想としては基一郎に代わって徹吉が院長となり、あるいはそこに龍子も存在感をさらに増して、新たな楡病院の物語が語られていくというものだった。しかし、そうではなかった。つまり、本書は病院の物語というものではなく、この一家周辺の人物についていろいろと語られていく、まさに楡家にまつわる「人びと

          「楡家の人びと 第二・三部」北杜夫

          「楡家の人びと 第一部」北杜夫

           本書は著者・北杜夫の一家の物語をモデルにした、3部に渡る大作である。当初は全部を読み終えての感想を記そうと思っていたのだが、第一部だけでも非常に読み応えがあったので、第一部単独で書くことにした。  舞台は東京・青山の病院で、実際に著者の祖父が明治末に開業したものである。関東大震災で大きな被害に遭い、さらには翌年、火事で全焼してしまったというが、この事実は小説においても踏襲されており、その後、本書の主人公である院長の楡基一郎――前述の祖父がモデルである――が病院再建に向けて動

          「楡家の人びと 第一部」北杜夫

          「コメンテーター」奥田英朗

           奥田英朗は面白い。  もちろん、奥田英朗「の小説」は面白い、という意味だが、トンデモ精神科医・伊良部シリーズ17年ぶり(!)の新作という本書を読んで、改めて感じたことだ。  本書は表題作の他4編、計5編の短編で構成されており、ひとつは2007年、あとの4編は2021年~2022年の間にすべて「オール讀物」に掲載された作品である。  奥田作品にはこの伊良部シリーズの他にも短編があり、それらはいずれもユーモアがありコミカルなテイストで楽しく読める。加えて奥田英朗の面白いところは

          「コメンテーター」奥田英朗

          「門」夏目漱石

           「門」もやはり初めて読んだ時よりも、今回の方が面白かった。私は常に一読ではきちんと読み込むことができず、それはそれで面白かったとしても、二度三度と読むたびに面白さが積み重なっていくことが多い。  夏目漱石の登場人物というと「高等遊民」が印象的だが、「門」の主人公・宗助は役所勤めである。この宗助が職業だけではなく、普通の、庶民的というか非凡さは感じられない気質を有している点が、私にとってはとても共感できる人物像となっている。解説(新潮文庫)の柄谷行人は「中年の日常をはじめてと