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「真珠とダイヤモンド」桐野夏生

 本書は2021年から2022年に「サンデー毎日」に連載されたものである。ちょうどコロナ禍の時期であり、週刊誌連載であれば同時並行的にコロナを機に改めてあらわになる社会の不可思議なものを浮き彫りにする小説を書くこともできたであろうが、本書は30年ちょっと前の、いわゆるバブル経済のピーク前後が舞台となっている。
 主人公は1986年に証券会社に入社した同期二人の女性だ。同期といっても、一人は高卒、もう一人は短大卒なので2歳違いであり、職種も異なる。この違いが、この後起こる様々な出来事に対する視点の違いを表すことに自然に効果的に機能することになる。
 いわゆるバブル経済というものを振り返ってみると、1989年12月29日の大納会に38,915円87銭という最高値をつけたのが日経平均株価のピークである。彼女たちが入社する前年の1985年12月最終日終値は13,113円32銭だったので、この5年間に日経平均株価は約3倍に、まさに膨れ上がったのだ。そして翌年の1990年から急激に下落し始めた。1990年12月最終日終値は23,848円71銭ということで、1年間で約40%も下がったのだ。この急激な変化に飲み込まれた主人公たちの人生を、手加減なく悲惨な姿として映し出したのが本書であり、著者・桐野夏生らしい描き方であると感じた。
 物語は1986年の入社から1990年、元号が平成に替わって2年目の5年間に繰り広げられた出来事が描かれている。単行本上下巻でトータル600ページを超えるボリュームであるが、一気に読める。読みやすい文章と構成で、流れるように読み進んだ。
 しかし一方で、登場人物に一体化するように気持ちがのめり込んでいくという状態にはならなかった。主人公たちは極悪ではないし、特別奇妙なキャラクター設定でもない。言ってみれば身の回りによくいそうな人たちだ。ただ、親しみを感じるわけでもない。スピーディに進んでいく物語に身を任せながら、登場人物からちょっと距離を置いて眺めている、そんな感じの読み方だった。
 本書は、特定の人物に自分を投影するとか、すごい嫌な奴に対してイラつき、実は結果として思い切り小説世界に感情移入していた、というような心理状態を生じさせる小説ではない。その時代、その社会の空気――本書で言えばバブル――、そしてそこに生きる人間(という生き物)を知る小説なのだと思った。


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