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『別れを告げない』(著ハン・ガン/齋藤真理子訳/白水社/2024年)

主人公キョンハと古い友人であるインソンが、済州島4・3事件を生き延びた母の記憶と情熱をたどりつつ、過去の痛みを抱きしめ、苦しみながらもこれからを生きようとする物語。

キョンハはソウルで働くライターである。体の不調や悪夢に見舞われながらも、何とか生きている。いや、死んでない、という方が適切かもしれない、
何しろ遺書まで準備していたのだから。そんな彼女のもとに、数年間音信不通だったインソンからSOSの連絡が届いたことから、物語は動き出す。

生まれ故郷である済州島で大けがを負い、ソウルの病院で手術を受けたキョンハが、ペットのオウムの様子を見てほしいと、キョンハに連絡したのだった。その願いを受け入れ、済州島に向かったキョンハだが、待ち受けていたのは猛吹雪。まったく土地勘のない場所を、『足以外の全身をダウンコートの中に押し込み、フードの奥まで頭とほほを埋めたが、花の右側とまぶたに振ってくる雪だけは防ぐことができない』(p.119)と、真冬の厳しさに直面するキョンハ。しかしたどり着いたインソンの家では、すでにオウムは死んでしまっていた。

こうして展開される物語に合わせる形で、済州島事件と呼ばれる出来事の経緯が、徐々に明らかにされていく。最初のページと訳者あとがきにあるように1948年に発生したこの事件は、国家権力によって3万人ともいわれる人が虐殺されたものだが、その事実は数十年間国家によって隠蔽され、いまだに全貌が分かっていないことも多いという。私も韓国出身の友人に話を振ってみたが、一瞬苦笑いをされてしまった。私は韓国史に詳しくないが、韓国でも済州島事件を語ること自体、まだタブー視される向きが強いのではないかということが、本文に記載される凄惨な殺戮の描写や、それを哀悼し続けるインソンの母の態度からは容易に察せられた。ある程度、国民の共通の(負の)歴史となっていれば、かくも鮮明に書かなくとも、ピンとくるはずだからだ。国家権力による人々の虐殺とその隠ぺいという、洋の東西を問わず、現代でも繰り返されている問題の悲惨さ、そしてそこに個人で立ち向かう人の強さを味わうことが、この作品の一つの読み方であることは間違いない。

但し勿論それでだけではなく、『だよね…まあそうだよね…といつものように会話を締めくくる人のため息交じりの独り言のように(中略)誰かの方に乗せようとしたが途中で止まり、度超え降ろしたらいいのか戸惑っている指先のように、雪片たちは黒く塗れたアスファルトの上に降り立つとたちまち跡形もなく消えてゆく。』(p.80)のように、雪にまつわる描写の巧みさが、読後私の脳裏に深く焼き付けられた作品でもあった。物語序盤、一人でインソンの生家に向かうキョンハに降りかかる雪は刺すように激しく、死をイメージさせるが、終盤でインソンも合流し、2人でインソンの母の軌跡をたどった時に積もりゆく雪にそのような激しさは感じられない。


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