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映画『ある一生』感想
予告編
↓
積み重ね
オーストリアの作家、ローベルト・ゼーターラー氏による世界的ベストセラーを実写化した本作。タイトル通り、ある男の、ある一生についての映画。アルプスの美しい情景と共に描かれる一人の男の人生を眺めていく、寓話のような物語。まずは〈幼少期〉から始まり、次に〈青年期~壮年期〉、そして最後に〈老年期〉と、大まかに三ブロックに分けて章立てられており、それぞれで、主人公アンドレアス・エッガーを演じる俳優も異なっています。
そんな本作は、「哲学的~」だなんて言ってしまうと安っぽいというか、また違う気もするのですが、どこか自分自身の〈人生〉や〈生きる〉といったことについても改めて考えてみたくなってしまう……。そんな余韻をもたらす映画。およそ2時間弱の上映時間とは思えないほど見応えのある一本でした。(ちなみに原作本は未読のまま観に行きました。)
——「もっと大きなスクリーンでも味わいたい」——そんなことさえ願ってしまうほど雄大で美しいアルプスの景色ですが、スクリーンいっぱいに広がる絶景が魅力的だったからこそ、逆にその一切が見えなくなる瞬間もまた忘れられません。
劇中でいえば中盤くらい、主人公・アンドレアス(シュテファン・ゴルスキー)が最愛の女性・マリー(ユリア・フランツ・リヒター)にプロポーズする場面。スクリーンにはアンドレアス、もしくはマリーの顔しか映らないほどアップで映されており、作中で唯一、その場の人物以外が画角に入ってこない。周囲に何も無い、アルプスの山々を見渡せるような開(ひら)けた場所において、そんな空間とは対照的にとても小さな空間を切り取っていた素敵な瞬間。息遣いすら手に取るようにわかる距離感が二人の親密さを窺わせる上、他には何一つとして見切れることがない構図のおかげで、互いにとって相手の存在が如何に大きなものなのかもよくわかる。愛の言葉を伝えるようなシーンでここまでの接写は、なかなか珍しいんじゃないかな? 少なくとも僕は他に思い当たりません。
……挙げれば切りがありませんが、以上のシーンも含め、素敵なシーンが幾つも見受けられる本作。とはいえ、実のところそういった「点」だけで語るばかりでは、本作の魅力を伝えるのは難しい。劇中に出てきたセリフを引用するなら、“積み重ね”。たった一つの点だけではなく、その連なり、積み重ねこそが〈今〉になり、それぞれにとっての〈人生〉や〈生きる〉にさえ繋がり得る。
主人公の老年期(アウグスト・ツィルナー)を描く後半。とある偶然で知り合った老齢の女性教諭とアルプス山脈に行楽へ出掛けることに。高い場所から眺め見やる絶景に感動する彼女とは対照的に、どこか落ち着いた様子で腰を下ろしていたアンドレアス。
ロープウェイという、近代化がもたらした恩恵のおかげで気軽に絶景に触れることができるわけですが、そのロープウェイが完成に至るまでに多くの犠牲が払われていたこともまた事実。今、目の前の絶景に感動する人物のすぐ横で、対照的な居住まいを見せるアンドレアスの姿からは、そんな “〈今〉に至るまでの積み重ね” を強く想起させられます。
ネタバレ防止のため詳細こそ割愛しますが、彼の生涯には様々な不条理や不幸がありました。それでいてなお、例えば予告編のナレーションでは「彼は幸せだった」なんて語られていましたし、僕自身、本作を観て、彼の生涯は美しいものだと感じてしまいました。その理由を知るためには、実際に本作を観て感じ取るより他には無いのは重々承知の上ですが、あくまでもこの場では、僕の個人的な感想を述べていきます。
幼少期のアンドレアス(イヴァン・グスタフィク)にとって心の支えであったアーンル(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)が口にした「いつかよくなる、そういうもの」というセリフはとても印象的。あくまでシーン上は、アンドレアスの脚の怪我についての言葉でしたが、単に楽観的、楽天的なニュアンスのみで片付けられてはいないように思えたんです。この言葉を象徴するかのように、アンドレアスは艱難辛苦の中にありながらも誠実に、懸命に、そして直向きに生涯を送っていました。「いつかよくなる、そういうもの」という言葉が、まるで人生そのものを喩えているようにも思えてきます。だからこそ、そんな彼の生涯は美しく、幸福であると信じられる。
一方で、アンドレアスとはまた別の不幸に見舞われていた義父・クランツ(アンドレアス・ルスト)の存在が再び描かれたことも、主人公との対比になっていて、非常に重要だったと思います。「殴り殺してくれ」などと自棄になってしまうほど、生きることや人生について悲観的になっていましたが、それはアンドレアスとは対照的に、同情も肯定もできないような生き方をしてきたから。これらもまた、〈積み重ね〉によって人生や為人が構築されていることを改めて意識させてくれるものなのかもしれません。
不幸それ自体を「良し」とするわけでは決してありませんが、これまでの人生があってこその〈今〉、或いは〈今の自分〉。だからこそ、これまでの人生を否定しない。義父のクランツの話に準えるならば、逆に言うと肯定できない生き方は、真に人生の幸福には繋がり得ない。
……僕みたいな若輩者が人生を語るなんておこがましいでしょうが、ある男の、ある一生を追体験できるような2時間弱の映画体験によって、そんなことを考えさせられてしまいました。
ちょっとした「よもやま話」といいますか……。アルプスの情景も綺麗だったし、周りに何もないからこそ、風の音とか、その場の空気感を醸成してくれるような音の一つ一つがとても繊細に感じられて……。
新宿武蔵野館に観に行ったんですけど、何の偶然か、音響が調子悪かったみたいでww
しばしば「バリッ…バリッ…」とか「バチ……ッ」といった、ノイズが紛れ込んでいまして、もうね。音響に関しては素人なのでサッパリですが、接触不良のような、音が割れたような、残念な事態に(泣)。
他のお客さんがスタッフさんにお伝えしてくれていたみたいですし、もう改善されているとは思いますが……もし上映が続いているうちに直っているなら、もう一度観に行きたい……っっ!!!