37 望まない現実が在る理由
生まれてから死ぬまで気持ち良いことばかりで過ごしてみたい。それが人間の素直な願いだと思います。だからこそ、心地よくなるためにどうしたら良いだろうと自分なりに考えたり、観察したり、助けを求めたりして、人生を生きているのだと思います。なぜ「生まれてから死ぬまで気持ち良いことばかりで過ごしてみたい」という発想になるかといったら、人生は良いことばかりではないことを、生まれてまもない頃から体験しているからです。
思い通りにならないこと、思いもよらないアクシデント、納得いかない人間関係、願った覚えのない境遇・・・。生まれたばかりのあかちゃんも、この世には不愉快なことがあると知る。排泄したら気持ち悪いし、いつのまにかお腹が空く、それなのに意思疎通が難しい大人たち。だから大きな声をあげて泣き、自分の求める快適さを追求しているのです。もう生まれながらにその力が備わっています。
でも少しずつ社会性が身についてくると、その本能的な欲求を抑える術を身につけます。それも自分を心地よくするものでもあるからです。例えば、自分が泣いていると、親が怖い顔をしているけれど、笑っていれば怖い顔をみなくて済むとか、親の気に入ることをすれば褒められたり、先生の言うことを聞けば優等生扱いをしてもらえたりする。社会的欲求が満たされるのです。
そうやって大人と言われる年齢になったのが私でした。精神は全く子供のままでしたが、赤ちゃんの時の自己主張するパワフルさは失っていました。いつも誰かに認められたくて頑張ってしまい、人の顔色を伺い、人の話を聞いて簡単に影響され、本能的な自分を戒めながら、洗脳されただけの正義や正しさを生きていました。
ところが、努力と根性で心地よさらしきものを手に入れられるようになり、そろそろ社会的にも誰もが認めてくれる自分になったなと思った時、娘が突然自殺してしまったのです。築き上げてきた全てが崩れ落ち、私は絶望の底に一瞬のうちに叩きつけられました。自分ではどうにもできない望まない現実でした。
それまでは、どんな望まない現実も、頑張って変えたり、無理矢理良い解釈をして、なんとかやり過ごしてきたのですが、娘の死となると話は別です。誤魔化しようのない、正当化しようのない、変えようのない望まない現実でした。残された側の苦しみがわかるが故に死ぬこともできません。それに残された二人の娘のことは大切です。とにかく生き続けることにしました。
そしてとにかく生き続けるために、自分が少しでも辛いことは放棄し、感情のままに発散し、わがままで自由過ぎる自分を許しながら、まるで赤ん坊のような精神で、生き始めたのです。それはいわば、現実がどうかに関係なく、もともと備わっていた自分らしさオンリーの、自分の好みで、自分の生きたいように生きる自分でした。
すると、ここまで書いてきた通り、さまざまな気づきや学びと、幸せで感謝したくなる世界が、その絶望の底に見えてきたのです。引きこもっていても許されていて、泣きじゃくっても寄り添ってくれて、怒りが爆発しても分かり合えて、頑張って働かなくても協力してもらえ、教えられてきた正義や正解を生きていなくても、愛されてしまう世界でした。
そもそも私は何も持っていなくても幸せだったのです。現実に合わせようとしなくても、そのままで幸せだった自分を発見しました。望まない現実のおかげで、絶望の底に住まうようになり、現実を捨てることができ、自分に身につけていた「現実に対応するための全て」をも削ぎ落とし、赤ちゃんのようなありのままの自分になることができたのです。
望まない現実は、悪ではなく大きな愛でした。望まないことは、望んでいることを浮き彫りにしてくれます。そしてその望みに従って生きていくことで、過去にどんなに頑張っても見つけられなかった、自分とは何者なのか何をすべきかという答えや、心地よく幸せな場所や、この世の真実に触れることになり、今では別世界を生きているようです。
しかも、過去を捨てたにもかかわらず、私の肉体が覚えているスキルは使い放題です。今の自分ではできないであろう、無理や頑張りを、過去の自分がしてくれていたからこそ、今私は幸せに生きながらも、身につけたスキルを駆使して、自分の使命が果たせていると思うと、望まない現実を引き寄せた過去の自分にも労いと感謝を述べたくなるのです。
望まない現実によって手放したものは確かにあるはずですが、私は何も失っていないように感じるくらい喪失感がありません。もちろん娘の肉体はありませんが、いつもそばにいます。肉体を持っていた時よりも親密だと感じるくらいです。そして肉体がここに見えなくても、魂が繋がって、いつでも愛し合えるのであればこれで良いと思える、現実に拘らない自分も手に入れていることも考えると、望まない現実というのは、自分の器を無理矢理大きくしてくれる、ちょっと強引な愛なのだと思えるのです。でもそれってとても愛されているのを感じるのです。ありがとうございます。
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