🔶私の好きな奈良：世尊寺 日本初の木彫り仏像を安置 太子と推古建立の東西塔

写真は、奈良県南部、大淀町にある世尊寺（せそんじ）です。

一見、田舎にある寂れた古寺ですが、実はこの世尊寺、古くは比蘇寺（ひそでら：比曽寺、窃寺）、吉野寺、現光寺、栗天奉寺と呼ばれ、日本で始めて造られた木彫りの仏像である「放光仏」が祀られていたということで日本書紀にも記載のある由緒ある寺なんです。

古くは聖徳太子が建てた東塔（豊臣秀吉、徳川家康の手を経て現在は滋賀県の園城寺:おんじょうじ に移設）、推古天皇が建てた西塔があった（いずれも現在は塔跡のみ）などの由緒があり、平安時代には清和天皇や宇多上皇、藤原道長も参詣するなど、歴史的に大変重要な寺でした。

日本書紀や日本霊異記（りょういき）などの記載を参考に、現在の世尊寺について見ていきましょう。

山門

海に浮かぶ光る木で作った仏像

百済の聖明王から日本に仏教が伝えられたのは、552年のことです。

これに対し大和の国では、ごく大雑把に言うと、積極的に仏教を取り入れ大陸の進んだ文化に伍していこうとする新興勢力・蘇我氏ら「崇仏派」と、日本古来の神に仕え独自の文化を守ろうとする天神系氏族・物部氏ら「廃仏派」に反応が分かれ、勢力を争う状況でした。

日本書紀には、欽明天皇13年（552年）10月の項に、百済の聖明王から送られた金銅仏を、蘇我稲目が小墾田の家に安置し、向原（むくはら）の家を寺（＝豊浦寺）にしたこと、その後に病気が流行して多くの人が死んだこと、廃仏派の物部氏らが（疫災を異国の蕃神のせいだとして）寺を焼き払って仏像を難波堀江の海に投げ棄てたことが記載されています。

翌年5月の項には、茅渟海（大阪湾）から仏教の楽音がし、そこには樟が海に浮かんで照り輝いていたため（方光木）、天皇に献上し、画工に命じて仏像二体を造ったこと、それが（豊浦寺から移され）吉野寺で光を放っている樟の像（方光仏）であることの記載があります。

同じく日本書紀には、敏達天皇14年（585年） にも疫病が流行り、ふたたび物部氏が蘇我氏の建てた豊浦堂や渡来仏を 焼き、あるいは難波堀江に棄てたと記載されています。

その後、推古天皇3年（595）、淡路島に香木・沈水香（じんすいこう）が流れ着いた記載があります（香木の日本の史書における初見）。島人によって燃やされた煙が遠くまで薫ったことを知った聖徳太子が、この木が南海に自生する栴壇（せんだん）という香木であるとして天皇に奏上したところ、喜んだ天皇は匠に命じてこの香木で観音像を作らせ、吉野の比蘇寺に祀ったとあります（聖徳太子伝暦）。

日本霊異記では、豊浦堂への放火があった際に池辺直氷田（いけべのあたいひだ）が放光仏を稲の中に隠した、と記しており、仏教の受容をめぐる一連の騒動が落ち着いたあとで放光仏は取り出され、吉野の「窃（ひそ）寺」に安置されたとあります。

つまり、日本に最初に伝えられた金銅仏など複数の仏像は、敏達期までに複数回にわたり物部氏らによって焼かれあるいは棄てられたけれども、大阪湾に流れ着いた方光木から彫られた日本最初の木造仏は難を逃れ、その後推古期に香木から造られた観音像とともに比蘇寺（現在の世尊寺）に安置された、となりますね。

現光寺縁起絵巻

寺には、「現光寺縁起絵巻」という絵巻物が伝わっています。上下２巻からなるこの巻物は、上下それぞれ約９メートルの長さがあり、飛鳥時代の創建から、鎌倉時代の再興までの縁起が記されています。

上巻は、放光木で作られた日本最古の釈迦・観音像の由来と、２体の仏像が現光寺（＝世尊寺）にまつられるまでの由緒が語られ、下巻は、流れてきた沈水香で作られた十一面観音像と聖徳太子像のこと、比蘇寺や現光寺の名称のこと、栗天八一（りってんはちいち）の山号の由来、伽藍の様子や天皇の行幸などが描かれています。