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「MVP=機能削減」は大間違い? 新規事業開発で陥りがちな落とし穴と本当の要点


はじめに:MVPとは何か、なぜ多くの現場で口だけになりがちなのか

まず、本記事で扱う**MVP(Minimum Viable Product)という概念は、プロダクト開発や新規事業に携わる方であれば一度は耳にされたことがあるでしょう。言うまでもなく、MVPは「顧客のニーズを満たす最小限のプロダクト」**を指し、アジャイル開発やリーンスタートアップで広く活用される手法です。
「仮説検証をリーンに行い、必要最低限の機能に絞って素早くユーザーに届ける」――これは理想としては多くの現場で共有されているにもかかわらず、実際には「あれもこれも入れたほうが便利では」「この機能がないと導入してもらえないのでは」という声に押され、いつのまにか肥大化したMVPが出来上がることが少なくありません。

特に、新規事業をゼロから立ち上げる段階では「リリース時点で最低限どこまで機能を整備すべきか」について、悩む場面が非常に多いでしょう。ある程度成熟したプロダクトで行うABテストならばデータをもとに検討しやすい部分もありますが、新しいプロダクトは、ユーザー層や市場ニーズの見極めがまだ曖昧な状態からスタートします。そこに「MVP! MVP!」と声を掛け合いながらも、実際には欲張りな仕様になっていく――そんな現場のリアルをテーマに、本記事では新規事業の初回リリースの難易度PMF(Product Market Fit)に至る各フェーズでのMVPの捉え方、そして具体的な事例を交えながら考察を深めます。

MVPの本質:本当に「最小限」であることの難しさ

改めて、MVPの概念を整理しておきましょう。MVPは、「顧客のニーズを満たす、最小限のプロダクト」です。「最小限」とはあくまでも「検証したい価値に直結する機能だけを搭載する」という意味であり、必ずしも完成度が高い状態を指すわけではありません。

しかし現場では、「ユーザーがこう言うのではないか」「ここが不足すると定量的な成果が出ないのではないか」という不安が先行し、機能が膨らんでいくケースが非常に多い。結果、「MVP」という言葉だけが先行し、実は“最小”とはほど遠い仕様になりがちです。

新規事業では、既存のプロダクトをリプレースできるよう、なおさら「機能を盛り込みたくなる」誘惑が強いものです。実際、「あれも必要だし、これもないとユーザーが離れるかも」という声に開発リソースを割いていくうちに、リリースがどんどん遅れたり、MVPどころではない規模のプロダクトになったりするのは珍しくありません。

PMFのフェーズとMVP

CPF→PSF→SPF→PMFは当たり前だが、実践はそう簡単ではない

新規事業がPMF(Product Market Fit)に至るまでには、CPF→PSF→SPF→PMFという4つのフェーズで物事を整理できる、というフレームワークはよく知られています。

  • CPF(Concept / Product Fit):まずはコンセプトとプロダクトをすり合わせ、アイデアレベルでの方向性を確認する段階

  • PSF(Problem / Solution Fit):ユーザーの課題とソリューションが本質的に合致しているかを検証する

  • SPF(Solution / Product Fit):具体化されたソリューションをプロダクトに落とし込んだ際に、実際に機能として成り立っているかを確かめる

  • PMF(Product / Market Fit):最後に、市場で十分に受け入れられ、ビジネスとして回っていく段階に到達する

言葉としては当たり前の流れですが、それぞれのステージで「何をどこまで作るか」は非常に悩ましい問題です。CPFやPSFといった左側(早期)に近いフェーズでは、正解の参考事例が少なく、抽象度が高い分だけ、MVPの「最小限」を設定するのも一筋縄ではいきません。ABテストのように数値で判断する材料も乏しく、下手に機能を盛ってしまうリスクが高い。一方、SPFやPMFに近づくほど、市場規模やユーザー数、具体的なKPIをもとに検証できるようになりますが、その分「競合と比較したときの見劣り」を恐れて開発範囲を広げたくなる傾向も強まります。

新規プロダクトの初回リリースで「どこまで作るか」は至難の業

特に新規プロダクトの初回リリースは、どのフェーズであっても難易度が高い意思決定を伴います。大企業であればなおさら、投資判断の観点から「最初のリリースである程度アピールできる要素がほしい」という声が上がりやすく、MVPを徹底するのが意外に難しいという現実があります。

また、新規事業の立ち上げ時には開発リソースも限られがちです。既に競合がいる市場に後発で参入する場合、「UIが優れている」といった企画書上の強みが本当にユーザーに評価されるかどうかも定かではありません。それでも、「他社に見劣りしない機能を」と思って追加を繰り返すうちに「MVPとはいえないボリューム」へと拡張してしまう――という構図が、実際によく見られます。

ただし、大切なのは「新規プロダクトが最初に誰に刺さるか」を明確にすることです。通常、新しいアイデアに飛びついてくれるのはアーリーアダプターと呼ばれる層で、彼らは「革新的なものをいち早く試したい」「多少の機能不足や使い勝手の悪さは気にしない」というリスク許容度の高さを持っています。
最近のAIツールが、その典型例としてわかりやすいでしょう。日々新しいAIサービスが登場しては、いち早く課金して試してみるユーザーが必ず一定数います。彼らはテクノロジーの新しさや革新性そのものに価値を感じるのであって、細かな機能がすべて揃っていることをそこまで重要視していません。

事例紹介:A業務とB業務をめぐる悩みと「欲張り」だったMVP

ここで、筆者自身がかつて経験したSaaSプロダクトの開発エピソードを共有します。そのSaaSは、Aという業務をシステム化することで得られるデータを活用し、後工程であるBという業務を自動化・効率化する、いわば「AからBへの流れ」を強みにしたプロダクトでした。

当時、私は「このプロダクトの真の差別化ポイントはB業務の自動化にある」と考えていたのですが、マーケティングやセールスのメンバーは「Aの業務にこそユーザーが注目する」「Aの機能が充実しないと導入されない」と主張しました。
確かにBを実現するためにはAでデータを溜めないといけませんが、そのAという業務をカバーする既存ツールは市場にたくさん存在していましたし、社内の主力プロダクトにもA業務向けの機能があったのです。

ところが、最終的に事業責任者の判断もあって、Aの機能を一から全部作り直すことになり、リリース前から大量の開発工数がかかることになりました。そして、いざローンチしてみると「主力プロダクトのA機能と比べてここが足りない」「これも欲しい、あれも欲しい」とユーザーから要望が殺到する状態に。結果として、本来差別化の核となるはずだったBの開発や磨き込みは後回しになり、リソースも時間もそちらには割けなくなる――まさに「MVPを欲張りすぎた」例です。

もちろん、事業戦略や政治的な事情が絡み、「Aも自前で作らないと先々困る」という判断も一理あったかもしれません。しかし、MVPの発想でいえば「まずBという価値を鮮明に打ち出すにはどうすべきか」、「既存の主力プロダクトや他社ツールを活用してAは最小限で済ませられないか」をもっと掘り下げるべきでした。その当時は私自身も考えが十分にまとまらず、明確に提言できなかったのが今でも悔やまれるところです。

アーリーアダプターからアーリーマジョリティへ:いつ、どう移行すべきか

新規プロダクトがローンチされ、最初に使ってくれるアーリーアダプター層から一定のフィードバックを得たら、次に考えるべきはアーリーマジョリティへの拡大です。この層は革新性を重視するより、「ちゃんと使えるか」、「不具合が少ないか」、「機能が一通り揃っているか」を大切にします。そのため、アーリーアダプター相手には許容されたUI/UXの粗さや機能不足が、アーリーマジョリティの導入ハードルを上げる要因になるわけです。

言い換えれば、アーリーマジョリティを取りに行く段階ではUI/UXの磨き込み機能群の拡充が不可欠ですが、そのタイミングを見誤ると「まだまだコアバリューが確立していないのに、二番煎じの泥沼へ突入する」可能性があることにも注意が必要です。企業によっては、アーリーマジョリティへ早く拡大しようと欲張りすぎて、MVPの段階で盛り込む機能の優先順位が混乱してしまい、結局プロダクト全体の軸がブレるというケースも見られます。

事例紹介:SMBを狙うか、ミドルクラス法人を狙うか

SaaSビジネスでよく話題になるのが「SMB(小規模事業者)を先に狙うか、それとも最初からミドルクラス以上の法人をターゲットにすべきか」というテーマです。一般的にSMBは導入ハードルが低く、しかもアーリーアダプターが多いので、リリース初期のユーザーベースを獲得しやすいという利点があります。しかし一方で、課金意欲や予算規模がどうしても小さいという課題がつきまといます。

請求書まわりのサービスを例に取ると、その違いがわかりやすいでしょう。たとえば、misocaは「請求書を発行する」業務を効率化するSaaSとして知られています。私も個人事業のときに使ったことがありますが、無料でも十分に便利ですし、もし有料プランに変わったら「じゃあ他の無料ツールやExcelで代替できるのでは」と考えてしまうかもしれません。
そうなると、SMBをメイン顧客にしているだけでは、大きな売上を生み出すのが難しいのです。なぜなら、請求書を発行する側(とくに小規模事業者)は「ちょっと面倒だけどExcelでなんとかなるか」というマインドの人が多く、そこに高額な予算を割く優先度がどうしても低くなるからです。

ところが、同じ「請求書」という領域に着目しながらも、Sansanの「BillOne」はまったく異なる切り口で成功を収めています。こちらは「請求書の受け取り業務」をメインに捉え、企業が受け取る膨大かつバラバラなフォーマットの請求書を一元管理できるようにするサービスです。多くの請求書を受け取るのはたいていミドルクラス以上の法人――とりわけ大企業――で、そこでは「インボイス制度」への対応や書類の整理が業務負荷として非常に大きなペインになっています。彼らは時間と手間を大幅に削減してくれるならお金を払う意欲が高い。まさに「受け取り側」に視点を置くことで、より強い切実な課題(バーニングニーズ)を捉えているわけです。

結果、BillOneはSMB向けの発行系ツールよりもはるかに大きなARR(年間経常収益)を短期間で積み上げやすく、実際に市場でも急速な成長を遂げています。単に請求書というキーワードが同じでも、発行側のSMB向けサービスなのか、受け取り側の大企業向けサービスなのかで、ビジネスの可能性が大きく変わるわけです。最初から「困っている人が誰で、そこに本当にお金を出す余地があるのか」を見極める重要性が、この事例からもよくわかります。つまり、SMBで一定の学びを得るだけでは頭打ちになりやすい場合もあるので、いかに速やかにミドルクラス以上の法人にもアプローチを広げるかが事業拡大のカギになるのです。

AIを使ったMVP開発:高速化が進む今こそ「欲張らない」勇気

ここ最近、もうひとつ大きなトレンドとしてAIツールを活用した開発の加速が挙げられます。過去にはFigmaなどで静的な画面をデザインし、ユーザーに見せて「どう思いますか」とヒアリングする段階が大きな労力を占めていました。しかし、creatieDifyreplit agentv0といったAI開発ツールが次々とリリースされ、UIやフロントのコードを自動生成してくれるようになると、最小限の機能をすぐに“動く形”で試作することがぐっと容易になります。

日本のユーザーはアンケートや静的モックに対して「いいと思います」「使いたいです」といった曖昧な反応をしがちな傾向がありますが、実際に操作できるプロトタイプを見せれば、より具体的なフィードバックや行動データを得やすくなるでしょう。これにより、MVPを使った仮説検証がますます迅速に行える時代が到来しているのです。

ただし、開発が高速化すると、「試しにこれも作ってみよう」「あれも一緒に実装できそうだ」と気軽に広げてしまうリスクも高まります。まさに「MVPを欲張りすぎる」落とし穴が増える可能性もあるわけです。だからこそ、「何を検証したいのか」「どのユーザー層に対して、どんな価値を届けたいのか」を最初に明確化し、必要最小限に削ぎ落とすことが一層重要になってきます。

おわりに:MVPを言葉だけで終わらせないために

こうして見てみると、新規事業におけるMVPの意義は誰もが知っているのに、実際に「最小限」を徹底するのがいかに難しいかが浮き彫りになるのではないでしょうか。とくに「そもそもの差別化ポイントは何か」、「最初のターゲットは誰か」、「アーリーマジョリティへいつ移行するか」といった論点で、チーム内の利害や経営・投資家の期待が複雑に絡んでくると、本来のMVPをゆがめる方向へ進んでしまうことも多々あります。

それでも、実際の経験や成功・失敗事例を振り返ると、「シャープにターゲットを絞った小さなMVPを素早くリリースし、そこから段階的に市場を広げていく」という王道がもっとも効率よく学習し、競合優位を確立する近道であることは明らかです。先ほど挙げた「A業務とB業務」のSaaSの例のように、欲張った結果、開発リソースを分散させてしまったり、差別化の核心を霞ませてしまったりするのは非常にもったいない。

さらに、AIを活用した開発が進む今後は、「まず最小限の機能を動く状態で用意し、リアルなフィードバックを得る」ことがより容易になります。その分、「機能を盛ってしまう誘惑」も大きくなる可能性は否定できません。だからこそ、もう一度、MVPの本質――『検証したい価値に直結した機能だけをまず作り、なるべく早くユーザーに当てる』――をしっかり意識していきたいところです。

新規事業においては、常に「どのフェーズで、どの機能が必須なのか」を見極め、「アーリーアダプターとアーリーマジョリティをどのタイミングで切り替えるか」を戦略的に考える必要があります。欲張らないMVPをリリースし、小さな成功と学びを重ねながら、次のステップで大きな市場を取りに行く。これこそが、新しいプロダクトを世に出す際に求められるアプローチではないでしょうか。

以上が、当初お話しした「MVPをめぐる新規事業の葛藤」や「CPF→PSF→SPF→PMFの各フェーズでの考え方」、そして具体的なエピソードを含んだまとめとなります。最終的には、「MVPという言葉を知っているだけでなく、実際にどの段階でどんなMVPを作るのかを腹落ちさせること」が、真の意味で新規事業を前に進めるうえで欠かせない要素だと私は考えています。
もし今、少しでも「MVPと言いながら機能を盛りすぎているかも」と感じられたら、一度立ち止まって「本当に検証したい価値は何か」「最小限の機能はいったいどれか」をチームで突き詰めてみるのはいかがでしょうか。


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