ノベルゲームを作ろうと思ったら15年かかった話【第30話】フェス編⑥素材集めは足を使え!〜文字通り走り回った2日間〜
これは、サウンドノベルの持つ魅力に取り憑かれ、「自分でもノベルゲームを作ってみたい」という思いを抱き、終わりのないゲーム制作に足を踏み入れた1人の個人ゲーム制作者の物語である。
Nscripterで人生初のノベルゲーム作りを始めた落柿(らくし)。7年の休止期間を経てティラノビルダーで制作を再開。ノベルゲームの祭典・ティラノゲームフェス2021に参加することを目標に制作を続ける。8月末の締め切りまでの完成を目指して奮闘しつつも、多方面に迷走を続けるのだった。
2021年4月上旬。
落柿は友人Wと深夜の湘南、海岸線沿いにいた。
「物語にリアリティを! そのためにはシナリオの舞台となる場所まで写真を撮りに行く!」
そう決意してスタートした素材集めの旅。行程は横浜から小田原の60km弱。
横浜からスタートした二人は、写真を撮りながらここまで走ってきた。久しぶりに会う友人Wとの行程は大人の遠足のようであり、たいへん楽しい旅であった。……途中までは。
ここまでの行程を振り返る。スタートの横浜から戸部駅を通過して保土ケ谷方面へ。
箱根駅伝2区で有名な権太坂を上がる。
写真を撮りながらの旅なので一気に駆けあがらなくていいのは幸いだった。
15kmほども行くと、戸塚駅に到着。ここも素材が必要なポイントなので写真を撮りまくる。
戸塚駅を経て、藤沢方面へ。夜が更けてくる。藤沢にはこちらも箱根駅伝名物『遊行寺の坂』があるが、幸い今回のコースは下り。軽快に駆けおりる。
藤沢市から、平塚市に入った。今回のコースはここからが本番と言える。なぜなら平塚市の湘南、その海沿いはひたすら長くて単調だからだ。
途中、写真撮影やコンビニでの休憩を挟みながら来たので時刻はすでに午前1時を回っていた。脚の疲れもさることながら、ここからは眠気との戦いになる。
タッタッタ……。
タッタッタ……。
タッタッタ……。
…………。
…………。
…………。
マジで景色が変わらない。
写真ポイントも特になければ、人っ子1人歩いていない。
なんともうら寂しい光景である。ひたすら足ばかり動かしていると、疲労もピークに達してきた。自然と口数も減る。聞こえるのは波の音と靴音ばかり。
タッタッタ……。
タッタッタ……。
タッタッタ……。
…………。
…………。
……暇だ。
海岸線沿いに出て、もうどのくらい走っただろうか?
あまりにも単調な景色が続く中、落柿の頭の中には様々なことが浮かんでは消える。
「湘南といえば『湘南純愛組』だよね! 今や『GTO』の方が有名になっちゃったけど自分的には純愛組の鬼束の方が好きだったんだけど、どう思う?」
などという軽口が脳内に浮かんできたが、友人は『湘南純愛組』を知らなさそうだったので胸に秘めておくことにした。
そしてスタートから約30kmほど走った頃であろうか。
冒頭友人Wが脚の痛みを訴えだした。
「脚が……脚が痛い!」
「だだだ……大丈夫?」
落柿とこの友人とは、かつて70km以上のマラソンを一緒に走った仲である。しかしコロナ禍に突入し、各地で行われていたマラソン大会はすべて中止。ランニングに対するモチベーションはだだ下がりになり、二人ともすっかり走るのをやめていた。
それが急に60kmの距離を走ろうというのだから、脚が痛くなるのも当たり前の結果と言える。落柿も痛みこそなかったが、脚が疲労物質でパンパンになっているのを感じていた。本気で走る訳ではなく、写真を撮りながらのカジュアルなランニング旅だから大丈夫だろうと考えていたが、どうやら甘かったようだ。
しかし時刻は電車も走っていない深夜。そして荷物は小田原駅前ロッカーに入っている。途中でやめようにも身動きが取れない状態であった。
「歩けるだけ歩いて最寄りの駅へ向かおう。そこで始発を待って小田原に戻ろう」
ここは計画変更だ。怪我でもしたら何にもならない。落柿は無茶な計画に付き合ってくれた友人Wに感謝しつつ反省した。幸いこの旅程の最後に一人で小田原に一泊する予定になっていた。撮りきれなかった素材はそのときに撮影に来ればよい。
二人は深夜から明け方の海岸線をただただ歩いていった。茅ヶ崎サザンビーチを越え、誰もいない湘南大橋を渡っていく。このあたりも箱根駅伝の見所のコースである。
ここを越えれば平塚駅までもうすぐだ。友人Wは脚をひきずるようにしてついてきてくれる。すまぬ。本当にすまぬ……。
「着いた……」
平塚駅まで辿り着くと、時刻はもう朝の5時を回っていた。数十分始発を待って無事小田原駅に到着。荷物をロッカーから回収し、朝も営業している「小田原・万葉の湯」に向かった。入浴によって友人Wの脚の痛みは大分やわらいだようだ。良かった。
その夜は東京に出て、他の友人たちも交えて酒を飲む。今回の計画とその顛末を話すと(友人もランナー仲間なのに)大いに呆れられた。なぜだ。
友人W宅に一泊させてもらい、次の日は久しぶりの昼間の横浜の風景を撮りつつ観光。横浜で友人Wと別れると、落柿は単身小田原に向かった。さて、今回の素材集めの旅もいよいよ後半である。
サブシナリオ内でのゴール地点も小田原。なので小田原の風景写真はひとりでじっくり撮影したかったため、この旅程となっていた。
小田原のビジネスホテルにチェックイン。前日はぐっすり寝たとはいえ、前々日の徹夜と久しぶりの30km超えのランニングで疲労が溜まっていた。
「このまま泥のように眠ってしまいたい……」
しかし落柿には平塚でリタイアしたために撮影できていない背景写真があった。箱根駅伝でいえば(いい加減しつこい)4区にある酒匂橋での朝日のシーンである。
一昨日の夜通しラン撮影がうまくいっていれば、ちょうど酒匂橋あたりで夜が明ける予定だった。そこで橋の上から見える朝日と海の風景をカメラに収めようと思っていたのだ。
「このホテルから酒匂橋まで3km弱。まあ早朝に起き出して走っていけば間に合うだろう」
落柿はそう思い、スマホのアラームをセットして寝た。この季節の日の出は5時半頃か。身支度もあるし1時間前の4時頃に起きればいいだろう。
「じゃあ寝ようっと!」
そして落柿は眠りについた。野比のび太並の入眠の速さである。就寝したのは午後11時頃だったろうか。体感時間数分ほどでもうアラームが鳴り出した。
「え……。もうこんな時間?」
落柿はスマホの画面を見て絶望的につぶやいた。前日に深酒していたため頭も身体も重だるい。今から起きて顔洗って着替えて走って写真撮りに行く。……どう考えても面倒くさい。
「んー……別に今日じゃなくてもよくない? 小田原好きだし、また来ればいいじゃん」
ベッドに横たわったまま行かなくていい理由をあれこれ考え始める。
「そもそもわざわざ酒匂橋で撮影する必要ある? 誰が買うとも知れない同人ゲームの、しかもサブシナリオのほんのワンシーン・ワンカットだよ? そこまでちゃんと見てる人いないって。朝日の写真なんて素材探せばなんぼでもあるんだしそれでいいよ」
はいはい、わかったら今はとっと二度寝を決め込んで、後日写真ACさんにお世話になろうね? という結論に達した落柿は再び布団をひっかぶった。
…………。
…………。
…………。
微睡みの中、日の出の時間は近づいてくる。1分、また1分……。
そんな中、突然落柿は覚醒した。
「いや結局素材に頼るなら今回わざわざ来た意味! それに再撮影に来るにしたってその手間と時間を考えろや!」
ガバッと起きあがり、猛烈に着替えを始める落柿。ホテルを出たときには日の出までもう30分を切っていた。
酒匂橋まで約3km。大丈夫だ、1kmあたり6分で走ったとしたって、まだ間に合う!
「アプリ……とにかく地図アプリ……」
眠い頭でGoogleマップを開く。時間は迫っている。道を間違えたらおしまいだ。方向音痴の自覚のある落柿は何度もマップを開きながら走っていった。
「はぁ……はぁ……」
東の空が明るんでくる。急げ。ノンストップで橋まで走れ。いやでも道中この明け方の景色もいいショットが撮れそうだ。撮影しつつ、でも急いで、なんとか日の出を酒匂橋で迎えられるように走れ……!
「あ……!」
そしてついに落柿はその橋に辿りついた。橋の半ばまで歩を進める。ちょうどそのとき、海から朝日が顔を出す瞬間であった。
「ま、間に合った……」
落柿は日の出の数分間、様々な角度から写真を撮りまくった。立って。しゃかんで。欄干に乗り出して。道の反対側から。たまに犬の散歩をしている地元の人が通り過ぎていく。そしてあたりが完全に明るくなった頃、落柿の撮影も終わった。
「諦めなくて……良かった……!」
落柿は目標達成の喜びに震えながらも、もう一方でこう思った。
こうして全然感動的でもない撮影を終え、落柿は帰宅した。
「アカイロマンション完全版」の完成まで──あと4年。
そんな落柿が15年かかって作ったゲームがこちら。
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名作サウンドノベル「弟切草」オマージュ作です。
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