自己否定してもいいよ。人と比べて落ち込んでもいいよ。劣等感まみれでもいいよ。それでもちゃんと人生やれてるよ。

今日は自己否定して劣等感にまみれる自分をひたすら慰めて宥めてあげて、自己否定しているも自己受容しちゃえばいいよって話です。

人と比べたら劣等感にまみれる私

最近は表面上落ち着いてはいるけれど、中ではけっこうざわざわが止まらなくて、「私はあの人に比べてあれができない、これもできない、ダメ人間だ」って、泣きだしそうになる自分をもう一人が「大丈夫、落ち着け、どうしたの??」っていうルーティンを繰り返してる。

そうもはやルーティン化してしまっている・・・。

でも、現実世界では何事もないかのように、それを自分の中に押し込めて、家事をしたり散歩に行ったり、日常を淡々と進めている。

私は何もできないダメ人間と拗ねる自分

なんだろう、人と比べて一人劣等感に苛まれることはこれまでにたくさんたくさん経験してきて。正直、何一つ出来ていない気持ちになっていて、いまだに自分は何もできない人間なのだとさえ思ったりもする。

これを口に出して人に言うと、「家事はお家でやってるんでしょ?」「仕事だってよくできる」とか私の出来ることを、その人が出来ていると思っていることを私に伝えてくれているのかもしれないのだけれど、正直私には「お世辞なのかな」とか「気を遣わせて申し訳ないな」とかそういう気持ちが廻ってきてしまう。

そう、自己否定の波にのまれてしまっているのだ。

自己否定にのまれると人とタイミングが合わなくなる

そんな時期に突入すると、決まって誰とも連絡が取れなくなることが多い。電話できないとかラインできないとかそういうことではなく、なぜか誰ともタイミングが合わなくなってしまうのだ。
そして悟る。
ああ・・・いまそういう時期なんだなって。
自分一人で心の中で葛藤しなきゃいけない時期なんだと諦める。

その期間をどう解消してきたか

忙しくできる気力や体力がある時は、あまり何も考えずに済むように、忙しく仕事をして誤魔化したり、20代の頃は倒れるくらいまで走りに行ったこともあった。普段運動なんてしないのに、その時ばかりはなぜか川沿いを走りたくなって、衝動のままに走っていた。そしてクタクタになって、眠り、次の日は筋肉痛に終始し、それがなんだか気持ちを紛らせてくれていた。

心の中のグダグダな声

ひとと比べたって何にもならないことはわかっている。
ただひたすら淡々と自分のことをやるしかないこともわかっている。
でも、それでもまぶしく見えてしまうものもあるし、そう思ってしまう自分がいるのも事実。

「あんな風になれたらなぁ」
「あんな風にやれたらなぁ」
「ずるいなぁ」

そんな風に心で思うのは自由だ。
そんな風に心で思う自分をもう一人の自分が慰めるのも自由だ。
どんなに甘えた声掛けをするのも自由だ。
大事な私が落ち込んでいるのだ。拗ねてしまってひねくれない様に一生懸命おだてなければいけない。それは私の務めだから。

どんなに優しく寄り添ってくれていても、どんなに自分を理解しようとしてくれる人がいようとも、基本的に人間は孤独だ。すべてを理解してもらえることは、一生を通しても自分以外にそれが出来る他人はいないのだから。

だからこそ自分には自由があって、その自由には責任が伴う。
決定は常に自分で下さなければならない。
人生の判断を代わりにしてくれる人はいない。

それを知っているから寄り添おうとするし、理解しようとする。
それを知っている人が強く優しい人なんだろうと私は思う。

お互いにどんなに近くに感じていても、どんなに相手の力になりたくとも、私に届く力という意味では、他人は自分に遠く及ばない。
最後自分を救えるのは自分自身で、自分を奈落の底に突き落とすのも自分自身だ。それすら自由。

ひとと比べてみたところで、正直そんなもの比較にもならない。そう言い聞かせて今日も私は自分を慰める。
あの人の人生と私の人生が交わることはあっても共に進むことは絶対にないのだから。
ただ、寄り添ってくれる人たちやそばで見守ってくれる人たちとは、たくさんの交差点が存在して、ところどころ重なっていたり、お互いに意図的に交差させたり、そんな交わりが作られていく。

あとから自分の来た道を振り返ってみたら、きっとたくさんの交差点が交わっていろんな形を作っているはず。

私を慰める自分の声

自己否定したっていい。人を羨んだっていい。
そんなことしていても、ちゃんと人生進めているよって私に伝えたい。
どうせ自分で自分の人生歩いているんだから、そんなことあっても大丈夫だよ。今はそんな時なんだね。きっと誰ともタイミングは合わないから、でもそれを何とか乗り越えてきたから、一人の時間を過ごす方法たくさん覚えてきたんだよね。今日は何してみる??

自分で自分を慰めて、一人時間をぼんやり考える、今日はそんな日。

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