『アンコンシャス・バイアス—無意識の偏見— とは何か(ICE新書)』第1章まで無料全文公開!
2021年3月30日に発売された書籍『アンコンシャス・バイアス—無意識の偏見— とは何か』(著:パク・スックチャ)の第1章までを無料全文公開いたします!
はじめに アンコンシャス・バイアスとは何か
「アンコンシャス・バイアス」とはなんでしょうか。
日本ではまだそれほど馴染みがない言葉かもしれません。直訳すると
アンコンシャス=無意識な
バイアス=偏向、偏見
ですので、日本語では「無意識の偏見」と翻訳されることが多いです。
では「無意識の偏見」とはなんでしょうか?
無意識=自分が自分の行為に気づかないこと
偏見=偏った見方・考え方。ある集団や個人に対して、十分な根拠なしにもつ偏った判断や意見等
なんとなくイメージできてきたでしょうか。
具体的には、以下のように自身が思っていたり、他人から言われたことはありませんか?
「男だから家族を養うべきだ」
「女のくせに出しゃばりだ」
「最近の若者は忍耐力がない」
「高齢者は頑固だ」
「外国人は自己主張が強い」
「男」「女」「若者」「高齢者」「外国人」といった特定の属性や集団、対象に対して、十分な根拠なしにもつ偏った判断や意見が、バイアス(偏見)です。
バイアス(偏見)の対象は人だけに限らず、例えば
「日本製は質が高い」
「新興国は治安が悪い」
などもバイアス(偏見)です。
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)は、その名の通り、自分自身が気づかずに(無意識に)もっている偏った見方や考え方(偏見)のことです。
これは同時に、無意識的に生じる「瞬間的、自動的連想」とも言えます。
一般的に人は、自分には良識があり、物事を客観的に判断できていて、「偏見はもっていない」と思っています。しかし数多くの研究により、「人間はみな偏見をもっている」ことがわかりました。心優しい人も優秀な人ももっているのです。
バイアス(偏見)には機能があるため、偏見をもつこと自体は悪いことではありません。
しかし、十分な事実にもとづいていないため、しばしば意思決定や評価に歪みを与え、間違った判断をしてしまいます。それが問題なのです。
では人はなぜ偏見をもつのか。それは、脳がそうさせるからです。
人の脳は、情報処理をするとき、無意識と意識の2種類の思考パターンで対応しています。
無意識の思考パターンは、受動的、自動的、直感的で、判断の質が弱点ですが、スピードが速いというメリットがあります。これに対して、意識の思考パターンは、スピードが遅い弱点がありますが、能動的、論理的、分析的という強みがあります。
私たちは絶えず迅速な判断を求められる一方で、情報の量は無限大です。そのようななか、あらゆることを客観的に分析して判断を下すことはできません。
また、脳科学の進展により、人の脳が意識的に対応できるのはわずか1%ほどで、99%の情報は無意識的に処理されていることも明らかになっています。
このような状況で大量の情報を素早く効率よく処理するために、過去の知識や経験をもとにした「近道」を使います。この近道が「偏見」なのです。
ただし、スピードと効率の代償として「正確さ」が失われ、しばしば不正確な判断を下してしまうのです。そして、無意識であるがため、自分の意思決定や行動に偏見があると気がついていません。
しかしこの機能を使わなければ、無限大の情報が溢れる社会に対応することはできませんから、完全に排除すればいいというものではありません。どういう状況でバイアス(偏見)に委ねてよいのか、どういう状況では「無意識」を「意識して」判断するべきなのか、考える必要があるのです。
本書は、具体的な事例、研究、調査結果をご紹介しながら
バイアス(偏見)にはどのようなものがあるのか
なぜ無意識なのか
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)により何がもたらされるのか
どのように対処していくべきなのか
など、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)をあらゆる角度から解説していきます。
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)が日本で注目されたのは最近であるため、日本での研究や調査結果はまだ少数です。そのため海外の事例や調査結果を中心に取り上げますが、バイアス(偏見)の影響は普遍的なもので世界共通だと言えます。
また、用語の使用にばらつきがありますが、「バイアス」と「偏見」は同じ意味として使用し、「アンコンシャス・バイアス」と「無意識の偏見」は同じ意味で使用します。
アンコンシャス・バイアスへの理解を深め、それに上手に対処する行動を取ることで、どのような違いも尊重され、誰もが自分らしく働き、生きることができる社会への第一歩となります。
本書がそのきっかけとなることを願います。
第1章 どのように問題意識は高まったか
アンコンシャス・バイアスは、米国で人種や性別等に対する差別の背景にあるものとして1980年代から研究されてきました。また心理学の分野では、人間の思考への探求としても研究され、米国の著名な心理学者、ダニエル・カーネマンの共著『Heuristics and biases: The psychology of intuitive judgment』に「アンコンシャス・バイアス」という言葉が初めて使われています。
80年代から行われた調査では、女性の社会進出が進んでも「女性リーダーが少ない」、同じ病気にかかっても「医師が白人と非白人とで違う処方箋を出す」、「黒人は白人より頻繁に職務質問をされる」といった、少数派の人たちが不利に扱われる事例が多く発見され、だんだんと社会問題として関心が高まっていきました。ビジネスだけでなく、医療、教育、刑事司法等、日常的な生活の場でも影響が表れていることから、社会としてどう対応するか、多くの人に関わるテーマとなっていったのです。
また米国企業は、1963年から始まった人権運動を発端として、長年ダイバーシティ[*1]に取り組んできました。ダイバーシティの推進により、多様な人材の社会進出が進み、さまざまな人種、国籍等の人々の存在感が増していきます。多くの組織で女性雇用が増え、女性の中間管理職比率も高まりました。
ところが2000年前後から少数派の人たちの活躍があまり進まず、リーダー層の女性も思うように増加していかなくなり、ダイバーシティ推進の進捗は鈍化していったのです。
なぜ前進していたダイバーシティが途中、鈍化していったのか。ある一定のところからダイバーシティが広がらないのはなぜか。その要因を究明すべく、数多くの研究が行われました。それらの結果により、アンコンシャス・バイアスが組織へ望ましくない影響をもたらし、ダイバーシティ推進の阻害要因の主要なひとつとなっていることが示されたのです。
具体的な歴史と事例とともにご紹介しましょう。
[*1]ダイバーシティとは、直訳すると「多様性」となり、「幅広く性質の異なるものが存在すること」「相違点」という意味。組織でのダイバーシティとは「多様な人材を活かす戦略」。さまざまな違いを尊重して受け入れ、「違い」を積極的に活かすことにより、変化しつづけるビジネス環境や多様化する顧客ニーズに最も効果的に対応し、企業の優位性を創り上げること。
┗白人男性以外のリーダーが増えない 米国でのダイバーシティ推進の鈍化
米国はダイバーシティ発祥の地です。1963年の人権運動をはじまりとして、ダイバーシティの取り組みが広がっていきました。それまでは組織などにおいて、白人男性が圧倒的な多数派(マジョリティ[*2])でしたが、女性や白人以外の人種、移民等の少数派(マイノリティ[*3])が増えていきました。
例として男女の比較を取り上げます。1980年代前半には、大学を卒業する女性の割合が男性を上回り、女性の高学歴化が顕著になりました。数だけでなく、能力的にも男女互角となり、それにともない男女の賃金格差も縮まります。
ところが、指導的地位につく女性の割合は、少しずつ高まっていくものの、男性と同等にはなりません。高い地位になればなるほど、女性の比率が大きく下がります。
女性の学歴が同等以上にあり社会進出も進んでいるのなら、組織の管理職以上の男女比率もそれに比例していいはずです。米国では早い段階からダイバーシティ推進に力を入れていたにもかかわらず、なぜリーダー層の男女比は均等にならないのでしょうか。
ここにアンコンシャス・バイアスが潜んでいたのです。
また、このような傾向は他のマイノリティでも同様に見られます。つまり、地位が上がるほど、白人以外(黒人、ヒスパニック、アジア人等)の割合が下がるのです。
[*2]マジョリティとは多数者・多数派。主流派。対義語はマイノリティ。
[*3] マイノリティとは、少ないこと・少数派。非主流派。対義語はマジョリティ。
┗男性の方が演奏が上手い? オーケストラで発覚した無意識の思い込み
非常に印象的な、オーケストラの男女比率についての調査結果をご紹介します。
1970~80年代、米国の音楽学校を卒業した女性の割合は、40%を超えていました。ところが、プロ楽団員のほとんどは男性でした。1970年代における米国の5大オーケストラの女性比率は5%以下だったのです。音楽学校卒業の男女割合と、オーケストラの男女割合に、大きな差が出ています。
しかし、この状況は、審査員が故意に女性を入れないようにしていたわけではありません。オーケストラでは最も優れた演奏者を選んで楽団員として採用していました。
それなのに、なぜこれほどまで男性が多かったのでしょうか。男女で演奏に実力差があるのでしょうか? 女性はプロの楽団に入るほどの実力に達していないということなのでしょうか?
1970年代から80年代にかけて、このような状況に問題意識をもった米国のオーケストラが、楽団員の採用方法を変えていきました。
その一つとして、「ブラインド・オーディション」が採用されます。楽団員募集の際のオーディション(実技試験)で、受験者と審査員の間にスクリーン(ついたて)を置き、受験者が審査員に見られないようにしたのです。審査員は演奏している姿が見えないため、「音」(演奏)のみで評価することになります。そもそも演奏者が評価されるべきは「音」(演奏)だけですから、これにより上手く演奏した人を見極めることができます。
男女の合格率はどのようになったと思いますか?
1.今までと同じ
2.男性の合格率が高くなった
3.女性の合格率が高くなった
答えは3。
この方式のオーディションにより、第一次審査に合格する女性の割合が大幅に向上したのです。
この結果からわかったことは、演奏のみで評価をしたら女性奏者の割合が上がったということ。つまり、それまで審査員は演奏で正しく判断できていなかったということです。
スクリーンを取り入れた前後で男女の合格率が大きく変化したことから、「男性を有利に」「女性を不利に」するという無意識の偏見の影響が明らかになりました。審査員は自分の意識では楽器の音色のみで応募者の選考をしていたと思っていたのですが、実は演奏以外の要素が、無意識的に判断を左右し、選考に影響を及ぼしていたのです。
オーケストラの審査員たちは、公平に演奏だけで評価していると信じていました。ところが、男性の演奏の方が優れている、と気づかぬうちに身につけた思い込み(無意識の偏見)が、彼らの判断に影響を与えていたのです。
スクリーンによってアンコンシャス・バイアスの影響を排除し、審査の公平性を確保できることがわかり、ブラインド・オーディションを採用するオーケストラはどんどん増えていきました。
それにより、オーケストラの女性比率は向上していき、今日ではおよそ40%の楽団員が女性となっています。また、女性だけでなく、以前はほとんどいなかった非白人も多く合格するようになり、オーケストラのダイバーシティ(多様性)が高まりました。
この研究で明らかになったことが3つあります。
1.無意識の偏見があった【存在】
2.それは男性を有利に、女性を不利するように機能した【影響】
3.スクリーンによってその影響を抑えることができた【対策】
まさにアンコンシャス・バイアスの存在、影響、対策、結果まで示された、大変象徴的な事例です。
┗属性で評価が変わる 同内容の履歴書での「性別」による評価
次に、アンコンシャス・バイアスの影響を確認する代表的な研究例をご紹介しましょう。
ウィスコンシン大学が行なった研究です。米国の大学の心理学の教授に依頼して、その大学の心理学の専任教員を採用するための履歴書の評価を依頼しました。
研究チームは、2種類の職務履歴書を準備しました。2つともまったく同じ学歴、職歴、実績ですが、性別だけを変えました。回答者の半分の教授たちには女性の名前の履歴書を、もう半分の教授たちには男性の名前の履歴書を送り、それぞれの大学で専任教員として採用したいか、評価をお願いしたのです。
結果、同一の内容にもかかわらず、「採用に適切」と答えた割合が、男性名の履歴書は79%。女性名の履歴書は49%と、男性名の方がなんと30ポイントも高く評価されました。
また、「実績を見たい」、「発表した論文を読まないとわからない」など、女性へのネガティブなコメントが男性に比べて4倍も多かったのです。
同様の結果は、女性の教授たちにも見られました。偏見の影響は評価側の性別にかかわらず、共通していたのです。
この研究で明らかになったことは、性別に対する無意識の偏見が存在したこと。その影響により、女性の方がより厳しいレベルを要求されました。
そして、この場合もオーケストラのケースと同様に、男性は実力より高く、女性は実力より低く評価され、男性が有利になりました。また、その他の数多くの研究でも同じ傾向が表れました。
女性活躍推進というと、「女性にゲタを履かせるのか」と言われますが、研究結果により浮き彫りになったのは、ゲタを履いていたのは男性の方だったという事実です。
1980年代から始まったアンコンシャス・バイアスの研究は、2000年以降に加速し、現在までに膨大な数となっています。研究結果により、「性別」「人種」「移民」「LGBT」「体重」「経済状況」等、さまざまな属性や特質に偏見がもたれることがわかりました。そしてどの調査でも、偏見をもたれた少数派や非主流派に、不利な結果が出ることも判明したのです。
┗データ重視のグーグルが動く アンコンシャス・バイアス教育をスタート
前項の研究を見たグーグルも、自社の調査に乗り出します。これまでシリコンバレーの大手ⅠT企業は、ダイバーシティを推進しているとは言い難く、従業員の属性構成なども公表してきませんでした。曖昧に「差別がある」というだけでは、彼らは動きません。彼らは根拠やデータを重要視するのです。前項に代表される数々のリサーチを目の当たりにした結果、動き出しました。
グーグルが取り組んだ事例の一つをご紹介しましょう。
グーグル検索の際、グーグルロゴがアレンジされていることがありますね。グーグル・ドゥードゥルといって、祝日や記念日などにその日にあわせたデザインに変更されるロゴのことで、さまざまなジャンルの偉人や著名人が登場することがあります。
2013年に、このグーグル・ドゥードゥルに登場する著名人について調査すると、2010年~2013年にグーグル・ドゥードゥルに登場した男女比率は、男性が82.5%、女性が17.5%で、明らかに女性が少なかったのです。
もちろんグーグルでは、グーグル・ドゥードゥルに女性を採用したくない理由などありません。無意識のうちに、偉人=男性などと思い込んでいたのでしょう。
グーグルはこれを自社のアンコンシャス・バイアスの一つと認識し、すぐさま改善に着手します。それにより、2014年にはグーグル・ドゥードゥルに登場する男女比率はちょうど50%になりました。
グーグルは、2013年より「アンコンシャス・バイアス研修」をスタートします。
それまでも多種多様な組織でアンコンシャス・バイアスの社員教育や施策は行われていましたが、データを重視するグーグルがさまざまな研究や調査結果を真摯に受け止め、アンコンシャス・バイアス研修を導入したことにより、米国内では一気にアンコンシャス・バイアスの取り組みが加速していきます。その後、マイクロソフトやフェイスブック等、多くのIT企業も着手しはじめました。
現在では、民間企業、非営利団体、警察、医療機関や教育機関等、業種を問わず米国のあらゆる組織で、アンコンシャス・バイアスへの取り組みが行われています。
また、米国のIT企業での導入により広く知られるようになった影響は大きく、現在では日本でも、大手企業を中心にアンコンシャス・バイアスに取り組む組織が増えています。
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無料版はここまで。以降ではさまざまなところに日常的に存在する偏見(バイアス)について解説しています。
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